第501話


「私が若いころはここには何もなかった。ここ一年でこうも発展するとはね」


「街を建てたのはそこのブッフバルト少佐の指導です、自分も驚きました」


 二人で笑いながら歩む、蜜月ぶりをアピールした。


 実務を預かる者たちは職務に忙殺されることになる、治療、補給、点呼……クァトロでは慣れたものではあったが。


 司令官室を臨時大統領執務室にして早速行動を起こす。各州の軍管司令官に首都防衛軍への増援を命令した。


 返事をしない者は即座に更迭、反逆罪を適用すると脅してだ。


 勝機を逸したクーデター勢力の肩を持とうとする者は居なくなる、程なくして多数の国軍がキガリ州へと向かったと報告が上がる。


「海外へも声明を出す。大使館の保護は機甲司令官が行っていたよ」


 忠誠を握っていると言ってた男だ、危急にあって満足な働きをしてくれたと大統領も喜んでいる。


 閣僚の消息も確認を取らねばならない、いつまでも首都を留守にも出来ない。


 暫く手配に追われていると、司令官室の扉があいた。


「ったくザマアないね」


 肩から上着をかけたレティシアが冷たい視線でカガメ大統領を見る。失敗は失敗、生きているのは幸運や偶然だ。


「レティア、エスコーラの支援で何とか脱出出来た、ありがとう」


「奥方、私も礼を言わせてもらう。助かりました」


 男たちが頭を下げる、それを見て満足したのか視線を逸らした。


「ふん、ちょっと北部方面に用事があって交差点のやつらが邪魔だっただけだ」


 島とカガメは顔を見合わせて微笑んだ。素直じゃない、そこが愛らしいと。


 ギャングスターの親玉相手の感想とは思えないが。


「首都を一時的に軍の治安下に置くのを勧めます」


 警察長官が首謀者だったのだ、次席を繰り上げても安心できない。妥当な進言だろう。


「ブニェニェジ少将に執行させよう」


 全て警察官を謹慎にも出来ない、目下のところ警視以上を自宅に閉じ込めることにしておく。


 大統領による戒厳だ。戒厳司令官は首都防衛司令官。もしブニェニェジ少将が裏切れば、簡単にクーデターが成功する形だ。


「反乱の鎮圧を確認次第、キガリへ戻る。客員司令官イーリヤ少将、警護を頼みたい」


「ウィ モン・シニアプレジデンド」


 要請を快諾する。命令で良かったところを気を使ってくれた部分に、一抹の申し訳なさを感じる。


 大統領は執務が溜まっているとのことで、島は部屋を退去する。居場所を副塞である南の司令官室に移した。


「地下道を初めて通るよ」


 ロマノフスキー大佐が使うくらいで、他に出番など無かった。地上はピリピリしているので、興味半分でこちらを歩いた。


 椅子に座ると「始めるか」一言発して報告の山を受け入れる。左隣にマケンガ大佐、右後ろにサルミエ大尉が控えていた。


「フォートスターの被害を報告します。備蓄物資の一部が焼失、警備民兵、住民に多数の死傷者。敵対者の拘束、厳重警備態勢発令、全戦闘部隊に待機を命じてあります」


 被害詳細は書類にまとめてあります。ブッフバルト少佐がファイルを提出した。


 ――ふむ、騒ぎが起こればこのくらいの被害は必ず出る。よく大過なく収めたものだ。


 臨時で物資を積んだ、そのお陰で繋ぎに猶予期間が得られている。この功績がプラス査定にあたると考えた。


「受理する。指定物資買い取り案だが、マケンガ大佐の発案か?」


 案提出者の欄が空白だった。ブッフバルト少佐の、都市責任者印鑑は捺してある。


「違います閣下」


 ではブッフバルト少佐か、視線を振り向けた。ところが彼は自分ではないと否定する


「それはオッフェンバッハ総裁の案です」


 オッフェンバッハ財閥総裁、クリスティーヌのことだ。報告の場なのできっちりと人物の名と待遇を示した。


「何故空欄にした」


 島は理由など解っていた。それでも尋ねる、なあなあで済ませてはいけない。


「正否が不明でしたが、自分が独断で採用したためです」


 マケンガ大佐を含めた軍議ではかったわけではない。チラッと大佐をみたが無反応。


「それで」


「成果が上がらない場合、自分が引責するために空白に致しました」


「では何故、先程オッフェンバッハ総裁の案だと答えた」


 責任を引き受けるならば、功績も得るべきだ。それらは表裏一体のものであり、バラバラには出来ない。


「彼女は常にフォートスターに貢献しています。不確実な提案を危険を犯してまでする必要はありません」


 故に不利益を引き受けた。とまでは言わないが、行動で示した。


「そうか。理由は解った、だが書類は正確に作成しろ」


「ヤー」


「罰として後に少佐の職務を一定期間停止する」


 あまりに重すぎる罰だ、しかし彼は黙って受け入れてしまう。


「マリーが戻ってからだが、休暇をやろう。新婚旅行にでも行ってこい、妻は大切にすべきだよ」


 旅行計画を立て、妻の許可を得てから提出しろ。半笑いで命じられた内容に、ブッフバルト少佐は珍しく動揺を見せた。


 ある意味死線に留まれと言うよりも厳しい課題を与えられ、彼は退室する。マケンガ大佐は今までに無いやり取りを興味深そうに見ていた。


「シュトラウス少佐、出頭致しました」


「うむ、キガリへの出迎えご苦労だ。お陰で何とか脱出出来た」


 民間機ならば機長が逃げ出したりしていたかも知れない。自爆も範疇な敵方だったなら、目も当てられない結末になっていただろう。


「軽車両を勝手に動かしました。処罰はいかようにも」


 キール曹長の件で用意させた、軽車両輸送の航空パッケージ、それを許可なく使った。もし島が何かに予定していたなら穴が開くところである。


「少佐の判断を認める。きっと首都の防衛に一役買っているさ」


「寛大なるお言葉、痛み入ります」


 ブッフバルト少佐もシュトラウス少佐も真面目だ。決断すべきところで、きっちりと決断している。


「そういえば、スルフ軍曹を借りてすまんな」


「お構い無く。あれも指名され張り切っているでしょう」


 数名だがドイツ語を理解する下士官兵が居たので、スイスに派遣していた。


「大統領の帰還に際して空路移動する。準備をしておくんだ」


「ヤボール」


 今度はわざわざ少佐が搭乗する必要はない。戦場に舞い降りる予定が無いからだ。

 報告者が一旦途切れる。するとマケンガ大佐が前に出た。


「元M23所属、モルンベ大尉より報告がありました」

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