第472話
「ご、ご心配なく! 自分は軍に忠誠を誓っております!」
不機嫌丸出しのレティシアが懐からドル札の束を一つ取り出し少将の足元に落とす。
「誰に忠誠だって、聞こえないね」
「もちろんイーリヤ様にです!」
目を大きく開いて落ちているドル札が本物かを確かめる。
「口にしたら二度と後戻りは出来ないよ!」
こくこくと頷くのを確認すると「拾え」声をかけてやる。
――俺は一体どうしたらいいんだよ。
エーン中佐は一切無反応、サルミエ大尉も中空を見つめたまま。ロサ=マリアの教育によくはないだろう、一種の帝王学だと強弁してもだ。
「あー、まあ、気負わずに頼む。私はルワンダの為に働きたいと考えている」
「閣下、必ずや自分が支えさせて頂きます! 首都にご来訪の際にはご一報を。護衛軍を動員致します」
「エーン中佐に任せる」
「イエッサ」
それは役目だ、エーン中佐が短く承知した。やけに疲れるピクニック、一件目をようやく解放される。
――ロサ=マリアの教育には気を付けよう。もっとおしとやかな人物を家庭教師にしたいな、今度探してみるか。
◇
レストランでの会食、同じテーブルにレティシアとロサ=マリア、島にカガメ大統領が座って居る。店ごと借り切っての食事、区画一帯を警戒範囲にして警察と軍が護衛している。
「物々しくてすまんね、いつもこうなんだ」
肩を竦めて自分のせいだとカガメ大統領が謝罪する。
「これくらい当然でしょう。ルワンダが大統領閣下を失いでもしたらまた迷走してしまう、なあエーン」
「素晴らしい警護体制です」
島の後ろに立っているエーン中佐がしきりに感心していた、こいつは本気だ。いつか真似てやろうと覚えておこうとしているのがわかる。
――やれやれ、まあそれが生きがいって言うんだから仕方ない。
大統領と目を合わせてつい笑ってしまう。だが実際カガメを失えばルワンダは分裂して抗争一直線だろう。
「最近反体制派がまた忙しそうにしているよ」
それが何らかの要請だとすぐに気づく。ジェノシデールの一派だけが敵ではない、凡そ味方でなければどこかしらで対立しているのだ。
「非合法な集団でしょうか」
政治結社あたりではないのは解っている、だが間違ってはいけないのだ。
「どこまでが合法かを審査するために、何千の命が消えるよ」
確証はない、だからと私怨でそのようなことを漏らす人物でもない。
「自分が引き受けます」
頼られたら否とは言わない。昔からそんな生きざまをしてきて、今やアフリカの奥地で亡命生活だ。だが一度足りとて下した決断を後悔したことはない、これからもだとそのつもりでいる。
「ルワンダの急成長を快く思っていない、地方の豪族らだ。中心人物が誰かは解っていないよ」
経済が成長すると格差が縮まる。当然例外はあるが、簡単に言えば貨幣価値が半分になれば蓄財していたモノは価値が失われる。一方で持たざるものは影響が比較したら少ない。
「政府の情報窓口をお聞かせ下さい」
「大統領補佐官に、事情は説明しておく」
「承知致しました」
大層な大事を終わらせるとレティシアが口を開く。律儀に待っていてくれたのだろう。
「首都の陸軍司令官、簡単に転んだぞ。しっかりと躾ておけ、あんたの仕事だろ」
一国の元首相手に何を言うかと思いきや、クーデターすら圏内だと教えてやっていた。
「はっはっはっ、これは手厳しい。耳が痛い程によい薬としましょう」
彼の一族を軍から離して、政府系の審議官などに栄転させるなどの対策をその場で約束した。裏切るよりなついた方が得ならば、きっとそちらを選ぶはずだと。
「実際のところ首都の防備はいかがで?」
「機甲部隊の忠誠だけは握っている。他は司令官らを通して間接的にだね」
それが組織だ、急所だけを押さえて納得しなければ独裁国家になってしまう。かといって一朝事あればフォートスターからチンタラ陸路を行ってなどいたら、政権など簡単に覆っていることもある。
「もし閣下がお許し下さいますなら、クァトロの一部を首都で訓練させたいのですが」
彼の目を見て申し出る、島を敵とみなすならばそれは喉元に突き付けられたあいくちになるが、味方ならば一枚盾が増えることになる。
「本当に良い買い物をしたよ。分屯地を用意する」
笑顔でそれを受け入れた、今度は島が忠誠を示す番になる。
――あまり仰々しくてはいかんぞ、かといって少なければ意味がない。責任者を誰にするかも考えねばならん。
首都で駐屯するのだ、フォートスターには簡単に戻れない。独自の判断で部隊を動かすような切迫した事態も想定される。クァトロが命令に従う人物、そしてフォートスターの戦力が下がりすぎないことが条件。
「駐屯指揮官にバスター大尉、サイード少尉とレオポルド少尉を置きます。少尉らを士官学校に編入させていただきたく思います」
滞在している理由になると同時に、マリー中佐からの上申を思い出したからだ。戦力は下がるが、ストーン少尉が思いの他に優秀だったので心配は少ない。
「校長に連絡しておこう。どこの国籍だろうか」
「サイード少尉はエジプト、レオポルド少尉は無国籍でして。コンゴ生まれのベルギー系ルワンダ人」
難民の中から見付けた、コンゴでの活動に軽く触れておく。経歴も添えて。
「本人が良ければルワンダ国籍を認めよう。その話しぶりならば、君が持ち掛けた時点で快諾するだろうがね」
「ありがとうございます、大統領閣下」
様々なパズルを組み合わせて一本筋を通す。情報は生き物だ、さっきまで有効だったものが今は無駄になることなど日常茶飯事。逆もまた然り。
有意義かつ極めてスリリングな会食を終える。ここ十数年、やたらと高位の人物とよく話しているなと実感した。かくいう島も高官ではあるが、どうしても成り上がりとの自意識が強い。
「他にリクエストがあれば聞くよ」
一番大切な何かをこなしてしまい、後はやってもやらなくてもだ。
「ロサ=マリアが疲れたようだからホテルに行く。お前は好きにしろ」
放送局あたりに用事があるんだろ。ずばり指摘されてしまい苦笑いする。全てお見通しなのだ、顔を合わせたくはない、そういう気分になる相手だとわかり回避している。
ロサ=マリアに口付けし、次いでレティシアにもそうした。
「ああ、行ってくるよ」
「ふん、さっさと行け」
それだけ言って黙ってしまう。家庭の平和を取り戻した島は、アフリカの平和を改善するためにフランス放送局へ向かうことにする。
報道は武器だ。中には耳にした内容を鵜呑みにする者が居る、第三者の言葉は信じられやすい。心理学者が詳しい、ふとルッテの顔が浮かんでしまった。
――父親だけでなく、娘までか。
◇
司令室、開け放たれたドアの傍でキール曹長が足を止めて俯いているのをハマダ中尉が見て声を掛けた。
「どうかしたかキール曹長」
「中尉殿、いえ……」
明らかに何でもないというわけでは無さそうだ。訳アリだなと自身の部屋へ来るようにと誘う。二人きりで座って何があったかを優しく問う。
「俺が聞いたことはお前が望まない限り秘密にする、約束しよう」
将校が約束したらそれは守られる、不利になろうと絶対だ。クァトロで島を見知っている部員ならばその言葉が信用出来る誓いだと解っていた。
「自分の故郷は南スーダンなのですが、久方ぶりに連絡を取ってみると、妹が誘拐されたと聞きました」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます