第40話 仕方なく



 夜更けの菖蒲あやめちょう、某所。

 7月末にそぐわない、背中に寒気が這っているような空気が流れていた。



 「ん? 何だあれ‥‥」



 一人の男が、人通りのなくなった暗い夜道を車で走っていた。

 車内の男の眼際には、暗がりの中でもさらに濃く黒いモノが視えている。



 「もう二時過ぎだろ‥‥誰かいるのか?」



 男の乗っている車がだんだんと、車道と歩道とをへだてるガードレールにもたれ掛かったそれに近づいていくものの、それが何か、確信を持つことが出来ない。



 「えぇ‥‥怖いな‥‥なんだ?」



 男はとうとうブレーキに力を入れ、その黒さの真実を知るため、そばに車を停める。

 運転席から身を乗り出しても、車のライトに照らされても、その正体を掴めない。

 不気味なその黒さに男が不審がっていると、後方からか、車をノックする音がする。



 「‥‥‥‥誰だろう」


 

 突然の音に少し怯えながらも、ゆっくりと横のガラス窓を下げていき、辺りを見回す。

 しかし、特には人も何も見当たらない。男はガラス窓を上げ、前を向く。



 「あれ‥‥消えてる」

 


 男は忽然こつぜんとした。先ほどまで見えていたあの黒い影は消えてしまっていたからだ。



 「なんだよ‥‥野良猫か?」



 肩に乗っていた不安の重みから解放され、男は再びアクセルに力を入れようとする。

 ついに、忍び寄るモノにも気が付かずに。












 「暗い夜道は気を配ってほしいものだよ‥‥」









 誰も居ないような、静かな暗がりの中。

 たった一つ、ひしゃげるような金属音と共に〝悲鳴〟が響いていた。





ーーーーーーーー




 「う"あ"ぁぁ~あづ~い"‥‥!」



 制服をパタパタとさせ、細まった目で扇風機の前にそびえ立つ彼女は黄藤南一年生、その名を宇江原うえはら 千咲ちさきと呼ぶ。



 「うあ"~千咲だけズルー! 私もぉぉ!」



 一番乗りの宇江原に抗議するように、二年生、みおうが左横を陣取る。



 「ウチもおぉ"~!!」

 


 続け様に三年生、八重やえ 凛奈りんなが右横を陣取って、首振りボタンまで押してしまった!

 こうなっては仕方なく、彼女ら三人は夏休み中の補習で疲れきった体で、面倒そうに扇風機のリズムに合わせて動く他ない。



 『はぁ~とりあえずエアコン‥‥って何!?』



 三人揃って扇風機の首に合わせてカニさんの如く左右に動いているではないか。



 『んな器用なら窓開ければいいのに‥‥』



 まぁ今エアコン点けたからぴっちり閉めるんですけどね。



 「はぁ~補習きつかったよ"よ"よ"‥‥」

 「まぢでだるーい"い"い"‥‥」

 「ほんとそれーえ"え"え"‥‥」

 


 あら! 仲良く宇宙人が三人もいる。

 


 『んじゃなくて‥‥! 今日何あるの?』


 「あ、そうそうこれ"え"え"‥‥」


 『っうおっ!? ‥‥これって!』



 扇風機の風に乗せて、八重先輩の手から放たれた長方形の紙のようなものがひらひらと飛んでくる。だから何でそんな器用なの‥‥。



 『スプラッシュタウンの入場チケットじゃ

 ないですか!』


 「そうそう! この前言ってたプールの件」


 『おぉ‥‥! あれ本気だったんですね』


 「まぁ‥‥うん、特にみなみがね‥‥笑

 まぁ、そこでだよ、とーや君にそれあげる」


 『うえっ!? い、いいんすか、こんなの』


 「いいよいいよ! ウチら‥‥から誘ったし」


 『そ、そんな‥‥申し訳ないですよ』


 「遠慮しないで、ウチらの分も楽しんで来

 てよ~?」


 『え‥‥八重先輩は行かないんですか?』


 「それがさぁ~! 連盟がその日にタウン

 の近くで何かやれって言ったの、マジで!」


 『な、何じゃそりゃ‥‥!』


 「だからメンバー半分行けませ~ん!」


 『はっ!? えっ‥‥?』


 「そう! 私と、ゆいと、みおうちゃんと

 あとみなみちゃん!」


 「色々あってこの人選に決まったー」


 「なわけでとーや君よろしく! 11日だ

 かんね!」


 『は、えっと‥‥えぇ?』



 何だ? 全員じゃなかった!?

 しかも半分は連盟から仕事課されてんの!?



 『じ、じゃあ俺プールなんて行ってる場合

 じゃなくないですか!?』


 「いーのいーの! 楽しんで来て」


 『そんな‥‥じゃあ八重先輩も来ないと‥‥?』


 「そ、なに~? 私の水着期待しちゃって

 たぁ~w」


 『えっ‥‥あ、いや‥‥!!』


 「図星かな~笑 とーや君も男子だねぇ~」


 『べ、別にそれは‥‥!』


 「まぁいいや早く行こ、連盟から連絡きて

 たでしょ?」


 『そ、そーすっね!! 行きましょう!!』


 

 実は、ここ会議室に来る前に連盟から近場で穢が出たと連絡があった。

 最近なかったものだから忘れていた。

 まだエアコンが効いてきてないが、俺たちはここを後にしなければいけないようだ。



 「んじゃ行こーう!! あ、そうだみおう

 ちゃん、菖蒲あやめちょうのやつ聞いた?」

 

 「あぁねぇ‥‥何か事故だっけ? ちょうど

 行こうとしてるのにヤメてほしーぃ‥‥」


 

 世間話をしながら、俺たちは穢の本へと向かっていっていた。




ーーーーーーーー




 「えぇ‥‥はい、そうですねぇ。今月でもう

 3件目です、まだ4日目ですよ‥‥?」


 「俺だけの予測ではないが、紫菖蒲祭りを

 狙っているのは確実だろう‥‥が」


 「明らかにペースが早いですね‥‥しかも、

 この件の大本、事故で片付けようともして

 いますね、まったく‥‥」


 「事故で片付けたのは一人ではなさそうで

 はあるが」


 「あら、私は誰も犠牲者は出していません

 から。それにあの子がそうしろと言うから

 ですよ?」


 「まぁいい、このまま犠牲者が出るようで

 あれば、お前を其方そちらに送る事になるかもし

 れない」


 「私は構いませんよ、涼しめるプールにも

 行きたいですから」


 「そうならない事を願っておくばかりだ‥‥」


 「えぇそうですね、私の代わりに行った子

 たちに万が一があってはいけませんから」

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