第462話


 今の今まですっかり忘れていた。側近が報告しないと言う事はそのままなのだろう。


「ムアンク中尉がずっと監視しております。健康状態は良好ですが、もはや指揮を執ることはないでしょう」


「うむ。近く俺からコヤジア将軍に引退を勧告しよう。シサンボ少佐、ブカヴの治安をよく守ってくれた。その功績に報い、貴官を中佐に任命する」


「ありがとう御座います、将軍閣下!」


 最早法的根拠など何処にもない。そう感じたから認めてやる、それだけだ。部隊を五千人近くにまで膨れ上がらせ、島はブカヴ・ンダガク市へ入城する。


 野砲が放たれる、空砲だ。今回は仕方がない、覚悟していたがやはり盛大な歓迎祭が催されてしまっている。


 ――好意だと受けとるしかあるまいな。


「ブカヴ及びンダガグはキシワ将軍のご降臨を御祝い申し上げます!」


 プレトリアス郷での歓迎度合いを見たことが無い連中が驚愕する。特にバスター大尉らのフィリピン三日月島グループは、一体何が起きているのかと考えが纏まらなかった。


「出迎えに感謝する。私はこの事実を忘れはしないだろう」


 民兵団が捧げ筒で入城を彩った、ここは島の王国である。そう彼が求めずとも奇跡を体験した者にとって、キシワ将軍とは神と同義なのだ。アフリカの土着宗教の一派になるまでさほど遠い未来ではない。


「遠路お疲れでありましょう。細やかではありますが、食事の準備をさせていただいております」


「済まんな、言葉に甘えさせてもらう。マリー少佐、部隊を任せるぞ」


「ウィ モン・ジェネラル!」


 誇らしかった、自らが上官と仰ぐ人物がこのように迎えられて。何があろうとついて行くと決め、今は支え、後々は押し上げたいと感じるマリー少佐であった。



「ムアンク中尉の任を解く」


 コヤジア将軍は引退を宣言した。コンゴを去りイタリアに住居を提供し、体よく追放を完了する。憑き物が落ちたように見えた、ムアンク中尉は大分穏やかな表情になっている。


「貴官はこれからどうしたい?」


「ブカヴの民に力を貸したいと考えております」


 ンダガグ族長の話では、改心したというよりはコヤジア将軍が弱る様を見て、気持ちが緩んだそうだ。経過観察が必要ではあるが、マイマイも最早無茶な命令には従わないだろう。


「そうか。望むならばブカヴマイマイを指導してみるか? シサンボ中佐が司令だ」


「受け入れてくれるでしょうか?」


 過去を思いだしてしまう、そう懸念を持ったこと事態が反省の現れだと判断した。


「貴官のこれからの行動次第だろうな」


「……復帰を望みます。このままでは一族にも面目がたちません」


「ムアンク中尉に息子はいるかね」


「はい。少尉としてマイマイに」


 どうすればパズルが完成するか、アフリカの特性を考えて答えを夢想する。


「ムアンク中尉を少佐に任じる、シサンボ中佐の補佐としてブカヴの治安を守れ」


「ありがとうございます」


「息子のムアンク少尉をトゥツァ少佐に預け、ンダガグ市との連絡役を担わせろ」


 それは半ば人質でもあったが、シサンボ少佐が真面目に勤めあげるつもりならば息子のキャリアになる。自分の代では目が無いと知った彼はそれを受け入れた。


「閣下の仰せのままに」


 彼らを始めとして、コヤジア将軍やンダガグ族に連なっていた将兵を、適切な地位や役割に据直し承認してやった。突貫作業で二日、三日目の朝にはンダガグ市を出発する。

 水上を船団で移動する、ゴマ側には陸路で先発したンダガグ族の護衛部隊が待っている。


「ンダガグ議長、私は行かねばなりません」


「キシワ将軍の御心のままに。我等はいついかなる時でも、貴方様の為に」


「後に何か届けさせる、皆で分けて欲しい」


 マルカから樹木、チュニジアからタバコ、パラグアイから大豆や農工具が山のように届き、ンダガグ市が市域を拡大させるのは四ヶ月後の事である。


------------------------- 第21部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

第九章 ルワンダの星


【本文】


 ンダガグ族から武装供与を受けた一団は、ゴマ市南へ上陸。そこから国連のキャンプを北に見てルワンダへ歩みを進める。が、騒ぎを知った仇敵が行かせまいと仕掛けてくる。

 ブカヴの覇権を争い破れたンクンダ将軍。彼がM23が抜けたことで生まれた空白を占め、島を待ち伏せていたのだ。


「こういう人気ぶりは御免だね」


「お前の器量の問題だろ、挑戦されたなら返り討ちにしてやんな」


「まあ負けてやるつもりはないさ」


 軽装甲車両に腰掛けた二人が待ち伏せ報告に軽口を叩く。ただルワンダに行くだけなのに、こうも四苦八苦させられるとは、島の想像を少しばかり越えていた。


「マリー少佐、丁重におもてなししてやれ」


「はいボス。ンダガグ族兵はどうします?」


「トゥツァ少佐、マリー少佐の補佐に入れ。クァトロ兵と共にンクンダ軍を退けろ」


「ダコール!」


 同格だが指揮下に入ることを全く嫌がることはない、島の直接命令なのと相手がマリー少佐だからだった。


「ラズロウ! ルワンダ兵を前面に、エスコーラも支援にまわんな」


「シ ドン・レイナ」


 マリー少佐とラズロウの指揮車両が前進する。前衛部隊の指揮官が更に前に出た。島とレティシアの周りは、エーン少佐直属とゴメスの護衛部隊、ハラウィ少佐の親衛隊が囲んでいる。


 ――ンクンダ将軍は出てこないか、危ない橋を渡りはしない。昔は違ったがね、掴んだものを離したくないのは俺と同じなわけだ。


 小さく笑う。喪うのは己の命だけ、何とも気分爽快戦えたあの頃が懐かしい。


「ルワンダの都市部は結構な都会だね」


「環境次第だが案外悪くはないな。もっとも居場所は荒れ地になりそうだが」


「街がないなら作ればいい。違うかい」


「なるほどな。レティアの言葉がすんなりくるね」

 ――いつ許されるとも知れないなら、間借りするより一からか。悪くないな。


 ンダガグ市を作ったように、ルワンダの片隅に居場所を作る。無いところに仕事が産まれるわけだから、総じて歓迎されるだろう。

 離れたところで銃撃戦が始まった、ここまでは弾丸が飛んでは来ない。それでも兵にしてみれば、近くに司令官が居ることで士気が上がる。


 何事も無く、そういつもの感覚で上手くやるだろうと二人は戦闘を眺めていた。だが一進一退を繰り返す様を見ているうちに違和感を抱く。


 ――なんだ? 何かがおかしい。


 レティシアも怪訝な表情を浮かべた。島は直感を信じて命令を下す。


「イーリヤから緊急命令だ、全軍東へ四百メートル移動しろ!」

 ――何かがおかしい、なんだこの感覚は!

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