第499話

 無線をじっと聞き入っていたサイード少尉が声をあげる。


 カキィル地区、そこには国会議事堂が存在している。それだけでなく、各省庁の本庁があった。島が目を細めて情勢を見極めようとする。


 ――手持ちは少ない、無駄弾を撃っている余裕はないぞ!


 市民に恐慌が起こったら最後、治安は一気に崩壊する。そうなれば誰かが責任を引き受けなければならない。


「む、閣下、AFP通信の報道です」


 バスター大尉がテレビの音量を大きくする。ニュースキャスターが原稿を読み上げていた。


「首都を目指していると見られる不明の軍を、キガリ州境で首都防衛軍が防いでいる模様です。また市内に現れた武装集団も、警察による摘発を受けています。治安当局者の許可なく出歩かないようにしてください、巡回しているのは政府側の官憲です――」


 緊急報道は全てが政府を擁護するもので、不安を抑えるような内容に終始していた。


 ――助かる、由香の援護射撃だ。


 第三者の報道機関として確固たる地位を築いているAFP通信、首都の中間層が落ち着きを保ったことで体制側の負担が軽減された。警察に通報が多数寄せられ、敵の規模や活動範囲が明らかになっていく。


「機甲連隊が出撃した模様です!」


 ついに最後の切り札、機甲部隊が駆り出されてしまう。行き先は国会議事堂だろう、議員の保護をしなければならない、ここを押さえられるといくら大統領が頑張っても片手落ちになる。


 ――よし、俺はカガメ大統領の護衛が役目だ。


 軍隊の類はブニェニェジ少将の部隊を簡単に抜けはしない、正規軍が防衛線に沿って守備しているのだ。市内の敵もさほど多くはないのが解ってきた。そうなると逆に不思議で堪らない、どこに勝機があったのだろうかと。


 ――何か見落としている? これだけではたとえ市民が暴動を起こしても兵が足らないぞ。


 州外の勢力が踏み込んでこれると計算していた、それならば合わないこともないが……。島は腑に落ちない状況を再度見直す。


「サルミエ、カガメ大統領と連絡を取れ」


「ウィ」


 交渉の最中だろうと側近が耳打ちするなりして連絡は取れるはずだ。一大事が起きている、中断して官邸に戻るくらいはしているに違いないが。


「連絡がつきません」


 各所に試みても繋がらない、全てがそうとはおかしな話だ。


「バスター大尉、キヨブのルワンダ迎賓館へ向かえ、大統領の保護だ!」


「ウィ モン・ジェネラル!」


 起立敬礼すると二人の少尉を引き連れロビーへと下っていく。すぐさまモディ中佐へも出撃を命じた。側近らも全ていつでも移動出来るよう準備をする。

 オルダ大尉も親衛隊に臨戦態勢を命じた、銃に弾丸を込め、エンジンに火を入れる。フォートスターにも通知が出された、援軍を要請するわけでは無い、島の意志を報せるためにだ。


「閣下、七番大通りが封鎖されているとAFP通信局に派遣している部隊から報告が」


 階下からニャンザ警視正が急報を持って駆けてきた。ことの重要性を理解している証拠だろう。

 七番大通りはキガリを東西に走る幹線道路。大使館街や大統領府、十五番通りとの間に挟まれて重要施設が立ち並んでいる。


「どこの軍が封鎖している」


「それがキガリ市警でして」


 首都警察。ならば防衛の一環だろう。ほっと一息つこうとして違和感を覚えた。


 ――そのあたりに武装勢力が現れた報告はなかった、何故封鎖の必要が?


 交通規制を行うこと自体は別におかしくも何ともない。届いていない情報があるのだろうかと考える。


「ニャンザ警察補佐官、首都警察との連絡を確認だ」


「ディヨ!」


 肩につけている無線で指揮所を通じて首都警察司令部に呼びかける。ニャンザ警視正だと名乗り応答を求めた。だが何度呼びかけても返事がない。

 無線が故障しているわけではない、発信はちゃんとしているし受信だって可能だ。


「おかしいですね、反応がありません」


 少し動揺して今度は知人の携帯にかけてみる。こちらは繋がった。


「俺だが」


「すまんが話は出来ない」


 どういうことだろうかすぐに切られてしまった。仲違いをしたようなことも記憶にない、忙しいにしたってつれない態度だ。


 ――もしかして……。


 島は一つの推論を打ち立ててみた、もしそれが当たっているならば様々な部分で心当たりの明確な答えになる。


「こちらレオポルド少尉、五四八番通りが全面封鎖中。迎賓館への道が全部塞がってます、こいつは参りました」


 道路はぐるっと地域を囲い、七番、十五番と繋がっている。


 島はサルミエ大尉から無線機を奪うように手にすると「俺だ、レオポルド、強行突破しろ!」皆が驚く命令を下した。


「おっと、ボスのご命令とあらばそう致しましょう!」


 黒の軍服集団のクァトロが首都警察の封鎖部隊に奇襲攻撃を仕掛ける。薄く広く陣取っている警察部隊に、鋭く突き刺さるとあっという間に抜き去って行ってしまった。


「ルワンダ国営放送です」


 数分間情勢に変化はない。ニャンザ警視正が画面の映像を見て声をあげた。黒い軍服集団に引き続き、ルワンダ軍の部隊が、首都警察部隊を攻撃して突破していく姿を流している。


「ただ今首都警察本部より緊急警報が発令されました。黒服の部隊と、特別部隊の一派が反乱を起こしたと発表があります。市民の皆さんはどうか冷静に――」


 視線が島に集中する。事実先ほど下した命令が実行された、ただニュースになるのがあまりにも早すぎた。混乱は頂点に達している、司令部に報告が洪水のように溢れてくる。


「ボス、フォートスターで放火をした犯人ですが、退官警察官集団の主導です」


 サルミエ大尉が携帯片手に速報をあげる。


「なるほどそういうことか。全てが繋がったな」


 島は携帯電話を手にしてどこかへコールする。


「俺だよ」

「龍之介、どうなってるのかしら?」

「一杯食わされた。混乱の首謀者はガサナ警察長官だ、俺も大統領のところへ向かう」

「解ったわ。私はあなたを信じる」

「失望はさせない」


 通話を終えて目を閉じると小さく息を吐く。二秒で心の準備をすると声をあげた。


「俺も出るぞ!」


「承知致しました」


 サルミエ大尉が部下に無線機を背負わせると書類をまとめて鞄に詰める。オルダ大尉が警戒範囲を広げて移動に備えるよう命令を下した。

 島は軍帽を手にしてエレベーターへ向かう。側近は誰一人として止めもしなければ疑問も発さない。廊下で待ち伏せにあった。


「お前が行かなきゃならないのかい」


 レティシアが腕組をして壁に背を預けている。臨戦態勢が発令された時に降りてきていた。


「これは俺のけじめだ」


「そうかい。まあ気が済むようにやりゃいいさ」


 こっちはこっちで好きにやっとく。彼女は火事場泥棒でも楽しんどくよ、そう残して上階へ戻っていった。


 ホテルの地下、装甲兵員輸送車両に本部要員が乗り込む。通信能力を大幅に高め、装甲を追加した指揮車に改造してあった。


「バスター大尉より本部、迎賓館で戦闘が! 機動警察が攻めています」


「大尉、反乱の首謀者はガサナ警察長官だ。部隊は迎賓館へ突入し、カガメ大統領を保護しろ」


「ダコール!」


 親衛隊が先行しホテルを出る。車内でモニターしているとAFP通信が対抗報道を行っていた。


「カガメ政府に反乱を起こしているのはガサナ警察長官との情報が入りました。これはクーデターです、国際社会はカガメ大統領を擁護するでしょう」


 市内で最大の味方と思っていた警察が全て反対勢力になる。オセロのような変化に計算が大きく狂う。


 ――首都防衛軍を釘づけにしている奴らも退きはしまい、何せ大統領と合流せねば!


 市内巡回に出ていたモディ中佐の部隊が途中で半数合流した。そのまま島の指揮下に加わる。


「大統領警護隊以外は全て敵だと思って動け。攻撃を受けたら相手が誰であれ反撃しろ、俺が許可する!」

 ――信用出来る部隊以外は片っ端だ!


 公道の封鎖に遭遇する。それを一蹴して島の本部も迎賓館へと爆走した。


「クァトロ部隊、迎賓館へ突入!」


 無線が入る。バスター大尉の隊が包囲を突き破り館へ踏み込んだらしい。警察部隊、軽装備な制服警官もライフルを手にして各所で戦闘している。

 民族的なものもルワンダの歴史に根深い、この反乱でもどこか繋がりがあるのだろう。


「ボス、ブニェニェジ少将です」


 サルミエ大尉が携帯を手渡してくる。

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