第494話
「住民の視線が冷ややかです、政治的な問題は範疇外ですが」
懐柔のしようがなければ、それは力でねじ伏せるしかない。解決にはならないが、甘く見られて被害が出てからでは遅くなる。
「政権への軋轢があるからな。だからと独立したところですぐに崩壊するだろう」
さしたる産業もなく、内陸で資源も不明。世界で孤立するよりは、ウガンダという国の枠に収まっている方が良い。
部外者の意見なのは解っている。当事者からしてみれば、圧政に苦しめられるよりは餓えた方がましだということも。
「そこか……」
何が自分に出来る最善策か、真剣に考える。及ぼせる範囲は広い、だがそこに首を突っ込んでよいかはまた別の話だ。
IDP、難民キャンプ。ウガンダ国内で避難生活を余儀なくされているアチョリ族の多くが、キトグムに存在していた。
「ルウィゲマ中佐を呼べ」
「ヴァヤ」
思案を形にするつもりだろう、ビダは速足で彼の幕へと向かう。
「どうしましたマリー司令」
階級は同じでも態度は遜る、軍に同格はない。中佐でもマリーは司令で上官なのだ。
「アチョリ地方の保護村、未だに機能している場所と規模はわかるか」
政府の肝いりで設置された、対神の抵抗軍拠点。ここに避難民を囲い、略奪や暴行から保護するのが目的だ。
一か所目の立ち上げからもう二桁の年月が過ぎているが、未だにここで暮らす数は増え続けている。
「すぐに調べます。中央政府の管轄ですが、問題ありません」
専属護衛軍が配備されている、それなのに簡単に神の抵抗軍の侵入を許してしまっている過去があった。守るのは難しい、何せ攻め手はどこかに兵力を集中し、一瞬を衝けば良いのだから。
「AMCO派遣軍として保護村の警備にあたるぞ」
任務を司令官の拘束という攻勢から、防衛に切り替える方針を明らかにする。成果のほどが解りづらく、功績にはなりづらいのが守りの特徴だ。
「恐らく十数か所を超えるでしょう。全てを守るのは困難ですが」
国連の平和維持軍が警備を担当している部分も十か所前後。その総兵力は千を下回る。
「全てを保護するつもりはない。まずは情報を集めるんだ」
「イエス、コマンダー」
ルウィゲマ中佐は命令に従う。ビダ先任上級曹長はやり取りからヒントを得て進言する。
「横やりは常に懸念されます」
「そうだな。ボスにお伺いを立てるとしよう」
実は迷っていた、準備が整ってから尋ねるべきかと。だが順不動である島との連絡を優先する。ビダが去り部屋には誰もいない、気をきかせて退室したのだ。
「ボス、マリー中佐です」
直通回線、気軽に使えと言われてはいるが中々そうも出来ない。
「何か思いつきでもしたか」
何でも言ってみろ、声色から察したのか切り出しやすい雰囲気を作ってくれた。
「はい。キトグム――ウガンダ北部の混乱地域にある保護村、その一部をAMCOで警備しようかと思いまして」
「確かPKOやウガンダ軍の護衛があったな」
「そこへ割り込みます。一番守りが厚くなり、余剰兵力は各村へ押し出される見込みです」
「ふむ、そして」
ただ兵力を投入するだけなはずがない。島は期待を持ちつつも厳しい査定で臨むつもりだ。
「保護村の生活は最低限を下回っています。インフラの整備がしやすい場所を見極め、そこを要塞化し規模を拡大。安全圏を構築し、集約を図ります」
「簡単に出来ればもう誰かがやっていただろうな」
「国際人権団体、宗教、特別区の政治を背景に求めます」
「……それは何とか出来るだろうな」
「自分はベルギーで故郷の農村を防衛する手段を構築しました。ここでもそれが有効かは解りません。ですが家族が土地を遠く離れないのには理由が、感情があります。結束は可能と考えます」
マリー中佐が司令任務を放りだし、ベルギーの実家へ戻ったのは記憶に新しい。そこで地元民の結束意識を、防衛に昇華させ、政府の後援を得て制度化してきた。
その功績は認められる。問題はアフリカ、アチョリが同じように政府側の指導でそれを容れるかだった。
「ルクレール全権委員、並びにマグロウ氏、ムセベニ大統領に話は通しておく。転機が必要だがどうだ」
「神の抵抗軍に正面から喧嘩をふっかけます。AMCOでご迷惑というなら、キャトルエトワールで」
「――うむ、俺が認める。お前の思うようにやれ、外野の心配はせんで構わん」
「ウィ モン・ジェネラル!」
◇
その日のうちに、ドゥリー中尉とクァトロ戦闘団はアチョリ地方を巡回し、難民キャンプを目で見て確かめる。AMCOの軍旗と四つ星の軍旗を掲げ、堂々と国内を移動する。
途中襲撃を受けることもあったが、数名の軽傷者を出すだけで終わる。無論反撃で不逞の輩は全滅させた。
「四か所が適当な感じだな」
ルウィゲマ中佐の持ってきた資料を机に広げて検討する。ドゥリー中尉、そしてストーン少尉を司令室に呼び控えさせた。この段階ではトゥツァ少佐は呼んでいなかった、彼には統制を行う際に初めて触れさせ、意見を求めるつもりで。
「近隣ではありますが、道路も荒れていて相互支援というわけにもいきません」
そもそも道路整備がされたという話を聞かない。そこが通りやすいから歩いただけ、その程度の話だ。
「代表者の政治的志向はどうだ」
「一か所が不明ですが、恐らくは他と同じでは?」
聞き取り調査をした結果の報告書が添付されている。だがマリー中佐はその言を容れない。
「信用出来ない者を除くのではなく、信用出来る者を用いるんだ」
かつての戒めを己の糧とする。抗議はない。
「この三か所を利用する。うち二か所をAMCO直轄とし、ルウィゲマ中佐に預ける」
兵力も民兵団から五百ずつを割り振ると人物を指名した。そこにケニアやタンザニアなどの部隊も組み込まれる。従来の十倍規模の護衛だ、これならばまず攻めては来ないだろう。
「残るこの飛び地、生活条件は極めて劣悪、広さと伸びしろはありそうですが……」
最悪の地域、場所を移してしまったほうが良いのでは? そんな意見が出たとしても不思議はない。
「ここを計画の軸にするつもりさ。三か所の特別区への組み込み処理、中佐に任せる」
起草者としての功績を譲る、つまりはそういうことだ。失敗の可能性がある場所はマリー中佐が引き受けた。
「どうして危険な場所をわざわざ?」
文句はない、疑問はあっても。政府に話が通っているのも聞いている、何せ関係各所に顔が利くといっても過言ではないのだ、情報の流入は早い。
「最悪を乗り切れるならば、それで希望が産まれる。俺は困難を回避して進むことが許されない任を背負っているんだよ」
軽くほほ笑んだ。だが目は決して笑ってはいなかった。
「あなたがクァトロのマリーだと心底感じました。全力で支えさせていただきます」
「頼む、ルウィゲマ中佐」
目が届かない場所だけでなく、中長期的な案件になった場合の役割を彼は引き受けると言ってくれた。ウガンダ軍人としてその存在をかけて。
「ドゥリー中尉、保護村の防衛体制構築を指揮しろ」
「ヤ! コマンダン!」
物理的な防壁にシステムの類、人員をまとめるのはプレトリアス族が明るい。
「ストーン少尉、警戒範囲の策定だ。増援を得られる線を確保しろ」
「ダコール」
特別につけられている人材、トゥヴェー特務曹長。彼にも任務を割り振る。
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