第470話


 敢えて二人が居なくなってから話を持ち出す。嫌な予感はしていた、しかしこれからはこんな役回りをする人材も必要になるだろう。


「なんだ」


「ルワンダ解放民主戦線が目論見通りに退却しない場合、こちらが町を襲撃する役も行うべきです」


 自作自演、それでいて相手に罪を擦り付ける。最低の発想だ、だがそれを提案するのが主任参謀の仕事である。


「主任参謀の提案を却下する。俺にはそういった案を出す参謀が必要だ、しかし今は作戦を認めん」


「承知いたしました」


 存在を認めながらも考えは許さない。評価をきっちりとすることで、互いに職務をこなした。マケンガ大佐も部屋を去る、エーン中佐は中空を見詰め何を思っていただろうか。



 コロラドの言ったとおり、アチョリーの反乱が始まった。鎮圧のために警戒が発令される、南部でも都市を中心に軍や警官隊が待機に入った。ソフィアでルワンダ解放民主戦線が白昼堂々と略奪を始めた。すぐに通報と救援要請が行われたが、地方の中心都市ムバララ市に駐屯している軍は出動を拒否、市の防衛に専念するとした。ソフィア警察は反政府組織を見て敵わないと、そそくさと逃げ出してしまう始末だ。

 自宅に篭っていても見つけられると引きずり出され殺されてしまう。住民は必死に走って逃げた、乳飲み子を抱える母親が遅れて銃を持つ反乱軍に捕まる。子供だけはと懇願するが、歪んだ表情でそれを無視すると蹴り付けた。絶望に打ちひしがれて逃げ惑う、だがそこに救いの手が差し伸べられることはない。


「斥候班より司令部。やつら非戦闘員でも関係なく、畜生!」


「落ち着け、反乱軍の規模や配備を偵察しろ」


 ソフィア側の部隊の通信が聞こえてくる。マリー中佐は拳を握り締めて兵を伏せたまま耐えていた。こうなると解っていてそれでも助けることが出来なかった。すぐにでも飛び出して敵を打ち倒したかったが、任務を忘れるわけにはいかない。


「よーしマリー、俺が追い立てるからそっちは任せる。焦るなよ」


「はい、大佐」


「腸が煮えくり返る気持ちは解る、こいつは奴等の司令官を引き出すためにプロセスだ。頂点を取り逃がしたままでは悪夢は覚めん」


 若造にそれを理解しろとは言わない、今は我慢しておけとロマノフスキー大佐が宥めておく。彼とて見るに堪えないのは変わらないのだ。


「副司令官命令だ、フォートスター民兵団マスカントリンク大尉、ジェノシデールを叩きのめせ!」


「ジェ コンプファ!」


 ソフィアの街の南部から民兵団旗を掲げた歩兵団が突如現れてルワンダ解放民主戦線に襲い掛かった。奇襲を受けて怯むが次第に秩序を回復していく。


「トゥツァ少佐、二陣進め!」


「ウィ モン・ヴィスコマンダン!」


 民兵団が西側から北へとスライドしていく、その隙間に黒人部隊が突入した。民兵とは違い整然と進軍する、ヴカブで長年警備を行ってきた経験は伊達ではない。二面を圧迫されて敵が東へ向けて川沿いに後退していく。


「追撃だ!」


 トゥツァ少佐が黒地に四ツ星の軍旗を掲げてそれを追った。民兵団は住民の保護に残り、逃げ遅れた敵の掃討に切り替わる。


 歩兵が歩兵を追撃するのは困難だ。脚力がすべてで逃げる側は武装を捨てればグイグイと進める、だが追うほうはそうはいかない。一時間も追撃したあたりで副司令官から撤収の命令が下る。

 追ってこなくなったのがわかるとルワンダ解放民主戦線は安心して隊列を組みなおす。そうなると今度は失った何かを取り戻そうと、よからぬ心がまたむくりと起き上がってきた。


「七番偵察班、凡そ四百の敵がミューロンゴに向かっています」


 大分離散したようで初期より数が減っていた。それでもクァトロ戦闘団は百人そこそこしかいないので数では劣勢だ。


「偵察班長、ミューロンゴで混乱が起きています。警察隊が応戦中の模様」


 マリー中佐はまだ動かない、動けないのだ。救援要請が出ないことには行くわけには行かない、そんな条件が満たされないとは思わなかった。


「中佐、救援要請を受けたってことにしては?」


 レオポルド少尉が嘘も方便だと進言してくる。確かにそんなものはどうとでもなった。


「うむ。戦闘団へ下命、あのいけ好かない奴等を全滅させろ!」


「ウィ コンバットコマンダン!」


 黒い軍服の機動部隊が森から飛び出す。背を向けているルワンダ解放民主戦線の兵を機銃でなぎ倒した。


「戦いたいなら俺達が相手だ! キャトルエトワールにかかって来い!」


 四ツ星の軍旗を盛んに打ち立て軍服のみを狙い攻撃する。わけが解らないミューロンゴ警察に「住民を避難させるんだ、敵は任せろ!」スピーカーで呼びかけて戦闘を継続する。

 兵力比率は一対四、だが装備が違った。敵が千発を撃ってくる間にクァトロは五万発を撃ち返していた。機関銃の銃身が焼け付くまで容赦なく発砲を続ける。交戦は無理だと判断し、敵が更に南東へ逃げ出そうとした。


「ドゥリー中尉、一個小隊で逃走を阻止しろ!」


「ダコール」


 四台が戦場を迂回して先回りする、徒歩で車に勝てるわけがない、やすやすと回り込んだ。


「ゴンザレス少尉、一個小隊で北西に位置だ。石橋少尉、一個小隊で南へ行け!」


 薄くだが全方位を囲んでしまう、移動を終えるあたりで「殲滅しろ!」マリー中佐の命令が下る。射線を違えて一斉に攻めかかる、逃げ場がない彼らは次々とその場に倒れていった。


 降伏して両手を上げていても攻撃停止を命じようとはしない、目の前で血の海が広がっていく。怒りに我を忘れていたマリー中佐の耳にロマノフスキー大佐の声が聞こえてきた。


「充分だ、もっとやりたいなら継続しても構わんがね」


 どうするよ。問われてようやくやりすぎに気づく、敢えて自身で正気を取り戻せるか時間をくれていたことにも同時に気づいた。


「戦闘団射撃終了。生存者の確認、捕虜をとれ」


 その指示を聞くとロマノフスキー大佐はもう言葉をかけてくることはなかった。マリー中佐は己の未熟さに恥じ入る。


「何が中佐だ、この馬鹿者が……」


 力が入りすぎるのは仕方のないことだ、それを制御できないのは若さゆえ。何でも初めから出来るやつなどいない、失敗を繰り返し人は成長していくのだ。意識的に心を鎮めることに集中して目を瞑ったまま呼吸を整える。

 戦場で捕虜を確保したと報告があがる、将校らしきき死体も回収したと聞かされる。


「戦闘団撤収しろ。軍旗を一本突き立てておけ、そいつが今回の戦果だ」


 犯行宣言と取れる物証を残していく、ルワンダ解放民主戦線への布告であった。




「デヴュー戦はまあまあといったところですなボス」


 フォートスターに戻った彼らが集う。マリー中佐の行動については触れようとしない、だがそれを黙っていられなかったのは本人だった。


「申し訳ありません、自分のせいで」


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