第469話
三人が一歩前に出て敬礼した。これからは部門の長に多くを任せる、その意味からも佐官が必要だった。上がる数を埋めるために不足するのを補充してやる。
「それとだ、各所から人やモノを集めてきたのを認める。エーンを中佐に任命する」
「仰せのままに」
二等兵に降格する、そう言われても同じ様に答えただろう。エーンはどうあろうとエーンなのだ。任命の根拠など今は存在しない、適切だと信じているからそうした。
格付けを終わらせると間を置く、異議を唱える者は居ない。
「序列を定める。副司令官ロマノフスキー大佐。主任参謀マケンガ大佐。クァトロ戦闘団司令兼フォートスター民兵団司令マリー中佐。医師団長ドクターシーリネン中佐待遇。航空司令シュトラウス少佐。フォートスター監督官ブッフバルト少佐、副司令官副官も兼務だ。エーン中佐は秘書官に留任、俺の代理として全体への監察権限も付与する」
マリー中佐に負担が大きいが、彼ならば見事やり遂げるだろうと分割をしなかった。マケンガ大佐については、参謀長ではなく主任との名目に据え置く。ここには居ないがグロックの存在が常に頭にあるのだ。
「俺の目的は自らの意志で前を向くことが出来ない者の背を押してやることだ。人種も宗教も国も関係ない、そうだと感じたらそうするまで。去りたい者は去れ。集いたければ集え。俺が認めてやる!」
「ウィ モン・ジェネラル!」
ロマノフスキー大佐が声を張り敬礼する、皆が動きを合わせた。冗談でも建前でもなく、島が本気でそうやって生き抜いてきたのを知っている部員の顔も真剣そのものであった。
◇
砂で汚れた格好で顔すら洗わずに司令官室に駆け込んできた。止められたヶ所は外門だけで、一度内城に入ると彼を差し止める衛士は居ない。
開け放たれている扉をノックしながら勝手に足を踏み入れる。サルミエ大尉が少し顔をしかめた、だが島は気にせずに迎え入れる。
「お、来たな」
「ボス、北東の街ソフィアに襲撃が行われますぜ!」
挨拶も何も無し、一番大切な報告を真っ先に行う。自由行動を許され、億円単位で使途を明らかにしなくて良い軍資金を握らされている、下士官なのにだ。
「概要を」
「へい。ウガンダ北部でアチョリーが反乱を煽ってる隙に、ソフィアで反政府の奴等を襲撃するって寸法でさぁ!」
「ついでに略奪もするだろうな。政府はそれを見て見ぬふり、鎮圧に手がかかり対応不能って言い訳か」
――近隣の街か。俺がしゃしゃり出ても良いことは少ないだろうな。
何でもかんでも手を出せば良いわけではない。だがそれではコロラド先任上級曹長が慌てて駆け込んできた説明がつかなくなる。もう一枚何かが噛んでいる証拠だ、それを絞り込む。
「そうか、そのならず者がルワンダ解放民主戦線か」
「へい。上手く行けば司令官を捕らえられるかも」
「良くやったコロラド。サルミエ大尉、すぐに三人を呼び出せ」
命懸けで手に入れた情報、良くやったと誉められ認められるだけ。だがコロラドは、それで心が最高に満たされるのだった。
「スィン」
この場合の三人が誰か、そんなことは明確にしない。副官が間違えたなら最早役職を辞退すべきことだ。十分とせずに司令官室にやって来る。一番時間が掛かったのはロマノフスキー大佐だ、地理的に南の要塞からなので仕方無い。地下通路で繋がっているのを知るものは数人しか無い。
「お祭りが始まるらしいですな」
「将校に待機を発令してきました」
軍を預かる二人が実戦に備えていることを告げた。一方でマケンガ大佐は下問あらば助言を発しようと、小脇にファイルを抱えてきている。
「傍にルワンダ解放民主戦線が現れるぞ、不意打ちをしてジェノシデールを捕まえれば、カガメ大統領への借りの一部が返せる」
司令官らが出てくるかは解らないが、指揮官が居ないわけがない。どのクラスが現れるかはやってみてのお楽しみだ。
「河を渡って逃げるのも大変ですな」
河の手前はルワンダとタンザニア、橋を渡らなければウガンダに逃げることになる。つまりは橋が重要なポイントだ。
「河の中央が国境ではありません。北側、ウガンダが河を含みます」
マケンガ大佐の指摘に地図を確かめる。ルワンダ・ウガンダ間は河が境界だ、だがウガンダ・タンザニア間はそうではない。殆どは河に沿っているが、確かに一部は内陸だった。過去に河があった場所と現在が違う、護岸工事などしていない、良くある話だ。
「タンザニアは、反政府武装組織をどう扱うだろうか」
表面的に、そして真意をも探る。マケンガ大佐にしてみれば想定内の言葉である。
「反社会的集団には協力などしません。かといって隣国の官憲とも仲良くはしないでしょう」
国内で騒ぎを起こさないならば無視する、それがより近い態度だと見通しを述べる。
「反社会的なって言うなら俺もだがな。ロマノフスキーはどう思う」
「品行方正に生きてきた自分としては、タンザニアに逃がして居心地を悪くしてやるのも手かと」
ウガンダには既に連携するような組織があるようだから、タンザニアまで使わせないように制限を掛けると目論見を示す。
ウガンダ・タンザニア戦争があって以来両国の関係は最悪だった。昨今ようやく再度の交流をしてはいるが、戦争の禍根は簡単に拭えるものではない。ロマノフスキー大佐の言の裏にある大きな理由、それはタンザニアは治安部隊が極めて少ないことにあった。国軍が三万人に満たない、かくいうウガンダも五万人に満たないが。
「どうだマケンガ大佐」
「これからアプローチするのでは時間が短かすぎるでしょう」
ルワンダ軍の兵力はその間程、一部地域に限れば三千も兵力があれば一大勢力として数えられる。フォートスターの兵員は千を越えている、充分な数字だった。
「時間の代償を状況に置き換えることは出来るか」
大佐の能力を試してやろうと想定を絞った。島だけでなく、二人もどのような答えを導き出すか興味津々といった感じになる。
「タンザニアの町、ミューロンゴ、この地の住民を巻き込み要請を行わせるならば」
状況に無辜の市民の犠牲を当ててきた、今度は島がどう判断するかを問われる。
――俺の目的を達するにあたり、それは必要な措置か? それによる結果は釣り合いがより以上にあるか。考えろ!
「マリー中佐、要請からどれだけで救援に向かえる」
「予めミューロンゴ西の森林に伏せておけば、三百秒をお約束出来ます」
五分、あまりにも早すぎる到達ではあるが誰もそんなことは気にしないだろう。
「マケンガ大佐、作戦を提出しろ。一時間後に再度集合だ、解散」
多少の犠牲は目を瞑る、より大きな戦禍を呼ばないために。島は軍人だ、少数を捨て多数を救う生き方をしてきた。思うところはある、だがコロラドが持ってきた情報を最大限に生かすためには苦渋の決断をしなければならなかった。窓際に立っていたエーン中佐が目の前に回りこむ。
「閣下の懸念は未必の故意でしょうか」
それは罪となることが起きるだろうと解っていて、危険を起こそうという意味だ。まさにそれを気にしていた。
「うむ……」
「世界では緩慢な死を待つのみでも手を差し延べることが無い。傍観するのは罪ではないのでしょうか?」
「それは」
――対岸で火事が起きていて、それを眺めているのは……だが俺は。
「原因が己にある、それだけが問題と認識下さい」
島がやれと言わなければ起きない、確実に原因はそれなのだ。エーンの言葉に頷く。
「閣下は己の自責の念の為だけに何千、何万の者を救える可能性を自ら放棄するのでしょうか」
「……」
「気性の穏健なことはひとつの徳であるが、主義の穏健なことは常に悪徳である。ここはアフリカです、何がより罪であるかをお考え下さい」
とある無神論者の言葉。島の返答を待たずに元居た場所に戻ってしまう。
――俺自身を常に肯定してくれるだけでも感謝してるよ。いつもこうやって助けられている、それに応えなきゃならん。
目を閉じて三人がやって来るのをじっと待つ。はっきりとした境界線を持たねば部下が迷惑する、気持ちを整理するのに一時間という時間は充分だっただろうか。
「閣下、主任参謀より作戦案を提出致します」
手渡された書類を読む。そこには島が想定した内容と軸を同じくした内容が、より詳細に並べられていた。
――マケンガ大佐は優秀だ。やはり心に何かあってM23を投げ出したわけか、俺だって気に入らないことを押し付けられたらそうするだろうさ。
「作戦案を受理する」
書類をロマノフスキー大佐に手渡し命じる。
「副司令官、速やかに実現させろ」
「ダー。ボスはどうぞごゆっくりお待ちあれ。マリー中佐、来い」
「満足頂ける結果をお約束致します」
二人は敬礼して司令官室を出ていった。マケンガ大佐がそれを見詰めている。
「閣下、もう一つ提案が御座います」
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