第475話

「金を流通させ、生活力を与えます。仕事さえあれば皆が働こうとし、それが都市の発展を加速させます」


 目に見える何があるのとないとでは結果が大きく違う、解るような解らないような。


「美人妻の内助の功か。お前もマリーもボスも、どうして一人に括っちまうかね」


 クリスティーヌ・オッフェンバッハ・ブッフバルト。ドイツオッフェンバッハ財閥の総領、父親はベッケンバウアー家の当主、ヴェストファーレンの名士だ。連れ子であるシャルロットはドイツに置いて来ている、島が提案した日本企業のフロント、それを彼女の財閥が担当している。


「最高のパートナーが居るだけで人生が彩られます」


「誰が最高かわからんだろうに」


 どうなんだ、と意地悪をする。だが珍しく反論してきた。


「解るんですよ夫婦には。ボスだって絶対にそう仰いますよ」


「うーむ」


 そういわれては仕方ない、確かに島にはレティシア以上の妻は居なさそうな気がした。だがスラヤもニムも同等で劣りはしない、今は亡き二人にもきっちり敬意を表する。


「日本のキャトルエトワール、順調に地固めしています」


 松涛に帝国第四警備保障、ホテル・フォーポイントスター、輸入雑貨キャトルエトワール、そして松涛第二学園。特別区を形成して島の実家を警護するという目的を果たしていた。


「名代がなんていったか」


「フラウ・ベッケンバウアー。妻の従姉妹です」


 松涛第二学園理事長は佐伯冴子、島の学生時代の恋人が就任した。故郷とのつながりを保ちたい、島が望んだことがこのような形に落ち着いたのだ。精神の安定を保つ為の努力は周囲が行う、側近の務めだ。

 仕事があるので失礼します、部屋を出て行ってしまう。デスクには副官業務の書類が綺麗に揃えて置かれていた。


「ドイツ人はどうしてこうなんだろうな」


 きっちりとやることをやっているのに何故か愚痴を漏らす。要塞から将校が三人離れた、島の指示でキガリへ駐留することになった者達だ。尉官が少なくいびつな状態になったと感じた、ならばそれを解決するのがロマノフスキー大佐の仕事だろう。三日月島の将校連中、一般部隊の指揮官からリクルートしてやろうと資料を手にする。


「グレゴリー中尉は確定だな、もう二三人か、さてどいつを引き上げたものか」


 傍においてみてダメだったとは行かない、様々な秘密を知ってから放り出すのは決して利口なやりかたではない。下士官にまで範囲を広げてみたが、どうにも判別がつかないので唸る。


「俺も昇進しすぎたわけか、やれやれだ」



 フォートスターの司令官室へ戻ってきた島は報告書を眺めていた。留守の間に色々とあったようだが概ね処理済で現在の懸案事項は少ない。


「街の拡張工事の前倒しか、発展の代価はいつか支払う必要があるな」


 自由にやらせておこうと書類を決裁済の箱へと入れてしまう。ウガンダでの作戦、損害も殆ど無く執行出来た様で、簡潔な報告書にまとまっていた。隣室からサルミエ大尉を呼び出す。


「大尉、緊急時に軽車両を輸送可能な航空パッケージを提出するようにシュトラウス少佐に命じておけ」


「ダコール」


 キカラで大分調達出来ていたようなので問題は少なかったが、もし自力で作戦することがあれば車両不足を解決出来ないと判断した。ハードの不足は島の守備範囲になる。


 ――松涛特別区の進捗か。冴子が理事長とはね、俺としては嬉しいがあっちは複雑な気分だろうな。


 匿名の寄付ということで母校の学費や学食への基金を積んでやった、せめてのびのび勉強出来る様に。冴子には生徒の意志を最大限に尊重してやって欲しいと伝えてある。一之瀬達也、エーン中佐の指名で彼に帝国第四警備保障を統括させることもした、一帯の警備を任せている。

 複数の民兵団が並列している、その序列制定の申請が出されている。マリー中佐の階級不足と共に、トゥツァ少佐を始めとする兵員の過剰保有が原因だ。上手いこと収まらずに四苦八苦しているようだった。


 ――うーん、兵員でもあり住民でもある。そりゃ多数にもなる。かといって俺はマリーの他に部隊の統率者を並べるつもりはない。


 クァトロの基幹部隊、クァトロ戦闘団は二百人程度に増えていた。それは問題ない、コンゴからンダガク族兵、ブカヴ民兵団、キベガ族、コンゴ難民を集めたコンゴ民兵団、ルワンダではフォートスター民兵団、後発のルワンダ民兵団、ウガンダのソフィア自警団。ついでに言えばエーン中佐のレバノンプレトリアス親衛隊、アヌンバプレトリアス親衛隊、レバノンガーディアンズなども別系統の部隊として数えられている。

 島の経済力を背景にした給与支払い能力のお陰で兵や装備に困ってはいない、それが逆に指揮を圧迫しているとは皮肉なものだ。だが欲しくなってから慌てて集めるようでは話にならない。


 ――ロマノフスキーを現場から退げた、俺の代わりを務められるやつを業務で拘束するわけにはいかんからな!


 より戦略的な視点からマリー中佐に負担を強いている、自分が同じ歳の頃にはニカラグアで革命勢力を率いていた、ならば出来るはずだと目を瞑る。


 ――俺はマリーを信じて全てを預ける、それを布告してやるとしよう。


 保留の箱に書類を入れておく、後はどれもこれも決裁済にまとめて放り込んだ。海外情報の更新も忘れずに頭に入れておく、自分がルワンダから出られないからと知らなくて良くなるわけではない。


 ――ワリーフは元気でやっているだろうか。


 リリアン・オズワルトとの新婚生活、お祝いしてやろうと贈り物をしたのを最後に声すら聞いていない。関われば迷惑を掛ける可能性もある、今は幸福を祈るだけに留めた。


 ――あまりにも多くの何かを得すぎた、失うのがこうも恐ろしいとはな。


 物ならばどうでも良いが、関わる人間がこうも増えてしまった。全てが大切で誰一人失いたくない、わがままであり、無理を言っているのは承知しているが、それでも諦めきれない。


「エーン中佐、明日広場に主要な者を集めろ」


「ダコール」


 まずは後輩の背を押してやろうと決める。一番苦労しているだろうから。



 珍しくドクターシーリネンまで含めた主要な人物が全て要塞の内庭に集められた。島直下の者達は内城、島の前に左右に別れて並んでいる、その他の都市関係責任者や民兵団指揮官は内庭に整列している。何らかの重大発表があるのは明白だ。


「イーリヤ少将に敬礼!」


 キシワ将軍ではなくイーリヤで呼称する、その微妙な立ち位置の違いを理解できる幹部のみがここに居られると認識してだ。初めて島を見る者も混ざっているが混乱は無い、注目が集まるのを待ってから口を開く。


「フォートスターの発展が目覚しく、集まった人や物は初期に比べ桁違いになっている。ここに改めて知らしめておくことがある。マリー中佐、エーン中佐、ブッフバルト少佐、前へ!」


 事前に何も知らされていない三人だが、列を抜けると胸を張って眼前に並ぶ。揃って敬礼して言葉を待つ。


「ブッフバルト少佐、貴官を監督官から都市管理総責任者へ変更する。フォートスターに依拠する悉くを掌握せよ」


「ヤボール!」


 運営、管理、建設、政治、議会、様々なものをひっくるめて彼に預けてしまう。とても少佐のするような仕事ではない。


「エーン中佐、貴官を監察官に任じる。都市、軍、住民、資金、法務あらゆる事柄に対する独自の監査権限を与える」


「ヤ!」


 今までは島の代理として権限を付与していただけだが、独立した権限を与えた。これでエーン中佐の判断のみで全てを執行可能だ、島の権限を委譲した形になる。


「マリー中佐、貴官をクァトロ戦闘団司令とし、全民兵団の指揮を預ける。同時に司令官代理の権限を付与する」


「ウィ モン・ジェネラル!」


「平時はマリー中佐を頂点とし全てを執行する、中佐の命令は俺の命令と同義だ、覚えておけ!」


 兵への指揮権、そこへきて任免権に処罰の執行権限、査定評価まで全ての権限を与えてしまう。ロマノフスキーの副司令官権限とどちらが強いか判断に迷う部分も出てくるだろう。以上、解散。クァトロ部員を残して皆が去っていく。


「お前達にはもう一つある」


 十数人、島の側近クァトロナンバーズにだけ限り内容を内々に知らせる。


「エーン中佐に一号命令の発令権限を与える」


 それが何なのか、端的に説明が加えられた。マリー中佐は平時に全てを執行する、そう前置きがあったように、緊急時に指揮系統が切り替えられるようにとの配慮だ。

 エーン中佐がそうすべきだと感じた際に一号命令が発令されると、全将兵への命令権限が彼に切り替えられる。これはマリー中佐の反乱を危惧した為ではなく、全ての汚名を彼が被って全力対応しなければならない事態、即ち島に危険が迫った時の切り札として設置された。

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