第468話


 それは日本語だった。驚いて視線を向けると、懐かしの彼女。


「由香か!」


「あら、まだそう呼んでくれるのね嬉しいわ」


 サルミエ大尉が遠慮して三歩程離れた。三十後半になっただろう彼女は、相変わらず可愛らしい。


「どうしてルワンダに?」


「ザンビアで局員していたら、変な集団が港に現れたって。足跡を追ってみたら、なーんか引っ掛かって」


「なるほど。大分前の約束だが履行しよう」

 由香が首をかしげる。島は手をとって彼女をエスコートした。

「俺に招待が着た、パーティーに同伴してくれるかな」


 補欠出席ではなく、島自身にだ。遥か昔の口約束、由香は微笑で頷いた。会場に戻る、婦人同伴でようやく島も居場所を確保できた。


「あれからずっと戦いを続けてきたのかしら?」


「俺は平和主義者なんだがね、向こうから来るんだ。由香は順調かい」


 だったらこんなネタを追ってルワンダまで来ないだろうなとわかってはいた。


「コートジボワールで支局長になっていた方がよかったかも。何回か思ったわ」


 因みに独身、等とアピールされてしまう。

 ――何とも悩ましい響きだね。由香か……報道は必要になる、巻き込んで良いものか。


「俺は今、お察しの通り国際指名手配犯だ。否定はしないよ」


 足跡を追ったなら、そのあたりは知っているだろうと自白しておく。


「ボタンの掛け違いでしょう。私は龍之介がそんな悪人じゃないのを知ってるわよ」


 数秒目を閉じて過去を思い出す、信頼出来る人物なのは間違いない。レティシアとの関係に一抹の不安はあったが。


「どちら側になるかは由香が決めて欲しい。ルワンダ支局の責任者か、キャトルエトワールの報道責任者か」


 真剣な表情で問う。どちらもお断りでも結構、由香の意思を尊重する。


「夢が忘れられないの。チャンスをくれてありがとう」


「フランス局にする?」


「その方が伝もあるから」


「そうか、そうだな」


 ラジオはミドルアフリカの放送局を再度使うつもりだった。タンザニアに人員を派遣しなければ、エーン少佐の顔が自然と浮かぶのであった。



 ついにフォートスターに主が入城した。親衛隊を引き連れ、謎に包まれたキシワ将軍が居城に腰を落ち着けた。


 ――ンダガク要塞を数倍にしたような造りだな。何十年と居座るつもりで建設したのを感じるよ。


「ようこそボス、中々良い街になりました」


 ブッフバルト大尉が監修して、小官は多大な却下を受けただけ。笑いながらロマノフスキー大佐が報告する。


「そうだな、面白い通りもあるようだ」


 作業班名が幾つも使われている、当たり前のようにプレトリアス通りが存在していた。全ての報告を受けたわけではないが、ンダガクやらアヌンバやらもきっとあるだろう。


「空港ですが、ジャンボジェットでも離着陸可能です」


 来られても何にも観光名所はありません。彼はいつもの態度で島に接する、それが嬉しく思えた。


「輸送機やヘリが使えたら充分だ。航空関係だが、本人が良ければシュトラウス中尉に預けたい」


「嫌とは言いますまい。張り合いが出るかはわかりませんがね」


 後程呼び出します、半ば決定事項だと考えながら先に進める。


「既に難民があちこちに住み着いております」


「統制だけ保てば良いさ。好きに住まわせてやれ」


 集団営農も実施させるなどして、働く場所も与える。流民がいかに悲惨か知り尽くしている難民だ、積極的に土地に根付こうと努力するだろう。一定の割合でどうにもならないやつも居るが、気にしていたら始まらない。


「マリーが早速住民の自警団やら議会やらを立ち上げています。もうお手のものでしょう」


「そうか」

 ――あいつは充分過ぎる働きをしているな。


「越境を含めた偵察、トゥツァ少佐が。コロラドやリベンゲは隣国に潜入中です」


 皆が言われずとも役割をこなしている。それはマケンガ大佐もだった。


「M23の残党が連絡をつけてきているようです」


「マケンガ大佐からの報告を待っておくさ」


 指揮官になりたいならそれも良かろう。申し出を概ね認める、島が自主性を尊重しているのは今に始まったことではない。


「石橋とレオポルドが待機中ですな」


 ほらグロック准将の息子の、書類を提出する。石橋安利と漢字でも書かれていた。


「二人を少尉にしてマリーに配属だ」

 ――グロックの息子か、使わない手はない。レオポルドもだ。


「ザクッと報告はこんなところです」


 あまり一人で喋ると皆が恋しがるから、と現場からの声を聞けと止めてしまった。


「ではいつものやつをやっておくか。サルミエ大尉、部員と将校を内城に集合させろ。階級章も用意しておけ」


「ウィ ボス」


 軸となる部分だけ任じてやり、あとは指名をさせるつもりだった。部下に裁量を与える、それこそが組織を上手くまわす手法だと考えている。


「なあ兄弟、俺達は今何を目指しているんだろうな」


 両手を腰に当てて彼は淀みなく応じた。


「趣味で許せないやつらにお仕置きすることでしょう」


「趣味か。そうだな」


 言いえて妙だった。変な使命感や命令であったり、必要に迫られてではない。悪趣味も良いとこではあるが、なるほど填まる単語だった。


「お気に召しましたか、そいつは結構」


 はっはっはっ、笑いながら一足先に行っていると部屋を出ていってしまう。


 ――少しは気楽にやるとするか。


 内城の広間に整列している。マケンガ大佐、ロマノフスキー大佐が対面し、残りはマリー少佐を先頭にして序列に従い並んだ。ベルギー人の青年、この集団では真ん中より若い部類に入る。


「イーリヤ少将に敬礼!」


 ロマノフスキー大佐が代表して声を上げる。エーン少佐とサルミエ大尉を引き連れ島がやって来た。皆を見渡し少し遅れて敬礼を返してやる。


「良く集まってくれた。俺は暫くこの地に拠点を構えることに決めた」


 恒久的なものになる、その意思を皆の前で初めて明かす。


「任官を行う。部隊編制、議会の設置、その他の功績を認めマリーを中佐に任命する」


「ありがとうございます!」


 まさかそうなるとは考えて居なかった。少佐なことすら早すぎなのに。


「ドクターシーリネン、貴方を中佐待遇に任命致します。医療の全てをお任せします」


「やることは変わらない、協力させていただく」


 外部の協力者で島が敬意を払っているのを明らかにしておく。ぞんざいな扱いをするのは、島を侮辱したのと同義だ、そんな圧力が掛けられる。


「都市を計画し見事形にした。ブッフバルトを少佐に任命する」


「拝命致します」


 マリーに遅れはしたがブッフバルトも佐官になった。二十代にしてこれは驚きの昇進で、どれだけ死線を潜り抜けてきたか。


「数々の無理な任務を達成し、ここには空港も造った。シュトラウスを少佐に任命する」


「ヤ、ヤー!」


 確かに無茶を幾度も通した、だが他の者とは違い直下の部員とは言い難い。そんな彼を昇進させるとは思っても居なかったようで、珍しく動揺した。


「新たにサイード、石橋安利、レオポルドを少尉に任命する」

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