瞬きと羽ばたき

小狸

瞬きと羽ばたき

 一瞬で勝負が決する。


 

それは昨今残っているスポーツや武道に多く当てはまる文章だ。

 

気を抜くことは許されず、張りつめすぎれば消耗してしまい、偶然にも最高の結果を残すことができる場合もあり、かといってその時その場で最善の一手を手にすることができるとは限らず、練習でできたことが思うようにいかない場合もあり、天気や寝違えなどほんの少しの不和でも影響し得る、今までの努力が物を言い、しかし運に見限られることだってある。厳しいようでいて、勝ち負けを決するとは、究極的に言えばこういうことなのだ。

 

これはスポーツに限った話ではない。どんな勝負でもそうだ。試合でも、手合わせでも、ゲームでも、零コンマ一秒以下で思考が揺らぐだけのことが、勝敗を決する遠因となる、なんでままあることだ。


 逆に言えば――その一瞬を勝ち取った者が、揺らぎを読み取ることができたものが、勝負に勝つ。

 

その一瞬に全てを込める。

 

それが、勝負に勝つための答えだ。


「簡単に言ってくれるわ」


 選手控室にて準備をする私は、回想のように走馬灯のように、彼が言った言葉を反駁した。


 彼とは、同級生の変わった男の子で――言葉巧みで自己犠牲的で、身を削り切って自分を失いそうになっても、何とか言葉を繋いで生きているような、そういう奴だった。練習にばかり明け暮れていた高校生活だったので、私にはこれと言って、友達と呼べるような友達はいなかった――。そんな中で唯一、部活仲間を除いて、私とこういう話ができたのは、彼だけだった。


 いや、違うな。


違う違う。

 

思い出が美化されている。

 

そんなサクセスストーリーなどない。部活以外の友達もちゃんといたし、これも彼が一方的に話していたことで、憎たらしい奴――だけど、憎めない奴だったのは確かだった。名前は、彼の名誉と個人情報のために伏せておこう。

 

それに、こんな場面であいつのことを――あいつの言葉を思い出すなんて。

 

全く――私もらしくもなく緊張してしまっているらしい。

 

競技かるたのクイーン位決定戦、百人一首の一番歌を詠んだ天智天皇が奉られている近江神宮の近く――近江勧学館にて、私は最終戦を控えていた。部員たちの思い、今までの積み重ね、やってきた練習、悔しかった記憶、憧れのクイーン戦、この場所でこの時間にかるたが打てる嬉しさ――そういう色々諸々積み重なりそうな気持ちとは、昨日の夜寝る前に吹っ切れた。勝っても負けても最後の試合、悔いのないように臨もう。かるたを初めて間もないころは、一勝一敗に一喜一憂したものだったけれど――これも、成長したということだろうか。


 再び私は、彼の言葉を思い出す。


 居合術と呼ばれるものがある。


 日本刀を鞘に納めた状態で帯刀し、鞘から抜き放つ動作で一撃を加える。あるいは攻撃を受け流して二の太刀で相手にとどめを刺す――技術を中心に構成された武術である。


 かるたはその居合によく似ている。


 手を刀に見立て、限られた場所で、そして詠まれた言葉を容赦なく両断する。先に切った者の勝ち――札という名の命を凌ぎ合う駆け引きだ。一瞬の油断が命取りになる。


 さて、問おう。


 


「いや、それは言い過ぎだろ」


 思い出して、つい笑ってしまう。


 きっとこれも思い出の美化だ。あいつはこんな口調では一手なかったし、こうして都合良く思い出して、自分で自分を勇気づけようとしている人間の防衛本能に過ぎない。


 ただ彼のこの言葉は、かるたを続けていく上での私を、密かに支えていたのかもしれない。彼なりの激励の言葉だったのかもしれない――なんて今はそう思う。


 その一瞬に命を賭けるほどの覚悟があるのか、ね。


 賭けたよ、命。


 だからこそ、今ここに立てている。


 確か、この試合は全国中継されているのだったか。あいつは、私のこの姿を見てくれているのだろうか。そう思って、そう振り返って、私は鏡を見た。


 祖母が遺してくれていた袴、それを着る私の姿がそこにはあった。綺麗だけど、かといって派手すぎない、紫を基調とした色彩のものだった。


 そういえば、私がかるたを始めたのも、おばあちゃんの影響だったっけ。ああ、思い出しちゃうなあ。いろんなこと。


 初めて着た時は、ぶかぶかのだぼだぼで、まるで新品のおひなさまのような違和感があったけれど、もう着慣れた。


 この重みでさえ愛おしい。


 十年来の友達のように感じる。


 そして鏡の中の私の顔は、いつも通りの私だった。


 さあ行こう。


 その一瞬のために、命を賭して戦おう。


 私は一歩を、踏みしめた。



つづけ

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