第467話

 どちらも事実、そしてどちらも無理に言葉を押し通すつもりはない。


「すっかり忘れていたんだが、三日月島で志願してきてた日本人」


「ああ……石橋でしたね」


 バタバタしていてほったらかしにしていた。仕方のないことではあるが、待たされる側に何の連絡もしていないのに今更気付いた。


「ボスも知らんそうだ」


「すると残りは?」


「グロック准将だな。あちらが何時かは知らんが聞いてみるさ」


 新人学校校長は卒業していた。今は軍務総監代理として、ニカラグア全軍の教育に力を注いでいる。二回コールすると「何だ」素っ気ない声が聞こえてきた。


「自分です、一つ質問が。石橋安利(イシバシヤストシ)という日本人がクァトロに志願してきてましてね、准将はご存じで?」

「息子だ。好きに使え」

「あー……承知しました。では」


 ロマノフスキー大佐が惚けた顔を久し振りに見せた。


「結論から言うが、そいつは採用だな」


「試みに理由を聞かせていただけますね?」


 あの短時間で納得する何かが気になった。


「グロック准将の息子だとさ」


「あー」


 つい同じ様な反応をしてしまう。一切口にしたことはなかったが、二十歳前後の息子が居ても何ら不審はない。むしろ疑問が一つ解決した。


「あの鬼軍曹がピロートークとは参ったね」


「日本語を知っていた理由に驚愕の事実、ですか」


 二人ではわかりもしないが、安利をアンリと読めば大いに理解を深めるだろう。後に島が耳にしたときに、うんうんと大きく頷くことになる。


「で、何をどうして南アフリカ軍に居たやら」


「その辺りの疑問は面接ということで」


 面白そうに微笑む、急に興味が涌いてきてしまった。別にそれで結果が変わるわけではない、仕事を楽しむのは良いことだ。


「もし俺の子供が志願してきたら追い返せよ」


「何故ですか?」


「親に似てろくなことをしないからだ」


 どう答えたら良いものか、少し唸り司令官室から退室するのだった。



「閣下、第二陣が到着致しました」


「何のだ?」


「プレトリアス族の護衛兵です」


 そんなことを指示していない、だが兵力が不足していた事実はある。いつもエーン少佐に甘えてばかりで心苦しい。


「あまり郷から青年層を抜きすぎるなよ」


「ご心配なく。プレトリアス・ツルケからアヌンバの者も数に」


 身代わりで死ぬことを躊躇しない、そんな親衛隊を二百用意したと明かす。


 ――こいつらときたら命をすぐに……有り難いが、代わりに死なれるのは困る。


「代表に会おう」


 外に待たせていたらしく、数分で島の眼前にやって来る。黒人だ、エーンと似たような雰囲気があるが若い。


「プレトリアス・ツルケの若者頭、プレトリアス・オルダです!」


 アフリカーンス語で申告する。通訳は要らない、島も大分馴染んだものだった。


「イーリヤ少将だ。オルダ、よく来てくれた」


 プレトリアスでは混同する、前例があったので名前で呼ぶ。


「我等プレトリアス=アヌンバの者は、命を捧げます!」


「オルダよく聞け。俺はな、お前たちにそう言ってもらえることには感謝している」


 チラッとエーン少佐にも視線を流してから元に戻す。


「だが命を使うのは最後だ。訓練に訓練を重ね、知恵と技術で苦難を乗り切れ、勝手に死ぬのは許さん」


「ヤ!」


「エーン少佐、部隊を統括しろ」


 在るべき場所に属させる。第二陣と呼んだ、まだ続くのだろうと頭に留める。


「承知致しました」


「プレトリアス・オルダを大尉に任命する。以下の指名はエーン少佐に報告しろ」


 退室を促した。オルダは敬礼し部屋をでて行く、エーン少佐が連れてきたのだ、能力に疑問など持たない。


「ブカヴより志願兵があります」


「エーン少佐に一任する。一般兵はマリー少佐に預けろ」


「はっ。ドクター・シーリネン大尉から連絡が、ルワンダにも医療を必要とする者は居るだろうか、と」


 コンゴでもう一人の神と崇められているらしい、ドクター・シーリネン。彼も島がルワンダに落ち延びたのをどこからか聞き付けたようだ。


 ――医者か。俺達が必要とするな。


「ドクター・シーリネンを招くんだ。失礼の無いようにな」


「ダコール」


 書類を差し出してくる。部隊装備の概要だ。


「武装が不足しております。ルワンダ軍は代価を払えばある程度権利を渡すと」


「近場から都合をつけるルートの確保と考えよう。ルワンダ軍からの購入と平行し、ヒンデンブルグからも買い入れだ」


「ロマノフスキー大佐が担当で宜しいでしょうか」


 そうしろと承認する。あまり階級が低いと足元を見られてしまう。決裁はまだ終わらない。


「生活消費物資が不足するでしょう。こちらも輸入で宜しいでしょうか」


「好きなところから仕入れろ」


「トゥヴェーに手配させます」


 ソムサックに注文するなり、近隣から買い付けるなりして充足させるだろう。これだけなら副官業務でしかない、だが目の前に居るのはエーン少佐だ。


「こちらを」


「ボートのカタログ?」


「奥方とお好きなのをお選び下さい。湖に浮かべるモノです」


 用意する過程も楽しみの一つだと考えて、そう勧めてきた。


「お前のお陰で平和がやって来そうだ」


 島の満足気な言葉、黒い顔に白い歯を光らせる。そう彼は秘書官なのだ、公私を支えるのはエーンしか居ない。



 大統領官邸関連館、多くの高官や外国の使節がパーティーに集まっていた。レティシアは柄じゃない、と出席を拒否してしまう。仕方無く島は単身、副官のみを伴って参加している。


「また太ったらどやされちまうな」


「いつでもボスも訓練にご参加下さい」


 したり顔で受け流してしまう。大分扱いに慣れてきたのだろう、敬意を払いはするが昔のような緊張は少ない。


「イーリヤさん!」


「これはお久し振りです。マグロウ国連難民高等弁務官補」


「今は国連難民高等副弁務官になりました」


 フランス、ル=グランジェで顔を合わせてから何年か。彼は今もアフリカで難民の為に身を捧げていた。


「それは気付きませんでした、少しは解決しましたか?」


 マグロウは頭を振る。日々難民は増加をたどる一途らしい。


「アフリカではアルカイダやイスラム国、ボコ・ハラム、神の抵抗軍など、宗教的なものと政治的なもので全く」


「そうですか」

 ――貧困は宗教にすがる、これも政治の役割だ。しかし人口増加が最大の原因だろうな。


 周りを気にして半歩近寄る。小さな声で「何があったかは存じませんが、国連からの情報を欲するならばお力になります」すれ違い際に囁いた。

 島は少しだけ目を瞑ると、心の中で感謝を告げる。


 ――無頼を信用してくれている、有り難い限りだ。


 会場がざわついた。何が起きたのかと鋭く視線を巡らせる。胸板が厚い男が、軍服姿で現れた。彼はそのまま真っ直ぐ島目指して歩みを進める。


「貴官がイーリヤ少将か」


「ンタカンダ大将閣下」


 階級章に敬意を込めて、背筋を伸ばし敬礼をした。今がどうであろうと正真正銘の大将に任じられていたのだから。


「礼儀は弁えているようだな。ンクンダに一撃加えてから来たそうで何より。困ったことがあれば私が相談に乗ろう」


「お言葉ありがとうございます」


 悠然と去っていくンタカンダ大将の背に向けて再度敬礼をする。こうも堂々と現れることを予測していなかった。


 ――南周りで入国していたら、嫌味の一つも聞かされていたんだろうな。苦労は先にこなしておくべき、か。


 注目が集まりすぎていたので一旦部屋を出る。


 廊下の椅子に座っていると、予想外の人物に再会する。


「隣、空いてるかしら?」

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