第465話

 一旦ソマリアの株が暴落した。だがマルカの海賊が一団となり、警備についた事実は未来を明るくさせ、株価が持ち直す。大量の資材をマルカからルワンダへと送る中継の仕事が発注され、今度は高騰した。

 ソマリア政府がマルカに犯罪人引き渡しを凄んできたが、シャティガドゥド委員長が断固拒否。武力をちらつかせたところ、なんとラスカンボニ旅団が独立自治への侵害だとしてマルカに助力を宣言。政府が要求を引き下げたことで、マルカ自体が安定を保っていると更に株価上昇が加速した。

 チュニジアやパラグアイからの荷物をコンゴに送る、それにもやはりマルカが指定され、今や右肩上がりの大賑わいだ。シュタッフガルド総支配人は暴落したところを、信用で買い増し、莫大な利益を産み出していた。


「ンダガク市からもかなりの移民がある、あたしがとやかく言う側じゃないが、全部不法滞在だね」


 苦笑するしかない。フォートスターを建設するにあたり、技師はレバノン、労役はルワンダ、そして経済面や治安はンダガクの面々が多かった。近くと言うこともあるが、ンダガク議長が子の世代だけでもルワンダに、と願ったためだ。


「俺は入管の役人じゃないからな。大統領もうるさくは言わないさ」


 島の統制下にあるならば、その条件付きで様々目を瞑る。最終目標である、ルワンダ解放民主戦線の解体、これさえ果たしてくれるなら国内で文句は言わせないと約束してくれた。

 ルワンダ解放民主戦線、つまりはルワンダ解放軍の後継とも言える。ウガンダ、タンザニア、ルワンダに股がり活動していた。司令官はルワンダ虐殺で悪名を馳せたジェノシデール、ムピラニヤ司令官とムニャガラマ副司令官だ。

 ジェノシデールとは狭義のA級虐殺犯で、二人とも指名手配されている。元大統領警護隊司令官と、ルワンダ軍中佐だ。姿をくらませたと思っていたら、近くで返り咲きを狙っていた。


「まあいい、好きにしとけ。それより空港もちゃんと作れよ」


 いちいち陸路で首都じゃかなわん。不便なのは島も認めるが、だから空港を作れとは流石にやりすぎだと感じた。では作らないのかと言われたらそんなことはない、作る。それもだ、四千メートル級の滑走路を持つような立派なものを。

 フィリピンの三日月島、そこの退官者に地上管制官が混ざっていたのを覚えていた。空港関係者、空軍の面々に建設委員会を設置させて進行させることにする。無論ルワンダの役人も招かねばならない、運用の権限だけは島が付与されているが、世の中は複雑に出来ている。


「幸い近くに河がある、湖も囲ってボートでも浮かべるか」


 欲しいと側近に言えば近いうちに実現する、それが幸せかは別として、うかうか口に出してはいけない。どこに迷惑がかかるかわからないのだ、偉人が寡黙になる理由が何と無くわかってしまう。


「ゴメスが居るが、あいつに何かあったら下が麻痺する。エーン少佐にエスコーラへの指揮権を与えたい」


 何だかんだ言いながら、レティシアもエーン少佐を信頼していた。ゴメスもだ。


 部外者、明らかに無関係な者に命令されるのは、エスコーラでなくとも誰しもが嫌がるだろう。しかしエーンはコンソルテの意思を最も良く知る男。どうしたら夫婦が満足するか、それを世界で一番考えている者だ。クァトロだけでなく、エスコーラからも一目おかれている事実がある。


「あいつが良いならそうしたらいいさ」


 それを聞いて彼女は部屋を去る。一々打診しなくても、好きにしたら良いというのに、ソマリアの一件からか会話を多目にしていているので付き合っていた。


 ――さて、街はロマノフスキーが創るか、ブッフバルトがこの方面にやけに明るいのは驚きだったな。


 副官として付き従うブッフバルト大尉、何故か解らないが都市工学や経済学などを修めていた。粗削りの概要でしかないが、専門高等学校卒以上の知識を持っていた。地中海での作戦時にもその一部を発揮していたかも、昔を思い出してしまう。


 ――俺がやらなければならないこと……か。連絡するのすら迷惑が掛かる可能性がある、間に人を挟んで謝罪だけでもしておこう。損な役回りを誰に頼むかだな。


 日陰を歩む決意をしてきてはいる、だがニカラグア内戦でも、ソマリアでも名前は前面に出ていない。続柄的にも、将来的にもあいつだろうと呼び出す。少し待つと彼はやってきた。


「ご機嫌いかがですか義兄上」


「上々さ。ワリーフ、俺の代わりに気が進まない役目を引き受けて貰えないだろうか?」


 拒否を認めるし、それによって何が変わるわけでもない。前以て私事だと告げる。


「自分が代理を出来ること、嬉しく思います」


 優しい笑顔だ。最初から断らないことを知っていて甘えている、島も頼ることが出来て有り難い。


「世間を騒がせて済まないと、各所に謝ってきて貰いたい。俺はこの国から自由に動けない、頼む」


 誰にでも務まるような内容ではない、それがワリーフの心を満たす。少しでも義兄の心労が減るならば、喜んで引き受けると快諾した。


「いつか世界も解ってくれます。それまでは自分に言ってください」


「俺は非難されるだけのことをしてきた、それは事実だ。結果に不満はない。ただ申し訳ない気持ちがあってね」

 ――父上、母上、龍之介はもう会うことは無いでしょう。


 哀愁を漂わせる島を見て、ハラウィ少佐はもう一つの事実を突き付ける。


「義兄上が為してきたことは、より多くの者に、希望と喜びと活力を与えました。我々はそれを知っていてます」


 世界各地で紛争に身を投じ、数多の怨みを買った。半面、感謝されたことも現実にある。


「俺は家族や友人に支えられて生きている。幸せだよ」


 飯でも行くか。公用語としてフランス語は消え去ったが、ルワンダにフランス料理店は沢山残っている。ガボンでも感じたが、この食事文化だけは根強い。


「義姉さんもご一緒に、ホテル・ルワンダのレストランに招待します」


 映画にもなったあのホテルだ、お陰で利用客も増えて繁盛している。思い出すからと使いたがらない者も当然居るが、多数派は前者だった。


「ワリーフはレバノンに帰れよ。義父上に悪い、それに新妻にもな」


「それは……はい」


 リリアン・オズワルト、彼女と電撃結婚をしたのだ。オズワルト商会をミランダ・パストラに任せてしまい、今はレバノンで新規に商売を始めている。後援にハラウィ軍事大臣がついていて、滑り出しから絶好調だ。




「んー、まっさらな土地に街を創るか。俺は中々にご機嫌だ」


 美女ばかりを集めた地区が欲しいな、ロマノフスキー大佐が笑いながら計画にぶちこめとブッフバルト大尉に迫る。


「却下します。ですが通りに作業班名を採用するのは名案です」


 都市建設責任者、これに関しての決定権は彼に与えられていた。通常ならば考えられない大抜擢、そして序列を無視した役目。だがルワンダ政府ではなく、島のポケットマネーなので文句をつける奴は居ない。

 サウジアラビアの王族が王族たらんと振る舞うような形に近い。あちらの方がまだ百倍も規模が大きいだろう事実は、オイルマネーの莫大な利益を彷彿とさせる。


「折角だ、お前たちの名前の地区割りにしたりはどうだ」


 思い付きを更に囁く。実のところロマノフスキー大佐は暇なのだ。実務はマリー少佐に移管してしまい、特務は今現在存在していない。無論あれこれと準備をしてはいるが、これから待ち時間が暫くある。


「却下します。大佐は執務室でお休み下さい」


 あっちに行けと言われてしまう。やれやれと承知すると、ランニングしているフィル上級曹長を見掛けた。


 世界中どこに居ても兵士は走らせる、墨守している訓練メニューだった。


「おいフィル、ちょっと付き合え」


「はい」


 訓練を他に任せてやって来る。大佐が現場に来たら迷惑だ、と顔に書いてあった。


「数日出掛けるぞ。五人も居たらいい、マリーにも連絡しておけ」


 別行動をすると言われて心が踊る、何と無く話し掛けてきたのではなく、自身が必要だからだと気付き。


「ダコール。まああそこでしょう」


「だな。何せ久し振りだ、ビールケース位は積んでけ」


 どうせあればあるだけ飲む、積載マックスまで車両に詰め込み、二台と七人はフォートスターから姿を消した。

 後は任せた。連絡を受けたマリー少佐が苦笑する、何だか昔にもあったなと。世代順送りとはこれだろうと頷いたものだ。

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