第496話


 ルワンダから出られないのは同じ、鉱物資源では無い。条件が絞りこまれてゆく。


「徴兵だが、男女ともに?」


「少年は兵士に、少女は家事や性的搾取にです」


 不埒者がやることは世界共通だ。人間が時代を越えて変わらず求めるものが一緒というのがよくわかる。


 ――人身売買か。吐き気がするよ。


 ギネヴィアやマグロウから一端を耳にしたことがあった。三桁単位で行方不明者が数えられることがままあると。


 ――キールのとこでも事件があったからな。あとコロラドが連れてきた奴が、シエラレオネからきてたか。


 裏ビジネスとしての活動を絡めているならば、金を産み出すことが出来ると踏む。


「ニャンザ警察補佐官、確たる証拠を集められるか?」


 荷が勝ちすぎるとの返答を予め認めておく。出来ないことを無理にやらせて失敗では目も当てられない。


「条件次第で」


「なんだ」


 大事だ、ほいほいと軽く受けられるより良い。


「従事する者の無条件での昇進。危険時の国外避難の保証。署名入りの命令書の発行。部下にはこれらをお約束していただきたい」


「警察長官に昇進の推薦は出きるが、俺がさせることは出来ん。その時は軍で良ければ相応の待遇を約束する。そこはどうだ?」


 ニャンザ警視正にしてみれば、島の率直な返答が真剣に考えている証しに感じられた。

 二つ返事が心配なのはお互い様で、他人の命運を背負っているのもまた同じだ。


「もちろんそれで宜しいです」


「貴官はどうする」


 所属がどこかは問わない。常日頃部下の動向把握に努めていた、それだけに警察のみが絶対ではないと知っていた。


「もし満足いく結果が得られたなら、自分をクァトロに列ねていただきたく存じます」


 じっとニャンザ警視正を見る、冗談や打算で言っているようには思えない。


「俺はずっとルワンダにいるわけではないぞ」


「承知しております。自分はコンゴでクァトロが残した足跡を知ったとき、背筋に電流が走ったような感覚を得ました。現実ではなく尾ひれがついた話だろうと解釈して自らを納得させたものです。ですがルワンダに一行がやってきて、みるみるうちに勢力を拡大させるのを見て確信致しました、現実なのだと」


「実際は泥をすすり、荒れ地を這いずり回るようなものだ。晴れやかな舞台になど上がることはない」


 功績は表に出ず、汚名ばかりを着ることになる。そのせいでソマリアでは孤立し、更には犯罪者の仲間入りをしたと口にする。

 夢見るような居場所などではない、それは断言出来た。


「地獄ならルワンダで見てきています。それでも足りないというなら、シリアでもソマリアでも行きましょう」


 目をそらさずに堂々と意見する、そこに揺るぎない信念を感じた。


「――二十九だ」


「はい?」


 理解できるはずもない一言。それに反応出来たのは側近でも極わずか、稀にしか無い島の満額回答だった。


「俺が勝手に心の中でそう数えているだけだ。ニャンザにクァトロナンバー二十九番を与える」


「クァトロナンバー……お認めいただけたと解釈します。公僕としてルワンダに忠誠を誓っておりますが、等しく閣下に忠誠を捧げる所存!」


 島の斜め後ろに控えているサルミエ大尉、彼が知るナンバーは十番台、二十番台に穴が多い。言ったように胸に秘めているだけで本人に伝えることをしていないのが幾つかあるのだ。 


「今後自ら死を選ぶことを禁ずる。どうしても死ぬ場合は、前を向いて死ね」


「ウィ パトロン!」


 軍人が殆どのクァトロ、そこに警察メンバーが加わった。情報統制能力、一般治安維持の手腕は別口で期待できる。ニャンザは敬礼すると部屋を出た。


 ――好き好んで火中の栗を拾うわけだ。人のことは言えんがね。



「ご無沙汰しておりました」


 世界中を回りようやく帰還です。ロマノフスキー大佐が仮司令室に顔を出す。


「お、戻ったか。旅はどうだった」

 ――厳戒態勢三日目、さすが兄弟だ。


 最近離れて勤務することばかりで、会えば久しぶりになる。頭脳が同じところに居ても意義は薄い、別にどこかの内閣や国軍総本部でもないのだから。


「ニカラグアでは生意気な弟子が来て空港で追い返されるわ、イエメンでは船酔いを体験する前に背を押されるわと、全く休まりませんな」


 やはり戦場が一番落ち着きます。笑いながら何かおかしい点でもありますか、などとおどけてみせる。


「あいつ、居ないと思ったらそんなところに居たか。まあいいさ、近く騒動が起きる予定だ。良かったな始まる前に席につけて」


 ショータイムが途中参加では盛り上がりに欠ける。同じように軽口を返してやる。二人の関係は十年前からずっとこうだった。


「良い子でお留守番をしていた奴を褒めておきましょう。概ね順調、これが報告です」


「そうか」


 言葉はそれだけで充分だった。


「そうそう、R4の決済をお願いします。ゴードン氏がよろしく言ってました」


 次は力になるとね。先のことを気に病んでいたのを感じられたと伝えておく。それを聞いてすぐにスイスへと電話を掛ける。


「イーリヤです、ご無沙汰してます」


「シュタッフガルドで御座います。ご壮健そうでなにより」


 そつない受け答え、接客のプロだ。きっと怒って電話をかけても落ち着いた返答をするだろう。


「R4社の株式をこちらで引き受け廃止処理します。決済をお願いしてよいでしょうか」


「アフマド氏から連絡をいただいております。イーリヤ様ご本人の確認を経て適宜手続きを進めさせていただきます」


 いつもと何か違う声色のような気がした。関わるべきか否か迷ったが、一言だけ声をかけてみることにする。


「シュタッフガルドさん、何か心配事でも? 良ければお力になりますが」

 ――トラブルでも抱えてるのか?


 ロマノフスキー大佐が何かありそうだなと目を細める。数秒無言が続き、喋る気になったのか小さい唸りを発した。


「電話口で申し訳ございません。家族の安全で懸念が」


「警察には?」


「ことは公に出来ませんので……」


 悲痛な叫びが聞こえそうだった。彼が電話で漏らすなど、余程のことだと伺い知れた。


「私に手伝わせて頂けないでしょうか?」


「イーリヤ様……お願いできるでしょうか?」


「すぐにそちらへ向かわせます。空港に着いたら連絡を入れさせますので、どうぞご安心を」


「ありがとうございます。お待ちしております」


 電話を切り、目を瞑り誰が適任かを考える。


 ――万が一でも失敗は許されない。俺はシュタッフガルド氏に借りがある、これをおざなりには出来ん。


 デリケートな問題、それも信用に関わる部分が多大だ。荒事も予想され、側面の支援もほぼ期待できない場所。


「兄弟、俺の代理を頼めるか」


「ご指名喜んで。ブッフバルトはもう少し独力で頑張ってもらうとしましょう」


 そろそろ面倒ごとが湧いてくるでしょうけど。近い将来の不都合を予測する、それは島もそうだろうと感じていた。


「ドイツ語が出来るやつ、シュトラウスのところのスルフ軍曹、あいつぐらいか」

 ――単独で行けと言うわけにもいかんぞ。

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