第502話
「なんだ」
――再度連絡を付けていたか、自分から明かしたんだ責めることなどない。
勝手な行動、旧来の勢力に通じる。敵対者と内通したと言われても仕方ない。
「ルバンガ将軍の非道についてです。潜入工作員として動かしております」
モルンベ大尉が昔の副官だったことを説明した。あれから何年たったか、未だに大尉のままということは、重用されていないのだろう。
では目的は何か。マケンガ大佐による引き揚げ、または金品の見返り、もしくは逆諜報によるルバンガ将軍下での躍進。
――こいつは劇薬だ、どちらに転んでも影響が大きいぞ!
忠誠は求められない、扱いが難しい案件だ。
「大佐の考えを聞かせろ」
この争乱状態でクァトロに亀裂を招くようなことをしてはならない。安全弁を挟む必要がある。
「モルンベ大尉の証言、現地の物的証拠、動画撮影による告発、そこに被疑者を添えて訴え出ます」
一つ欠けたところで迷走しないよう要件を並べる。
それぞれ単独では弱いが全てがあれば逃げ道を塞げた、そしてその先にあるものが見えてくる。
「ンタカンダ大将を挙げるつもりか」
コンゴへの対抗力を持っているはずのンタカンダ大将、今回の騒動では動きを見せなかった。
あるいはカビラ大統領の介入を防いでたのかも知れないが。
「アフリカでは力が全て、力が正義です。無力な私はずっと耐えるしかなかった。そして耐えられなくなり、全てを投げ出して去った」
「力が正義ならば、無力は悪なのか?」
それのみと決めつける、視野を狭めて良いことは少ない。
大佐がどちらを向こうとしているのか、はっきりとさせようとする。
「その通りです! 仕方なく従う、暴力による強要で更なる暴力を産み出す、これを悪と呼ばずに何と言うのでしょうか」
ついマケンガ大佐は力を込めてしまう。島も心当たりがないとは言えなかった。
目を細めて大佐の瞳を直視する、真意の程が奈辺にあるのか。
――大佐がM23を捨てた理由か。俺より長いこと地獄に浸り続けたんだ、これもまた責められん。
悩み、苦しみ、迷い、ついには逃げ出した。彼も暴力の被害者だと言えば反感を持つ者が多く居るだろうが、全てを否定するのもまた違う。
「ンタカンダ大将への復讐。それで勝てるつもりなのか」
感情に拠った作戦、致命的な欠陥に気づけなくなることがある。
また見えていても敢えて目を瞑るがごとき行為を除けなくもなる。
「閣下、復讐に勝ち負けなど御座いません。ただの確認行為であり、決着がつくならば私は死んでも構わないのです」
不在の間にマケンガ大佐の心に何があったのだろうか、今までにない執念を感じさせた。
少なくともクァトロを陥れようとしているのではないことは理解できた。
――ロマノフスキーだって俺だって復讐心に燃えていたことがあった。
足の付け根に両の拳を置いたままデスクの前に居る大佐をじっと見つめる。感情に支配されまいと必死に自身を抑え込む。
「複雑である必要はないが一本道の作戦は許可出来んぞ」
「ということは、閣下……」
「俺と生きるか、俺と死ぬかだ」
かつての失敗をまた踏むような真似はしないしさせない。やるならばきっちりと道筋をつけるべきだ。
「近く必ず作戦を提出致します」
ゆっくりと敬礼すると脇に戻る。ルワンダはいよいよ混迷を深めていくのであった。
◇
キガリ州を攻めていた軍の背を地方軍が襲う形で交戦が開始された。
劣勢だった首都防衛軍はようやく圧力から解放され、今度は反撃に出ようと様子を伺う。
もう勝ちは見込めない、それでも戦争をやめることが出来ない敵が同じルワンダ国民だとしても容赦はしない。
受けた被害を倍にして返そうと挟み撃ちにする。
「これで助かるのね」
国会議事堂の一室に場をあてがわれていた由香が胸をなで下ろす。
局員に危険を冒させてしまった責任は彼女にある、臨時上級局長なのだ。
「終息宣言が出されるまで外出はお控え下さいますよう」
同室にバスター大尉が陣取っている、レオポルド少尉は防衛軍司令部へ派遣した。
サイード少尉はクァトロを指揮して警備にあたっている。
「そうね。大スクープを撮れたわ、ようやく私の夢が叶いそう」
特ダネを得るにしても小さく遅く、時に的外れだった。だが今回は世界が渇望する内容を生で報道出来た。
それだけではない、自身の報道で少なからず国の行く末を変えられた気がしている。ジャーナリストとして最高の舞台に上がれた。
戦闘が始まって三日目、携行している兵器だけでは不足が目立つようになってくる。
首都の備蓄基地を持つ防衛軍と、攻撃を仕掛ける軍では補給の度合いが違う。
そこへきてフレッシュな戦力である地方軍が参戦してきている、そう時間が掛からずに戦いは終わるだろうと見ていた。
「大尉、南部に新たな敵が現れました」
エンドレスじゃありませんよね。レオポルド少尉が無線で報せてくる。イヤホンを片手で押さえてバスター大尉は応答する。
「南部州の地方軍が反乱に同調した?」
「いえ、それがブルンジからフツ族の侵入って話です」
ルワンダの政権は少数派のツチにより独占されている状態だ。
ルワンダ虐殺でも民族の軋轢が暴発した、カガメ政権を倒すために隣国から介入を仕掛けてきた。或いは自発的な行動かも知れない。
「ブルンジからキガリ州までは三十キロそこそこしかないからな」
二日あったのだ、徒歩でも充分。地方に駐屯していた軍が不在になり国境を越えてきた、その数がまた多く数千との話だ。
「話を知った反乱軍がまた元気づいています、参りますよ」
ブルンジ国軍と言うわけではない。民間人の暴発でしかない、少なくともそういうことになっていた。
「少尉、閣下にもお知らせするんだ」
「了解です」
通信を終える。バスター大尉はそうと知っても何も出来ない。それに彼に与えられている命令は、AFP通信の局員護衛だ。
「大尉さん、どうかしたんですか?」
問われて話をしても良いかを一考する。そして島にこれ以上ないほど友好的な人物だとして素直に打ち明けた。
「ブルンジから民間人がキガリへ攻めあがってきています。数千の、恐らくは敵」
「フツ族ですか?」
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