第474話

 その呟きに傍にいたキール曹長が回答する。


「家庭で鶏などを飼っているのです。複数囲っているはずですが」


「もし鶏が多数そこらを歩き回っていたらどうする?」


「それは、捕まえようとするでしょう」


 マリー中佐が頷いた、キール曹長は大至急近隣の家から鶏を集めるようにと命指示する。タダで渡せとは言えない、家畜は貴重品なのだ。クァトロ兵に緊急事態だと前置きして、小銭を差し出すように命じる、それらをキカラの男達に預けた。


 三十分もするとかなりの数の鶏が集められた、ドルと交換出来ると知ると住民も喜んで差し出してくれた。街に買いに行けば三倍の数を手に入れられるからだ。


「キール曹長、そいつを使って奴等の気を引け。ハマダ中尉、狙撃手を左右に配備だ。ドゥリー中尉、突入して子供を誘導しろ」


 大雑把な指示だがそれで充分だ、長年戦争をしてきた仲間なので意志の疎通は出来ている。

 夜目が利くやつを特に選び出して部隊を二つに分けた、残りをドゥリー中尉に託すと合図を待つ。


 一キロ程の距離を二十分掛けて兵を伏せさせる、相手は気づかずに食事をしている真っ最中だ。


 男二人が鶏の群れを連れて近付いていく、行商人の振りをしてキカラの男が声を掛けた。手にしていた縄を誤って離してしまったことで鶏が逃げ惑う。

 大笑いしている神の抵抗軍兵だが、捕まえたら自分のものになると気づくと食事を中断して追い掛け回し始めた。


 それを見てキールらも鶏を自由にしてやる、いつしかお祭り騒ぎになり子供らの監視もお宝争奪に参加してしまった。


「撃て!」


 ハマダ中尉の判断で狙撃が行われた。同時にドゥリー中尉の部隊が子供達の保護に走る。


「て、敵襲!」


 数名が撃たれてようやくそんな声が聞こえ始めた。慌てて銃が置いてある場所へ駆け戻って応戦をする、だが誰が敵なのかまでわかる者は居なかった。

 子供達が逃げ出したのを見て叫ぶ、だがクァトロ兵が割って入った。


「足止めしろ!」


 わけもわからずに手を引かれて子供達が走る、アラビア語で誰だと尋ねても全然通じないのだ。

 たまに理解する者が居て「味方だ」とだけ教えてやると、それを復唱した。


 大きく迂回するとそこへキカラの男衆の半数がやって来て、子供達を保護する。中には娘や息子と再会出来た者が居たらしく、喜びの声を上げていた。


「止まるな、走れ! クァトロは敵と交戦しつつ後退するぞ!」


 ドゥリー中尉は戦列を組んで敵を漏らすまいと指揮を始める、それを見てハマダ中尉も薄く広く展開してじりじりと後退しながら銃撃戦を繰り広げる。

 本部にあるトラックに子供を無理やりに乗せる。最初から定員オーバーすることはわかっていたが、車が足りなかったのだから仕方ない。ではどうするか、答えは決まっている。


「全軍離脱開始、ドゥリー中尉が殿だ!」


 マリー中佐の命令でトラックを中心にして徒歩の民兵が囲む。少ない数の車両にハマダ中尉らが乗車、機動戦力として扱い徒歩の集団を護衛して北へ移動する。ドゥリー中尉はいつでも乗車出来るようにしながら交戦を継続、可能な限りここで足止めすることを選択した。


「パウェル付近に武装集団を確認!」


「ハマダ中尉、蹴散らせ!」


「アンダースタン!」


 機械化歩兵が銃撃しながら武装集団へ向けて車を走らせる、警告も誰何もすっとばしてだ。


「キール曹長、街を通過するぞ。キカラ民兵団、トラックを守れ!」


「オフコース! ドゥ!」


 不揃いな武器を手に散開したまま動く相手に牽制で発砲を続けてトラックが大通りを進む。無法者と呼ばれても仕方ない、彼らは家族を守る為に必死なのだ。

 いつしか後衛にドゥリー中尉の部隊も追いついてきた。機動力を駆使して周辺の敵らしき姿に銃撃を繰り返す。


 アティアク、ビビアと同じように抜けて国境付近にまでやって来る。するとそこには居なかったはずのウガンダ国境警備軍が検問を張っていた。マリー中佐が渋い顔をする。


「止まれ!」


 少佐の階級章をつけた大男がトラックを囲んでいる民兵を見咎める。彼らを守るように黒服の兵が並ぶ、マリー中佐が進み出た。


「見ての通り、南スーダンへ帰る最中だ。そこを通してもらいたい」


 戦っても勝つだろうが、キカラの者達に多大な犠牲が出てしまう恐れがある。相手は正規兵なのだ。


「君たちはどこの誰だね」


 威圧的に問う、職務質問の類だ。マリー中佐は島が話を通すと言っていたのを信じて名乗る。


「キャトルエトワールのマリー中佐だ」


 少佐は目を細めてマリー中佐と黒服をなめるように見た。左腕に四ツ星の刺繍がある将校、下士官が数名。


「ルウィゲマ少佐であります。どうぞお通り下さい!」


 検問の兵士が捧げ筒で敬意を表する。あまりにも素直な態度に理由を尋ねた。


「随分と物分りが良いが」


「自分はムセベニ大統領の副官であったルウィゲマ副総司令官の甥でして。もう一人の副官とも懇意にさせていただいております」


「もう一人?」

 

 マリー中佐は勉強不足だった、急に決まった作戦で準備が出来なかったことが原因ではあるが。


「無論、カガメ大統領です。お二人が承知ならば、自分は喜んでここをお通し致します」


 ムセベニがまだ革命勢力だった頃、カガメとルウィゲマが副官として部隊を指揮していたのだ。それが今や隣国の大統領と大臣だ、国家としては色々軋轢もあるが、個人の絆は別口である。


「済まない、旅券を提示している暇は無さそうだ」


 追撃して来る集団が居ると報告が上げられた。どうやら兵を糾合して子供達を奪還しようと企んでいるようだ。


「ここはお任せ下さい。あれを鎮めるのが本来任務なので」


 検問をすぐに通過下さい、道を開けていくようにと急かされる。


「全軍移動だ、国境を越えるぞ! ルウィゲマ少佐、頼んだ」


 まさかの展開、島の口利きに感謝しながらトラックを走らせる。後ろで銃撃音がしたが停まらないように重ねて命じた。そのまま暗夜の道をキカラへ向けて走り続ける。夜が明ける頃、ようやく集落へたどり着いた。そこでは住民総出で皆を迎えてくれた、名主が代表して感謝を述べる。


「我等の息子等を助けていただきありがとう御座います。無事に戻ってこられるとは……」


「キール曹長とキラク軍曹が努力したのが大です。彼らは今までも多大な活躍をしてくれました」


 事実、彼らは部隊に大きく貢献している。クァトロナンバーズとして島と心を通わせている事実もある、左腕には四ツ星が刺繍されていた。今回の一件で、ムダダの家格と並ぶか上になるのはまず間違い無さそうだ。


「郷の若者がそのような評価を受けているとは……」


 名主が感慨深く昔を思い出す。キャトルエトワールなる不審集団がやってきた時には寄り合いで大揉めしたものだ。一頻りやり取りを終えると部隊が整列する。


「キャトルエトワールはキシワ将軍の名の下に、悪を許しはしないでしょう」


「見所ある者をお連れ下さい。我等キカラの者はキシワ将軍を頂くと決めました」


 五人の若者が進み出る、どれもこれも精悍な顔つきをしていた。


「キール曹長、お前に預ける」


「イエッサー!」


「ではこれで。この軍旗をお渡し致します」


 黒地に四ツ星のものを手渡すと踵を返す、マリー中佐に従い全員が乗車、空港へと進路を取る。彼らにはその姿が神兵そのものに見えた、信じる神が身近に居るのを感じたからだった。



 フォートスターに帰還するもすぐにコンゴへと出張するマリー中佐、国連キャンプへ行ってしまう。このところ爆発的に人口が増加を始めていた、理由は簡単だ、例によって無料の医療団が展開しているからだ。

 ドクターシーリネンが昼夜を問わず病院を開放し、その噂を聞きつけた貧困層や難民が大挙して押し寄せて来ている。誰一人として拒まない態度がルワンダの端に突如都市を出現させた。


「おいブッフバルト、外郭の増築一ヶ月早めるって?」


 相変わらず都市責任者はブッフバルト少佐だ。彼の下にはドイツ周辺からの経験者が列なっている、オッフェンバッハ財閥の管理下で。


「ヤー。溢れてからでは区画整理に支障をきたします」


 面白い答えを期待しても無駄だとわかってはいても、そのうち引き出したいと考えているようで、ロマノフスキー大佐はたった一度の奇跡を待っていた。


「ルワンダ・フランとドルの両建てか」

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