第473話

「誘拐? 詳しく聞かせてもらえるだろうか」


 ただ事ではない。アフリカでは良くある話だが、当事者にとってはそれで終わらせるわけに行かないだろう。どうして司令室前で立ち止まっていたか、彼の気持ちを汲み取ろうと姿勢を正す。


「南スーダンでもコンゴよりの地方なのですが、中学校に登校していたところ、武装集団がやって来て生徒を丸ごと誘拐していったそうです」


「武装集団が何者かはわかるか?」


「赤黒青の旗を持っていたようで、神の抵抗軍だと後に判明しました」


 思いつめた表情のキール曹長、同僚のキラク軍曹も同郷だったはずだと思い出す。戦闘部隊の先任下士官が二人、それも自身の部隊の男が苦しんでいる。


「貴官はどうしたい」


 真っ向瞳を覗いて問う。その答えによってはハマダ中尉も力を貸してやるつもりだ。


「妹を助けたいです」


「解った。俺も行く、司令に話をしてみよう」


 肩に手をやって立たせると、自らが前を歩いて司令室へとやって来る。ノックをして中へ入った。


「ハマダ中尉です、司令」


「部隊の報告か」


 二人の組み合わせをチラッとみて簡単に済まそうとしたが、キール曹長の表情が冴えないのに気づいてデスクから意識を正面に向ける。


「司令、南スーダンで神の抵抗軍による集団誘拐が起きました。中学校の生徒が丸ごと拉致され、その中にキール曹長の妹も混ざっています。彼の妹を助けたく思います」


 いつも控えめなハマダ中尉がはっきりとした意志を示した、マリー中佐はそれを受け止めなければならない。


「キール曹長、お前から直接聞きたい」


 経緯はわかった、だが本人の意思を確認する。彼は一歩進み出ると口を開く。


「マリー中佐殿、妹を救出するために部隊を抜けさせて下さい」


 不安定な気持ちのまま部隊を指揮することは危険だと除隊を申し出てくる。決意の程が伝わってきた。隣に島が居れば判断を仰げばよい、だが今は目の前でことが起きている。マリー中佐は己の意志で決断を下す。


「除隊申請を却下する」


 キール曹長が渋い顔をした、そのまま脱走でもするのではないかというほどに。ハマダ中尉もマリー中佐をじっともの言いたげに見詰める。


「神の抵抗軍への諜報をコロラド先任上級曹長に命じておく、中尉はいつでも部隊を動かせるように準備しておけ。ボスならきっとそう言うはずだ、賭けても良いぞ」


 微笑を浮かべて二人への回答とした。


「イエス ルテナンカーネル!」


「キール曹長、貴官は南スーダンへ行って現地で情報収集だ。キラク軍曹も連れて行け」


「ラジャ!」


 退室する二人を見送り、一先ずロマノフスキー大佐に相談してみようと席を立った。



「ちょっと良いですかね大佐」


 南の要塞、副司令官執務室へやって来ると椅子でふんぞり返っている彼を見つけた。


「なんだ手ぶらか、気が利かない奴だな」


 にやけながらもこっちへ来いよ、と招き入れる。わざわざやって来るのだ、大切な用事があるのを察する。若者が悩んでいたら、それを聞いてやるのが年寄の務めだ。


「南スーダンで中学生集団誘拐の悪い奴等が居ましてね、うちのキール曹長の妹がさらわれました。それを取り戻すために部隊を動かそうと考えています」


「そうか。こっちを留守にするわけにも行くまい、俺が残る」


 笑顔で方針を認めてやる。自主独立の精神は大事にすべきだ、やりたいことがあるならばそうさせる。いくばくかマリー中佐の表情も和らぐ。


「いきなりでご迷惑を掛けます」


「後輩は迷惑を掛けるのが仕事だ、お前も先達の仲間入りだな」


 軽口はさておき、南スーダンからウガンダへ侵入する手筈を考えなければならない。ウガンダ軍の反応も含めて、どうやるかを。


「地域情報か、ボスにちょっくら聞いてみるとするか。作戦概要はその後だな」


 上官と気軽に連絡を取れる間柄、それが凶と出る時もあるが今回はそうではない。二度コールすると島が応じた。


「どうした兄弟」

「いえね、後進の意見が上がりまして。ウガンダの神の抵抗軍がおいたをしたので若い奴が作戦したいと。現地の情報に詳しい人物はいないでしょうか」

「ふむ。マグロウ国連高等難民副弁務官が詳しいだろうな」

「連絡を付けられますか?」

「問題ない、目の前に居るんだこれが」

「なるほど、これもアッラーの思し召しって奴ですか。そちらへ向わせますが良いでしょうか」

「……協力してくれるって話だ。俺はウガンダ政府に話をしてみよう、悪いことじゃないからな」

「お願いしましょう」


 通話を終えてマリー中佐に視線を向けて「キガリへはお前が行け」即座にヘリでだ、と命令する。


「はい、行ってきます!」


 全てを認められて足取りも軽い。キール曹長一人の悩みがいつしか政府や国連を巻き込んでの大事にと波打っていく。クァトロ部隊が居なくなっては統制に欠ける、そう思っている矢先、フォートスターにとある黒人集団がやって来た。


「首領の命令でやって来た、族長ゾネットだ」



 コロラド先任上級曹長、リベンゲの情報によるとアチョリ族の反乱拠点のひとつグルーという地方首都へ向けて移動中で、パウェルという町まで拉致した者を歩かせているようだ。キール曹長とキラク軍曹はパウェル北五十キロ、南スーダン国境ギリギリの町、ニミュールまでの通行を確保し、そこへ故郷の男衆を待機させていた。

 島の働きかけで、カガメ大統領がウガンダのムセベニ大統領へ話を持ちかける。すると快く活動を了承してくれた。だがそれには三つの背景があった、一つは神の抵抗軍が元より反対勢力として厄介だったこと。二つ目は彼の支持者層にルワンダ系が多かったこと。三つ目は彼の出身地がソフィア周辺だったことだ。フォートスターとキャトルエトワールの活躍は既に耳に入っていたのだ。


「舞台は揃った、後は俺が実戦でミスをしないことだ!」


 マリー中佐がフォートスターから抜いていった将校は二人、ハマダ中尉とドゥリー中尉。当然ビダ先任上級曹長も連れているが、今回はフィル先任上級曹長も連れて来ていた、言語面で必要なのと、キール曹長とキラク軍曹が故郷の男達を指揮する為に。


「司令、キカラ民兵団百、指揮下に加わります!」


 キール曹長が指揮官となって子供をさらわれた父親や兄らが小銃を手にしている。戦いの素人だが、特殊な事情が思い出された。クァトロが残した施設と訓練メニューの一部、防衛訓練を繰り返し行ってきた背景があった。


「承認する。パウェルとここの中間、アティアクの町にまでいけば敵に情報が筒抜けになるだろう、速さの勝負だ」


 敵性地域なのだ、すぐにでも察知されれば逃げられるし、何より人質にでもされたら最悪だ。キカラ民兵が戦意を失うのは目に見えている。


「あと二時間とせずに暗闇になります。子供を救出するならば暗夜のほうが良いのでは?」


 ドゥリー中尉が接触想定時刻から逆算して移動開始することを提案する。道がどうなっているか、そもそもちゃんと予定通りにたどり着けるのかの判断が難しい。


「道案内が可能な者はいるか」


「我等が!」


 キカラ民兵から五人が名乗り出る、運転も可能とのことで彼らを主軸にして移動することを決める。五十キロ、それでは一時間待ってから出かけるべきかと言われるとノーだ。


「キラク軍曹、先頭を行け。ハマダ中尉の隊が前衛だ、中軍はキール曹長と司令部、ドゥリー中尉が後衛、すぐに出るぞ!」


 公道でも穴だらけ、暗くなる前に進まねば精々が時速三十キロもだせれば良いほうなのだ。国境を何事も無かったかのように越える、警備隊が居るわけでもないので本当に何も無い。

 黄土色の踏み固められただけの道。幅も十メートルあるかどうか、二列で進むと対向車が来たら困ってしまう。ぽつりぽつりと背の高い木が生えていて、道の側に家がまばらに建っている、ただそれだけの土地。そんな小さな集落のようなところでにも、必ずモスクはあった。


「パウェルの標識を確認!」


 空が突然真っ暗になった。数百人の子供が居るからと街で一泊するようなやからではない、いけるところまで歩かせているはずだ。二時間前にここに居たなら五キロやそこらは先に行っていると想像する。アフリカ修正を入れるとするならば八キロは行っているかもしれない。

 あちこちから集めてきたトラックや乗用車をきしませて、集団はそのままパウェルを素通りする。ヘッドライトを点けずにいるものだから、極端に速度が低下する、それでも気づかれるよりはマシだと我慢した。


「前方に焚き火らしきゆらめきを確認!」


「全車停止! キラク軍曹、斥候だ」


「イエッサ」


 クァトロ兵五人のみを連れて何かを調べる為に徒歩で近付く。丘陵の起伏を利用して接近、焚き火が多数あり武装兵が居るのを視認した。近くには縄で繋がれた子供達、目標だと確信する。兵を一人走らせて自身は監視を継続する。


「子供を逃がす為にどうするか、だな……」


 強襲するにしても気を逸らす手立てが欲しい、何か利用出来ないかと悩んでいると鶏の鳴き声らしきものが聞こえたような気がした。


「養鶏場?」

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