第500話

「イーリヤ少将だ」

「閣下、四方の敵が強く戦線が押されています」

「何とか耐えてくれ。すぐに大統領閣下を保護する、それまで死守するんだ」

「やってみます。ですが長くは持ちません」

「解った、頼む」


 敵の大連合状態、勝ったら山分けで内戦を始めるなど欧米の精神では理解できない。だが実際に起こっているのだから受け入れるしかなかった。

 警察の阻止線、迎賓館方面へ行かせないように大通りに部隊を張り付けている。小道を迂回して行けないこともないが、脱出時にやはり障害になってしまう。


「押し通れ」


「ダコール」


 短い命令が下された。傭兵らに気合が入る、多額の危険手当、ボーナスが約束されているからだった。


 親衛隊を含めクァトロ部隊は全てが機械化されている。だがモディ中佐、そしてニャンザ警視正の部隊は多くが徒歩だった。移動用にトラックはあるが、それに乗って戦場を移動することは出来ない。


「ボス、迎賓館が見えました」


 水色、黄色、緑色の三色旗が翻っている。白い煙が立ち上っていた、火薬の匂いに火災、激戦の最中なのが見て取れた。


「こちらモディ中佐、司令部。クァトロが大統領と接触、こちらともすぐに合流します」


「イーリヤだ。中佐、合流次第外へエスコートしろ。俺もすぐに行く」


「承知致しました」


 最悪の事態は避けられた、カガメ大統領は無事生きていたらしい。この際多少の怪我くらいは覚悟の上だ。

 小銃の射撃をカンカン跳ね返して装甲兵員車両が迎賓館前に横付けされる。周囲数百メートルを親衛隊が護衛範囲に決め、オルダ大尉が防衛を命じていた。


 灰色のスーツ姿、頭に包帯を巻いてカガメ大統領がやって来た。バスター大尉らも合流する。


「イーリヤ君、助かったよ」


「生きてらして安心致しました。まだ渦中です、すぐに脱出します」


 大統領を装甲車へ誘う。時間がない、歩きながらも情報交換を行った。


「ガサナ警察長官が首謀者、反政府勢力の元締めはコンゴのポニョ首相。首都は何とかブニェニェジ少将が外からの敵を防いでいますが、限界です」


「彼か……私の指導力不足だな。地方軍に鎮圧命令を出そう」


 大統領命令が正式に下れば地方軍も動かないわけにはいかない。もっとも無線指示でどこまで有効かは不明だ。


「国会議事堂は機甲部隊が防いでおります。閣下は一旦キガリを離れて頂きたく思います」


「仕方あるまい、まずは無事を知らしめることだ。してどうするんだね」


 どこへでも誘導してくれ。大統領がそうは言うが、簡単に動けないので悩む。何とか警察部隊に空港を確保させているが、果たして飛べるかだろうか。


「ボス、フォートスターです」


 緊急事態、それでも直接の会話をサルミエ大尉が認めたのだ、それが優先するのだろうと島も携帯を受け取る。


「俺だ」

「ブッフバルト少佐です。閣下、フォートスターの騒動を鎮圧、航空部隊があと二十分でそちらに到着の見込み」

「解った」


 迎賓館から凡そ十キロ程度、どちらが先に到着するかといったところだ。


「キガリ国際空港へ向かえ」


「ウィ モン・ジェネラル」


 数百の部隊に移動を命じる、ただし七割以上が徒歩だ。危険を承知でモディ中佐は二百をトラックに乗車させた。空港を守る警察部隊が駆逐されてはかなわない。


「レオポルド少尉、クァトロ部隊で先行しろ」


「ウィ ボス」


 ではお先。バスター大尉とサイード少尉に笑顔を残して武装ジープを四両率いて疾走する。


「ニャンザ警察補佐官、空港の部隊に通達しろ。クァトロ航空部隊がやってくる、受け入れさせろ。それとAFP通信局の職員を国会議事堂へ護送だ」


「ダクォー!」


 カガメ大統領は島の采配を黙って見守る。頭の中ではこれからすべきことが渦巻いているだろう。


「首都防衛司令部に繋げ」

 ――議員を守り抜けばクーデターは失敗する。


「ブニャニャジ少将だ」

 

 精一杯威厳を込めて対応する、最後の砦なのだ態度にも納得する。

 

「イーリヤ少将だ。大統領を無事に保護、これより首都を離脱する。首都防衛軍は国会議事堂を死守し、増援を待って欲しい」


「大統領閣下をお願いします。ヘリ部隊を直援に飛ばします」


「助かる。必ず戻る、武運を祈る」


 戦闘の音が大きく聞こえてくる、大統領を追って警察部隊が集中してきているのだろう。一部の軍隊も中隊単位で裏切っているようだ。


「前衛部隊の足が止まりました!」


 交差点に一大拠点が築かれていた。警戒武装のせいで装備が軽く、強固な守りが抜けない。命を多数散らしても効果は上がらないだろう。


 ――くそ、あと少しで空港ってのに!


 島が焦ったところで防衛を抜けるわけでは無い。移動速度が徐々に遅くなり、ついには停車してしまう。空港への先行部隊は全てを迂回し、空港確保に向かった。それは認められる、最重要ヵ所を押さえておかねばならない。


「ボス、少数だけで迂回させましょうか?」


 停まっていても解決しない、サルミエ大尉が進言する。そのうち上空にヘリが現れて旋回しだす。島は命令を発さずにその場で黙り込んだ。


「シュトラウス少佐、本部。キガリ空港へ着陸、早急に離陸準備します」


 航空司令が乗りつけてきたようで報告が耳に入る。


 キーンと金切り声のような音が響いた。そして交差点で大爆発が起きる、それも何度も連続してだ。次いで車両やバリケードが派手に吹き飛ぶ。大火力による攻撃、首都防衛軍の増援が頭を過った。


「ボス、エスコーラです!」


「レティアか!」


 黒いスーツ姿の男たちが重火器を使い交差点を火の海に変える。エスコーラ・ソマリア、ボス・オリヴィエラの支配地域の奴らが主だ。マルカは自由区域、規制も何も無関係で色々な品が流入する。そこで彼らは武器を手にし訓練を行えるのだ。

 他の支部に比べ兵器の扱いに慣れている、軍隊と遜色ない。実弾射撃が出来る分、優っている部分すらあった。


「十字砲火を浴びせろ!」


 モディ中佐が攻勢を強めるよう命令する。的になり続けられるほど警察部隊も忠誠心旺盛ではなかった。一部が交差点から撤退、その隙間にアヌンバ=プレトリアス親衛隊が突入した。


「部隊を通す為に道を確保せよ! 今こそ閣下のお役に立つのだ!」


「ヤ! ポリッシィ ニエダラッグ!」


 肉迫した歩兵戦闘、彼らの最大の適性がそれだ。死を恐れずに火の海へ突っ込む。


 装甲兵員車両が動き出す、偶然を伴い銃弾がぶつかるが跳ね返した。交差点を抜ける、そこから空港までは一直線だ。フェンスの向こう側に、アントノフ26改が見えた。

 正規の順路を一切無視して、車を機のすぐ側にまで寄せる。大統領を下車させると搭乗を促す。エプロンに軽車両が幾つか、空輸してきたのだろう。


「モディ中佐、車両を全て預ける。部隊を糾合し国会議事堂に向かい防衛だ」


「はっ、お預かり致します!」


 ニャンザ警視正にも中佐に従い行動するよう言いつける。


「バスター大尉、済まんがAFP通信局員の護衛をしてくれ」


「お任せを、どうぞ憂いなく」


 現地のクァトロをそのまま残していく。フランス局なのでフランス人のバスター大尉ならば相性も良い、設楽由香を残していくことへの贖罪でもあった。

 エスコーラは空港に姿を現さない、何か他に用事があるのだろう。レティシアならば自力でどうとでもする、やるべきことを終えて離陸を命じる。


「少佐、頼む」


「ヤボール ヘア・ゲネラール!」


 トリスタン大尉のヘリ部隊が上空で警戒を行う、首都のヘリ隊も周辺を旋回していた。


 ――まずは鉄火場を切り抜けられた、か。



 三十分程飛行を続けたところでフォートスターからモネ大尉のヘリ部隊が迎えに現れた。航続時間の都合で別々に発進していたのだ。


 歴年操縦士、シュトラウス少佐の見事な腕前で滑走路に滑らかに着陸、無事に帰還する。


 要塞の中から黒服が出てきて整列していた。大統領の搭乗も聞かされている。タラップを降りてくる面々を敬礼で迎える。


「カガメ大統領閣下のご来訪を歓迎いたします」


 代表者があまりにも若いので少し驚いていた。ブッフバルト少佐の挨拶に「突然の訪問だがよろしく頼む」笑顔で返す。


「閣下、城へご案内致します」


 島が先導を買って出た。城と言ったのは比喩でも何でもない、フォートスターの司令官室がある場所はまさに城塞だ。

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