第493話

「通せ」


 極秘調査を命じてから数日、まずは第一報をといったところだろう。


「閣下、ニャンザ警視正であります!」


 やけに気合が入っている気がした。やる気を出してくれたこと自体は嬉しいが、まだ人物が解っていない、勇み足にならねば良いがと留意する。


「どうだ」


「ルバンガ将軍への武器の密輸、ンタカンダ大将が出本で間違いありません」


 断言するには証拠が必要だ。それを提出してきた。


「運搬の命令書か。確かにルワンダ軍の正式なものだな」

 ――ということは正規軍の行動になる。大将は正規軍への命令権限を持っていない、連座する人物が出てくるわけだ。


 島とンタカンダ大将の最大の相違は、国軍司令官か否かだ。ルワンダ政府が認めているかいないか、それは大きい。

 書類には西部軍管区の機関署名がなされている。責任者は管区の司令官ということになる。


「ルワンダ軍情報部、J2からの情報です。事実を軍が認めております。もっとも間違いだったと言われる可能性も否定は出来ませんが」


 注意喚起をしてくる。間違いだった、なるほどそういう逃げ道もあったかと島は頷く。


「運搬内容のリストは紐付けされていた?」


「それが内容は不明、リストが紛失ということに。恐らく各地の軍で破棄処分扱いになったものを集めたのでしょう」


 やけに具体的な見解を上げてくる。島はじっとニャンザを見つめた。


 ――こいつは何を知っている? 解せん態度だが、こちらの有利になることは違いない。どこからか力が働いている?


 何を考えているか感づかれる前に一言。


「サルミエ大尉、破棄処分リストの確認を行え。ブニェニェジ少将のところに名義を借りられるようするんだ」


「ダコール」


 軍の記録だ、警視正では難しい。警察記録を洗わせようと欲しい部分を整理する。


「ニャンザ警察補佐官、警察への通報、相談記録でンタカンダ大将、並びに側近らに対するものを収集だ。保管は大統領府の補佐官名義を使う。開示の要求があった場合、政府の所管だと突っぱねろ」


「はっ、そのように致します」


 もし外力が働いているとしたら、どこの誰が彼に影響を与えているのか。


 ――ンタカンダ大将側の人間だとしたら俺はすでに敗北しているな。ブニェニェジ少将が集めた人員だ、俺と関連付けるのは可能か。


 情報戦は得意ではない。だが島は切り札を持っている、真実を確かめる裏技を。


「もう一つ、国軍全体で民に不義を働いているとの物があれば訴えを集めろ」


「といいますと?」


「ルワンダに害をなす奴らは俺の敵ということだ。例えそれが肩を並べて歩いたことがある者でも」


 警察活動権限がどこまで及ぶか、それは当の島も解ってはいない。


「承知致しました」


 退室する警視正。エーン中佐が眼前にやって来る。


「なんだ」


「閣下、自分の監査権限ですが、傭兵の警察部隊にも適用されるのでしょうか」


 敢えてそのように言葉にした。島が疑うような言動を慎んでいる、それを見て取ったからに違いない。


「俺に起因する全てに適用させる」


「ヤ」


 それだけでいつものように壁際に戻り口を閉ざす。


「サルミエ大尉、国家警察長官と面会の手続きを取れ」


「ウィ モン・ジェネラル」



 警察庁舎に島が足を運ぶ。本来ならば逆が正しい席次なのだが、警察活動権限者として従の立場を認めると。


「ボス、ブニェニェジ少将からです。J2よりンタカンダ大将を探る何者かが居ると注意がありました」


「ほう、そうか」

 ――あの少将が嘘か誠か警告を口にしたわけだ。これが本心ならば奴は固定の味方になりうる。


 庁舎の廊下で急遽足を止める。サルミエ大尉は黙って周辺警戒に切り替えた。


 衛星携帯を手にして島がどこかに連絡する。


「よっ、俺だ」

「ボス!」

「頼みがある。大至急調べて欲しい。ブニェニェジ少将が、ンタカンダ大将の身辺調査をしているやつらの正体を知っているかどうかだ」

「誰かを探る必要は?」

「無い。出来るか」

「スィ! お任せくだせぃ!」


 返答に満足するとまた歩きだす。サルミエ大尉は関心を持たない。

 これが判明したら幾つかの基準が生まれる。それは戦略上重要な基準となるはずだ。


 頻繁にサルミエ大尉の携帯がメールやら電話の着信を告げる。島まで上がってくるものは極めて少ない。


 長官執務室へと入る、来庁を耳にしているガサナ長官が起立、敬礼で迎えた。


「閣下、ガサナ警察長官であります」


 でっぷりとした腹、丸い眼鏡。オーラとしてはカガメ大統領とは全く違ったものを感じる。


「イーリヤ少将だ。大統領令により警察活動権限を付与されている」


 根拠を明らかにする。サルミエ大尉が補佐官に書類のコピーを渡すと同時に、正規の署名入書類を提示した。

 島がソファに座るのを確かめてから、長官も座った。随員は起立のままだ。


「反体制派の抑止と聞いておりますが」


 そう表現すれば大抵は当てはまる。小言を口にはしない。


「俺はルワンダを安定させるのが役目だ。擁護してくれているカガメ大統領、不正な手段で彼を乱す者は決して許さん」


 長官が気圧されてしまう。法を守護する立場であっても、常に清廉潔白だと言い続けられない何かがあるのは避けられない。


「じ、自分もそう考えます。公僕たるものはすべからくそうでしょう」


 島自身が法の網を外れた場所に居るのを棚にあげ、それについては触れない。対抗しても互いに良い結果になどならないからだ。


「一般犯罪の検挙率がどうと、とやかくは言わん。俺が求めるのは国家の根幹に関わる事案の阻止にある」


 公安警察の考えだ。全てを切り離して、というのは難しい。だからと無選別ではあまりに情報が氾濫してしまう。


「どうぞ警察をお使いください。自分からも協力するように通知を出させていただきます」


「ニャンザ警視正が俺の警察補佐官だ。彼の名前を添えて欲しい」


「はい、閣下」


 流れに逆らうのは馬鹿のやることだ。ルワンダで大統領の意思に乗るのと反るのと、どちらが利になるかなどはっきりしている。突然のことで動揺しているのが見て取れた。島はやることを終えると表情を緩める、仕事は終わりだ。


「ところで長官、退官した歴年の警察官に知人は居るかな」


「はい、幾人も御座いますが」


 全く意図がわからない、それでも事実沢山知っていたので答える。


「中に働く意思がある者が居たら紹介して欲しい」


「はい、幾人でも。ですが体力的にもう満足に勤務は出来ませんが」


 アフリカ人の老いは極めて早い。四十代で既にそんな状態に! 初めて接した時に驚いたとの話は良く聞く。


「指導的な立場だよ。素人に警らの手順を教えたり、知識を教授する人物だ」


 フォートスターの民間警備団体、そこの教官を求めていると補足した。


「そういうことならば是非! 彼等は豊富な警察知識を有しております。きっとルワンダの為と喜んで働くでしょう」


 家でタバコを吸い、酒を飲んで朽ち果てて行くだけ。社会からは最早求められず、一家の荷物になっていて気落ちも激しい。

 いくら失業率が低いと言われているルワンダであっても、十パーセントを軽く超えてしまう。


「そうか、頼む。サルミエ大尉、整理してブッフバルト少佐に引き継げ」


「アンダスタンディン」


 民兵の司令はマリー中佐だが、警備団体は都市機能に含まれている。その責任者はブッフバルト少佐だ。

 指導されることで治安が高くなるわけではないのを島は理解している。単純に何かやることがあるうちは、余計な考えを起こさなくなるからだ。

 遥か昔、コートジボワールで軍曹をしていた時代を思い出してしまう。


 ――兵も民も一緒だ。暇があるから変なことをしでかす。動かし続ければ水も淀みはしないからな。



 ウガンダ北部、アチョリ氏族の活動は目に見えて減っていた。それが力を蓄える為なのか、はたまた衰えたせいかは解らない。


「司令、我等はいつまでこの地に駐屯する予定でしょうか」


「何故だ」


 マリー中佐は書類に埋もれながらビダ先任上級曹長の問いに反応する。

 昔の彼なら余計な口をきいてしまったことに、すぐに後悔する羽目になったが。


「兵の恒久的住居に、防御施設の拡張。交代要員の手当など、中長期的な視野からです」


 質問が多い軍人は嫌われる、だが適切な疑問は歓迎された。


「実のところ俺にもわからん。目的の一端は果たしたが、終わりとは言えんからな」


 素直に吐露する。終了を上申したら受理されるだろう見込みだ。

 問題は再度軍を動かすのと、このまま残すのとどちらが良いかが現時点で判断出来ないことにある。


「衛生面は徹底させます。疲労は蓄積されるでしょう。無駄を承知で宿舎は建築させ、後に地元に引き渡すのは?」


 大は小を兼ねるパターンだ。費用がはみ出ることに関しては、物価が低い地域なので重要性は薄い。


「そうしてくれ」


 本来ならばマリー自身が先に指示すべき内容。無理でも下士官ではなく、将校が進言して貰いたいところだ。

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