第471話

 唇をかみ締めて至らなさに落ち込む、適切な範囲を越えたのは事実だ。ロマノフスキー大佐は何も言わない、マケンガ大佐もだ。


「マリー、俺はなお前のそういうところを買っているんだ。全責任は常に俺にある」

 ――心を蝕まれるのはあいつじゃない、俺の役目だ!


 それ以上何も言えずにマリー中佐は頷いた。重苦しい空気を散らそうと戦果に連なる報告を上げる。


「ソフィアの住民がフォートスター民兵団に感謝すると協力を申し出てきております」


 計算づくの結末に反吐が出そうになる、だが全ては過程だと飲み込んだ。


「そうか」


「タンザニアでもキャトルエトワールの名が数日で話題にあがるでしょう」


 ラジオミドルアフリカで取り上げるように指示してあった。フランス放送局ルワンダ支局、そこの臨時上級局長である設楽由香も報道を行うことになっている。


「ソフィア自警団、軍事顧問を送っておきます。装備も色々と供与しておきましょう」


 そこらへんは小官にお任せを、ロマノフスキー大佐が雑務を一手に引き受ける。これからフォートスターにも沢山のスパイが紛れ込んでくるはずだ、それについてはマケンガ大佐が引き受けると言った。戦闘団や各部隊の統率、統制はマリー中佐が管理を行う。エーン中佐は黙って控えているのみだ。


 ――やらねばならないことは多い、優先順位を間違えるな。


 ルワンダの客将イーリヤ少将が指揮していることが公になってはならない。そうだとしても認めない姿勢でいる、そんな茶番が大切だ。キャトルエトワールの司令官はキシワ将軍、明らかな同一人物であっても何一つ証拠はない。ンタカンダ大将と同じ道を歩むことになろうとは、島も自嘲してしまう。


「コンゴの国連安定化派遣団、あれを絡めとるぞ」


 レティシアに高いツケだと言われていたものを回収する、そう方針を定めた。何を意味するのかそれぞれが考える、答えなど用意してはいない、だがそうすべきだと島の中のどこかで自分自身に囁くものがあった。マケンガ大佐が主任参謀として初めに口を開く。


「ルワンダ解放民主戦線の情報を引き出します。一度肩入れした事実をもって沼地から足を抜き出せないように」


 小さな要求を通すことで侵食していく、それこそギャングスターの浸透の手口とまったく変わらない。だがそれが有効なのは認められた。マケンガ大佐が窓口になるわけには行かない、外国人らも多くがその理由で省かれてしまう。


「自分がやります」


 ベルギー人ならばここで表面に出ても全くおかしくはない、汚名返上とばかりにマリー中佐が進み出た。対外調整役としてあまり経験があるわけではない、彼もいよいよそこへ登って来た。


「志願を認める。マケンガ大佐に助言を仰ぎつつ進めろ」


 補佐にトゥヴェー特務曹長を指名し、専属の下士官を別途配属してやる。エーン中佐との連絡も付けやすいようにとの配慮だ、本来単独で任務をこなせる人物だ、一種の甘やかしにようにも思えた。


「承知いたしました」


 部隊の面倒を見ながら他をこなす、負担が過剰になるのは目に見えていた。だが指摘するものは誰も居ない。



 ――ふむ、石橋少尉か。南アの軍事顧問だったとはな、会ってみるとするか。


 隣室に控えているサルミエ大尉を呼び出す、昨今の事務はその殆んどを彼が処理している。戦闘指揮では光るところはないが、どうやら統制能力に適性があったと今さらになって知る。


「石橋少尉をここへ呼べ」


「畏まりました」


 訓練の為に外に出ていたのだろう、三十分程経ってからやって来る。


「石橋少尉、出頭致しました」


「うむ。俺のせいで採用が遅れてしまい悪かった」


「いえ、ご懸念なく」


 日本人同士がアフリカど真中でフランス語の会話をする、島も最近は変な感じがしなくなってきた。多言語理解者として慣れてしまったのだろう。


「南アでの詳細を」


「軍事顧問として、車両を利用した機動戦闘、空中機動歩兵を含めた陸戦指導を行っておりました。中隊の連携が主で、歩兵戦闘の教官です」


 つまりは機械化部隊の将校として最適と言う。落ち着いた所作に実戦経験、裏切ることがない背景。親の推薦があれば志願など即座に認められたはずなのに、一切を伏せてやって来た姿勢。文句は一切無い。


「貴官をマリー中佐のクァトロ戦闘団ラインとして、ドゥリー中尉の次席に入れる」


「ダコール」


 喜ぶことも無ければ、嫌な顔もしない。なんともグロックと似たような反応をする。


「石橋では皆が発音しづらい、今からストーンを呼称しろ」


「ウィ」


 ストーン少尉がここに誕生した。ラインに据える、つまりは島直下の部員として認められたのだ。彼がどう思っているかはわからないが、島はストーン少尉を信頼すると決めた。司令官室を退室する、サルミエ大尉も用事が無ければと行ってしまう。


 ――さて、俺は何をするかな。レティアを放置はいただけない、たまに遊びに出掛けなきゃならん。


 うーん、と唸っていると、エーン中佐が部屋の片隅から眼前にやって来る。


「キガリのサービススポットです」


 ガイドマップを差し出してきた。それを手にして一言。


「うちだけじゃなく、お前の家庭も大切にしろよ」


 息子のルースは元気なのかと問い掛ける。


「郷で健やかに成長しております。懸念は御座いません」


「そうか」


 ジェノシデールから、気持ちをレストランに切り替えることにする島であった。




 頂点の仕事は内部には少ない。島は家族を伴い首都へと出向く。車で先発した親衛隊の一部がヘリポートで待っていた。


「ボス、到着です」


「おう、トリスタン大尉も自由にしていて良いぞ」


「ダコール」


 どの程度の滞在になるかは島も考えていない。ついでに言うならば確たる予定も入れずに気分でやって来ていた。


「ボス、カガメ大統領に面会の申し入れをしておきます」


「サルミエに任せる」


 連絡を密にしておいて悪いことは無い、機会があるなら拾うのは正しい。他にも警察署長や、軍の高官らとの約束も詰め込むといってきた。


 ――俺の仕事だからな、何の文句も無いよ。


 ロサ=マリアがビルを見上げてひっくり返りそうになる。もしかしたらあまり運動神経は良くない方なのかも知れない。


「おい、行き先は決めてあるのか」


「特にはないが、どこか行きたい場所でも?」


 リクエストがあるなら優先する、むしろ希望があったら助かる。


「陸軍駐屯地に行くぞ」


「ああ」


 家族サービスのつもりが何故かそうなってしまった。ラフな格好だったが、サルミエに上着を渡され羽織る。少しだが、少将らしく見えた。


 何の連絡も無しに突然門前に将軍がやって来た。大至急下士官らが整列して迎え入れる。


「イーリヤ少将閣下の視察だ」


 サルミエ大尉が高圧的に告げる、困ったことに少将は訪問した理由が解らない。苦笑して敬礼を返してやり中に入る。

 ロサ=マリアを抱えたままレティシアが勝手に先を歩く。司令部にずかずかと上がり込むと、顔を見たことがある少将に近付く。


「イーリヤ様」


 商人の顔付きになり彼女を迎える。


「中々の人選だった。次も良いのを揃えときな」


「次! お任せください、全国よりここへ引いておきます」


 不穏な内容の会話には違いないのだろうが、居合わせる面々で彼女が一番偉そうなのに、司令部の幕僚が不思議そうな顔をしている。


「イーリヤ少将、お世話になっております!」


「ブニェニェジ少将、こちらこそ。妻が不躾な態度で申し訳ない」

 ――いや、本当にだぞ。


 階級は同じでも明らかに格下の態度だ、勲章の数が違う。何よりアフリカでは金がモノを言う。島は恐らくルワンダでも五指に入る富豪、そしてレティシアも別口で肩を並べている。


「そんな、滅相も御座いません!」


 情けないやらなんやら、だがこれがアフリカンスタンダードだ。強者は強者のまま、更に強くなる一方。


「大統領閣下に軍からの装備買付を承認されていてね、民兵に使わせる小火器辺りを少し融通して欲しい」


 支払いは現金で構わんよ。嬉しい一言で、現物との差額は闇に消え去る未来が確定する。


「モノでも人でも何なりとご用命下さい閣下!」


 ついに同格なのに閣下と敬称をつけて呼び始めた。幕僚らもそういうことかと現実に寄り添うことにする。自身の暮らしが上向くならば、軍人の誇りよりも金が優先する。


「首都防衛軍司令官か、フォートスターに分室事務所を置け。利権をくれてやる、ルワンダ官僚らの窓口になりお前が役人を寄せ付けるな」


 番犬業務だ、レティシアがオブラートに包まずに口にする。怒るかと思いきや、満面の笑みで受け入れた。


「自分の甥の中佐を派遣致します。何でもお使い下さい!」


「きっちりと働く奴には報酬をくれてやる」にやりとして一歩近付き「だが、裏切者は一族纏めて抹殺だ」目を細める。

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