第495話


「トゥヴェー特務曹長、保護村の避難民を政治誘導しろ。彼らにも自主防衛の精神を埋め込め」


「保護村の主体を女性とし、パテールを推薦させては?」


 一つ進言してくる。パテールがリーダー、ここでいう村長を指すことを補足した。女性の保護を前面に打ち出し特色を持たせる。


「ルウィゲマ中佐、ウガンダという国からみてそれについてどう考える」


 判断がつかないので助言を求めた。


「以前カジブウェ副大統領が居ました。彼女は十年もの間ウガンダの女性地位向上の為に尽力を。ムセベニ大統領も女性の待遇改善を推進しておられます」


 政府の方針と合致していると太鼓判をおした。


「特務曹長の進言を採る。パテールの指名を保護村の女性らの互選で決めさせるんだ」


「ヤ」


 その場を解散させ、トゥツァ少佐らを新たに呼び出す。方針を説明し意見を求める。これといった案は出ないが、執行は可能だろうとの見通しがなされる。


「トゥツァ少佐、各民兵団を指揮し保護村を防衛しろ」


「ダコール」


 生活物資などの調達をハマダ中尉に一任し、マリー中佐は遊撃のポジションを占めた。保護村から離れた山地に拠点を置いて伏せる。

 

「あとはどうやって神の抵抗軍に喧嘩を売るかってところだな」


 敢えてビダ先任上級曹長に聞こえるように呟く。


「あちこちに挑発のビラでも撒いたらどうですか。単純な手法の方が宣伝になります」


 含み笑いを隠さずに、それに面白そうだからと理由を付け加える。


「そうだ、仕事は楽しくやらにゃならん」


 ゴーサインを出し、一本釣りを楽しむという方針が確立された。



「ボス、お待ちかねですぜ」


 仮司令部に埃まみれのコロラド先任上級曹長がやってきた。相変わらずサルミエ大尉は良い顔をしない。


「最早か、流石だな」


 あまりの素早さに驚いてしまう。今までに一度足りとて誤報を持ってきた試しがない。


「少将は知りませんぜ」


 前置きも何もない。欲しい部分のみを切り取り簡潔に報告する。


「そうか」

 ――軸にして問題は無いわけか。ならば奴がルワンダの守護神になればいい。


 目を瞑り先行きを見通そうとする。側近等は物音一つたてずに待つ。


 ――西部はニャンザに任せて情報収集が出来る。ウガンダはマリーがやるな。フォートスターは何とかブッフバルト達で維持してもらうとして、やはり首都だ。


 トントントン、とデスクを人差し指で軽く叩く。考えをまとめている仕種だ。


 ――ロマノフスキーには自由にやってもらう。ド=ラ=クロワ大佐に、俺からの意思を伝える意味で誘導役が最初だけ必要か。すぐにクーデターを起こす要素は少ない。何かしらのサインは絶対に見えてくる。


 ぱっと目を見開きコロラドに視線を向ける。


「コロラド、カガメ大統領に反抗する秘密勢力がある。会談をすると偽の情報を流した奴等だ。特定しろ」


「スィン。ボス、流した奴等と反抗勢力が別の可能性がありまさぁ」


「なに?」


 考えなかった事態。指摘され、確かにそんな組み合わせもあると改める。


「命令を変更する。カガメ大統領に関する重大情報を集めろ、詳細は任せる」


「へっへっへっ、わかりやした」


 島はポケットをごそごそとやりカードを取り出す。それをデスクに置いた。


「持っておけ」


「軍資金のカードならありますが?」


 多少使いはしたが、まだまだ億円単位で残高があった。


「こいつは無制限だ。お前の判断で使え、預けておく」


 無制限。口座にある全額を引き出せるカード、クレジット機能も当たり前についている。


「ボス……死ぬときには必ず破棄しまさぁ、ご安心を」


「俺に黙って勝手に死ぬな。これは最優先命令だ」


 口許を吊り上げ、全幅の信頼を明らかにする。もし生まれ変わることがあるならば、コロラドはまた島の部下でありたい、そう強く願った。


「エーン中佐」


「ヤ」


 片隅に居た彼を呼び寄せる。万能な駒を動かすのは切羽詰まった時のみ。


「フィリピン三日月島へ行き、ド=ラ=クロワ大佐の補佐を行え。お前の判断で帰投しろ」


「仰せのままに。お側にオルダ大尉をお使いください」


 一族がウガンダに出撃している今、妥当な指名だと素直に受け入れる。

 何を補佐してくるか、そんなことは尋ねない。


 ――即応能力が低下する、ならば代替行為で埋めるだけだ。


 片隅に居場所を戻し、解散命令を待つ。その前にもう一つ。


「サルミエ大尉、モディ中佐に三日間の厳戒態勢をとらせろ」


「ウィ」


「解散だ」


 執務室には島のみ。受話器を手にして首都防衛司令部に直接連絡を入れる。交換が大急ぎで司令官に繋いだ。


「ブニェニェジ少将です」

「イーリヤ少将だ。済まないが三日間だけ警戒を強く出来ないだろうか」

「それは構いませんが、何かしらの危険が?」

「反政府勢力の見極めと、警察の穴埋めで」

「J2も未確認です。市民に動揺が走らないよう、演習告知をしながら展開します」


 騒がせると逆効果に繋がりかねない。適切な対応だ。


「警察には私から長官に直接伝える。現場での優先権確認を頼む」

「承知しました。それでは閣下、失礼致します」


 あの日から島を閣下と呼ぶが、島は彼を同列の少将だとして接するので変な感じになってしまう。


 ――三日、それまでにロマノフスキーなら帰ってくるはずだ。


 何の指標も無い中、直感で国軍の方針を定める。それも自身とは別の軍区に口出しをして。

 面子にうるさい中国軍あたりならば、すぐに抗議の山が届くだろう行為だ。


「ああ、そう言えば松濤にも警備を置いたんだったな。ま、日本なら何も起きんか」

 ――父上、母上。孫の顔を見せるどころか、電話の一本すら出来ずに申し訳ありません。龍之介は決して後悔していない、それだけはいつか伝えたいと思っています。


 家族が居るのに会うことも、無事を伝えることも出来ない。ロマノフスキーがどんな心境だったか、島も知ることになった。

 冷蔵庫からビールを一缶。いつもと変わらないはずなのに、どこか苦いように感じられた。




 これは訓練だ。軍隊が市街地、それも首都の各所に出張り警戒をする。クーデターの常套手段だけに市民も不安を隠せない。

 そこで島は独自の一手を打った。カガメ大統領にテレビやラジオを使って、演習命令を出したと報じさせたのだ。


「首都の治安強化を念頭に厳戒態勢の訓練を命じています。驚かれませんように、特に外国の報道関係の方々には配慮をお願いします」


 放送したのはAFP通信と、ラジオミドルアフリカだ。ルワンダにおける外資企業だけに皮肉なものだ。


 左胸に階級章を輝かせ、ニャンザ警視正がやって来る。


「閣下、報告にあがりました」


 手を休めて彼を見る。視線で先を促した。


「ンタカンダ大将ですが、コンゴ軍司令官の際に国家の不正を証拠として握ったようです」


 ニャンザ警視正の言葉を鵜呑みにするならば、カガメ大統領はコンゴへの発言力を高める意味で、ンタカンダ大将を囲っていると考えられる。


「現実に不正が無い国などないだろうな。それでいて効果的ときたら、余程の高官の悪さだな」

 ――ポニョ首相も鉱山を抱えていた、大統領も何かしらしているんだろ。


 おおよその背景があれば、思考の向きも狭まってくる。


「ルバンガ将軍はゴマ周辺を押さえるのが目的で、ンタカンダ大将の安全確保が関連付けられます」


 国境を跨いだ影響範囲があると、それだけで可能性は爆発的に広がる。


 ――ンタカンダ大将の策源は何だ? 兵力は暴力により供給可能だったが。


 どう考えても外貨を多量に得る道筋が足らない。武器は軍に横流しをさせる、これは代価があって初めて成立する。

 国際指名手配、島もそうだが一部の銀行なりは資産が凍結されてしまう。特に有価証券など、保有者が明らかなものは扱いが困難だ。


 ――シュタッフガルド総支配人は、とてもよくやってくれている。俺が資金で困らないのは、彼の力が極めて多大だな。

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