第464話
「コンゴ・ゴマ連隊旗を確認!」
「おいおいしつこい奴等だな、逃げたんじゃなかったのか?」
それとも伏兵の後ろに控えていたのだろうか、いずれにしても現実としてそこに敵が居る。
「クァトロ、戦闘準備!」
マリー少佐の号令が響く。軍隊同士の戦いならば何も思い悩むことは無い、だが武器弾薬が残り少なくなっていた。
「偵察より報告、およそ一千。重武装の大隊の模様」
これを突破するのは楽ではない、普通ならばあっさりと返り討ちにされるだろう。島が全体の状態を確かめる。
――疲労の面ではそこまででも無いが、負傷が多い。それに武器が貧弱で弾丸が足らないな。だが俺は部下を信じて仲間を信じる。こうなると想定は可能だ、ならば対応もするだろう。
丘の上を占拠してゴマ連隊が攻めてくるのを待つ。あちらも黙ってお見合いすることは出来ないらしく、ゆっくりと進んできた。やがて射程に収めた敵が撃って来る、だがマリー少佐は発砲許可を出さない。
伏せたまま敵が迫るのをじっと待つ。その距離が二百メートルにまで迫ったところで発砲を命じた。残りの弾丸が少ないので連射を禁じている、無駄な消費を抑えて何とか対応しようとした。
大隊――四個中隊は左右に分かれて包み込もうとする。右手の側にドゥリー中尉の小隊を一つだけ割いて足止めを画策した。
「各個撃破するぞ! 左手の半数を潰す、進め!」
エスコーラからも左手の側に増援が送られた。十倍の敵を相手に弾も少なく押しつぶされそうになりながらも、必死に抗戦する。
「本部護衛はドゥリー中尉の増援に行け」
全滅を回避するためにもアサド先任上級曹長の小隊が駆けた。ゴメスも同じく薄く広く展開して防衛線を張る。全力で戦っている左翼が互角、右翼はいつ崩壊するかわからない。それでも島は撤退を命じない。
――ここで逃げては全てが水の泡だ。耐えてくれ!
肘掛に載せている拳に力が入る。微笑を浮かべてはいるが胸のうちがレティシアには解った。慌ててもよい事はない、二人は黙って座ったまま戦闘の推移を見守る。
右翼が押し込まれてくる、左翼も力を失い後退を始めた。だが島は何も発さない。
------------------------- 第23部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
第九章 ルワンダの星-3
【本文】
――耐えきったか!
大爆発が起きる。大隊の背に向けて砲弾が叩き込まれた。水色黄色緑の旗を翻して車両が丘を駆ける、無線から景気が良い声が聞こえた。
「国境侵犯のコンゴ軍に告げる、待ったなしで殲滅だ!」
憎いコンゴ軍へ向けてルワンダ軍が襲い掛かった。多くのルワンダ軍旗に紛れて、ポツンと一つだけ黒い旗が混ざっている。
「最高のタイミングでの出迎えだよ兄弟」
「盛り上がったところでの登場、いや気分が違いますな」
マリー少佐が今までよりひとまり小さな円形陣を作って乱戦に飲み込まれないようにする。一つの丘が陣地になる、そこを避けて砲撃が行われた。生き残りのルワンダ兵が国旗を手で振った。あれだけ居た傭兵が、今は二十人前後しか残っていない。
指揮車両が丘に登ってくる。道を開けて招き入れた。緑の軍服の大佐が下車して島に向かって敬礼する。
「カガメ大統領閣下の命でお迎えに上がりました!」
「ご苦労だ、大佐の援護に感謝する」
「自分はもう少し追撃を行うので、どうぞこのままお待ちを」
元気なことは良いことだ。島は苦笑して大佐を見送った。
散々追撃して戻ってきたのは一時間後、すっきりした表情の大佐が首都キガリまで案内をする。重傷者を近くのギセニ市に運び込み、一行は全員乗車した。
一号公道を堂々と進み市内中心部へと入る。大統領官邸前まで乗り付けると全員が下車した。幹部の四人、島、ロマノフスキー、レティシア、ラズロウのみが中へと入る。
「やあイーリヤ君に奥方、無事で何よりだ」
「閣下、ご迷惑をお掛け致しました」
「構わんよ、君は大切な友人だ」
黒い顔に白い歯が輝かしい。国際犯罪者がそこに存在しているだけで国家にマイナス要素がある。だが大統領はそんなことは全く気にしなかった。
「カガメ大統領、あんたはいい買い物をしたよ」
「そうだろうそうだろう。イーリヤ君は政治家でも官僚でもない、実はどこの国とも揉める事はないがね」
亡命とは言うが区分的には難民に当たる。ただ高級軍人なので官僚と言えないことも無い、軍籍がどこにも無い高級軍人ではあるが。
「居場所を与えていただき感謝します。落ち着いたらムブンバと公道五号が交わるあたりに駐屯したいと考えております」
「三国国境線か。それは広域武装集団を相手にすると?」
手を焼いている奴等が居る、国軍では対応が追いつかなかった。
「自分を受け入れて貰えた恩返しを結果で示すつもりです」
「奥方、確かに良い買い物だよ。イーリヤ少将の亡命を受け入れる、これは大統領宣言だ。亡命客として少将をルワンダ国防軍司令官に連ねる、国軍への指揮権も付与しよう。詳細は後にだ」
「サー、ミスタプレジデント、サー!」
敬礼し言を受け入れる。客将、古代中国の時分よりあった待遇。国は好意で厄介者を受け入れたりはしない、そこには必ず打算が存在する、存在すべきだ。
島とその一団を受け入れるのは、彼らを利用してより面倒な何かを排除するため。汚くも何も無い、それが政治と言うモノだ。
――俺は一体何処に向かっているんだろうか。だが今の今まで決断を後悔したことはない、これからもだ。
「レティア、ロマノフスキー、ついて来い」
「地獄の果てでも喜んで」
「嫌だって言ってもそうするさ」
島の背を追って二人が歩む、それをラズロウが見詰める。支え甲斐がある夫婦だ、彼は珍しく朗らかな笑みを浮かべた。
――レジオネール戦記・煽動編 完結――
第一章 キャトルエトワール
◇
ルワンダに至るまでに数々の騒ぎを起こしてきた。ソマリアでの自爆テロ、空港職員や住民の拉致、国軍との戦闘、領空侵犯、マダガスカルの不正入出国、ザンビアでも同じだ。湖での不正越境と戦闘、コンゴでは国連派遣団を巻き込みもした。そしてルワンダに大量の武装難民を引き連れやってきた、それも犯罪だ。
――何回死刑になったら帳尻が合うやら。
全てを承知でカガメ大統領は島を受け入れた。国内でも反発はあった、それらを睨みつけて強引に決定を通してしまう。
クァトロのイーリヤ将軍は、正式にルワンダ国防軍の客員司令官に就任した。守備範囲は野戦軍、直下の省庁はない。名目でしかないが、権限が与えられた。だが島には私兵がある。
首都の政府庁舎に置かれた一室から外を眺める。発展した都市は、アフリカの奇跡として評価されていた。
――カガメ大統領はルワンダの英雄だ、これにケチをつけさせてはならない。政府を転覆させようとする輩に対抗するのは、俺としても望むところだ!
裕福とまではいかないが、希望を持っている市民が多い。だがそれは首都特有のものでしかない。
「また真面目ぶって、何してんだい」
「ロサ=マリアは寝たのか」
「一時間は昼寝だね」
レバノンから奪うように娘を引き取ってきた。ハラウィ中将にはたった一言「ロサ=マリアの面倒を見てくれたのには感謝する」だけだった。島を助けようとしなかったことを許しはしていない。
「エスコーラの被害は大きかったな」
人員だけでなく金銭的にも。補填可能な部分は島が埋めたが、欠けたものは直しようがない。
「貴重な経験、幹部がそれを獲た。より大きく返ってくるさ」
「そうか」
――確かにエスコーラだけでなく、クァトロの部員らも一回り大きくなったな。
ボスたちは縄張りに帰っていった、負傷して手下を失い肩を落としたかと言えば違う。胸を張り激戦を生き抜いたことを誇りにして、三席らの尊敬を集めた。
島が新たに拠点にしようとしている街に名前がつけられた。フォートスター、それは領域を囲い四ツ星軍旗を翻していたのを見た、現地の作業員が呟いた一言。ロマノフスキー大佐が面白がって採用した。ついでにその作業員の名前の通りまで作ってやるとかなんとか。
「しっかし、あいつらはお前の何なんだ?」
レティシアがあいつら呼ばわりしているのは、プレトリアス一族である。街を建設すると決めると、すぐにルワンダに徒党を組んで乗り込んできたのだ。技師や工員が中心で、労役はルワンダ人を集めた。
「友人の一族だよ。仕事をしたいっていうんだ、有り難く雇用させてもらうさ」
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