第503話
ルワンダに住んでいたら事情など知っていて当然、バスター大尉も頷く。
「ここは安全です。それにもし戦場になったとしても我らが必ず脱出させましょう」
それが任務ですので。フランス軍人であろうとしてフランスに捨てられた、ド=ラ=クロワ大佐と同じ境遇の彼がようやく得た居場所。
「クァトロ。龍之介の仲間ですものね。頼りにしてるわ大尉さん」
年相応より若く見える優しい笑顔。バスター大尉はクァトロの一人として、任務でなくとも彼女を守ろうと心に誓った。
◇
急報を受けた島はカガメの執務室へやって来た。
そこでも善後策を検討している最中だったようで、複数の男たちが額を寄せている。
大統領の無事を聞きつけた一部閣僚が参集してきていたのだ。
「大統領閣下、イーリヤ少将参りました」
「イーリヤ君、聞いたようだね」
ブルンジの民兵、それがキガリに参戦してきている。どこからどうやってか武器を手にしてだ。
どうにも暗躍している影が全て明るみに出ているわけではなさそうに感じた。
「はい。首都防衛軍が国会議事堂を喪失することはないでしょうが、争乱が長引けば国際社会へ与える影響が良くありません」
ルワンダの成長が止まってしまえば皆が困る。それに戦況がもし不利に逆戻りしたら再度裏切るような奴が出てくるかも知れなかった。
「うむ。私はキガリへ戻ろうと考えている、君はどう思うかね」
閣僚は島に意見を尋ねるなど面白くはないが、現状フォートスターに居るので口には出さない。
島も嫌われるのは構わないが、せめて邪魔だけはしてくれるなといった態度だった。
「大統領閣下が帰還されれば、軍は士気をあげるでしょう」
もし出国でもしようものなら、きっと反乱軍は勝利を叫ぶ。その意味でキガリを離脱した際に、国内に信頼できる拠点があったのは政権にとって極めて大きい。
「全軍の統率が必要になる。ブニェニェジ少将を臨時で総司令官代理に任じよう」
国防大臣はカガメ大統領の兼務だ、ことが収まれば代理を取るのも吝かではない。本来の任務に、首都の治安維持、更に軍の統率まで預けられては彼の荷が重い。
「それとだ、イーリヤ少将に大統領軍事顧問を頼みたい。やっては貰えないだろうか」
一般の軍事顧問と違うところは、大統領に直接助言が可能な部分だ。即ち側近入りをするという意味で。
――俺はカガメ大統領に対し多大な恩義がある。引き受けたいが、それでは迷惑を掛けてしまうことにもなりかねん。
今の客員司令官ですら、あちこちから睨まれてしまっていた。他国の神経を逆なでするような行為は回避すべきと解っている。
「自分は戦場で命を張っている方が似合っていると考えます。戦闘指揮をお預け下さい」
大佐クラスがすべきような事柄を進んで行おうとする。司令部で指揮するブニェニェジ少将、その下について前線を支えると明言した。
「……済まないイーリヤ君。私からの貸しはこれで相殺といこう。ルワンダ大統領として、イーリヤ少将を陸軍司令官に任ずる」
「拝命致します」
――陸軍司令官か。何ともまた曰く付きな役職だな。
任命書を作成する、さして時間は掛からなかった。大統領に先駆けて赴任すべきだと未来を読む。
――実働部隊の手足が足らん。すぐに使えるのはモディ中佐だけか!
特別部隊、直卒するのは良いが全体を動かすには将校が致命的に足らない。
兵器はある程度フォートスターから空輸も可能だ、しかしどのように運用したものか。
書類を交付され、司令官室から退出する。サルミエ大尉を伴い、副司令官執務室へ戻る。
するとそこの部屋の隅には、オルダ大尉ではなくエーン中佐が立っていた。
「閣下、ただ今戻りました」
「随分と良いタイミングだな」
遠くフィリピンに居たはずなのに、必要になると思うと側に。エーンらしいと島は微笑む。
◇
集まった将校らを前にして改めて島が名乗りをあげる。
「ルワンダ軍陸軍司令官イーリヤ少将だ。これより速やかに首都の治安を回復させる。俺が直接指揮する」
席次が欠けている、兵力が不足している、時間も足りない。何もかも満足に無くとも、島は打ち勝たねばならない。
――まだ三手は足らんぞ、どう穴を埋める。考えろ龍之介!
フォートスターに残っている民兵は少ない、これ以上引き抜いては成り立たなくなる。
「閣下、要塞は私にお任せになり、ブッフバルト少佐をお連れください」
マケンガ大佐が進み出る。ここで政府が勝たねば自らの願いもまた叶わない。
確たる意志がどこにあるか知った島は、今ならば任せても良いと感じられた。
「マケンガ大佐を臨時要塞司令官に任じる。都市機能の運営代理もするんだ」
「何があろうと守り抜きます。兵もお連れを、住民を動員し警備に充てます」
その辺りのノウハウはこの場にいる誰よりも持っていると自負を語る。M23を伊達で永年率いてはいない。
「うむ。ブッフバルト少佐、機械化歩兵を編成しキガリへ向かえ」
「ヤボール!」
敬礼し直ぐ様踵を返す。地上を行く自身が一番時間がかかるために。
「シュトラウス少佐、空路大統領の護衛だ。重火器の空輸も行え、陸軍駐屯地にだ」
「ヤー!」
備蓄を全て吐き出す。向こうで補充が出来ないと考えてだ。
ニャンザ警視正の警察部隊を強化するのに使っても構いはしない。
「サルミエ大尉、ブニェニェジ少将に連絡を入れておけ。モディ中佐にもだ」
「ウィ」
赴任直後に指揮が行えるように、ラインの整理を委任する。事務処理は副官の職務だ。
全てがまとまるのにあと数時間、他に出来ることがないかを思案する。
「閣下、誠に申し訳ありませんが、独自の判断で動員を掛けてあります」
エーン中佐が口を開いた。もし島が満足に整合させてしまうならばそれでも構わないと待っていた。だが埋まらない穴がそのままなので打ち明ける。
「あまり一族に負担をかけるな」
――こんなところで甘えは許されん。
彼は首を横にふり、意外な名前を発した。場所柄それもあったか、離れていても常に島のことを考えていたエーン中佐に一目おくことになる。
◇
軍用空港。キガリにある軍駐屯地に数機が着陸した。
黒の軍服を着込んだ十数人が機を降りてくる、駐屯地の将校らがそれを出迎えた。
「閣下、ようこそおいで下さいました」
総司令官代理のブニェニェジ少将が出迎える。今やはっきりと上下の差をつけられているというのに、彼の態度は変わらなかった。
島は背筋を伸ばし敬礼する。
「総司令官代理に申告します。陸軍司令官イーリヤ少将、ただ今着任致しました」
――これは国務だ。序列を正さねばならん。
真剣な表情に彼も息を飲んでまばたきをする。
「着任を承認する。早速で悪いが南部の防衛線がガタガタになっている。敵をキガリ市に入れるな、一個機甲大隊と二個歩兵大隊を預ける」
正規兵の指揮権を得る、陸軍司令官としてそれが可能になったからだ。
とは言え今出せるのはこれだけしかない。渋っているわけでも嫌がらせでもなく、それが限界の数字だというのが伝わって来る。
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