第449話


「ファイルの転送だから時間は掛からん」

「大体判れば良いんだ、そいつを頼むよ」

「その基地に居るかは知らんが、マケンガ大佐が軍事教官として滞在しているようだ」

「コンゴの彼奴が? 厄介だね、境遇はさておき能力はある」

「うちの奴も劣りはせんさ。こちらもあと二十数時間で到着の見込みだ」


 三日月島を出るところだと明かす。いつもは歩兵として装備を整えてきたが、今回は海兵のようだと漏らした。違いはざくっと、歩兵は重装備で長期戦闘が可能、海兵は素早い打撃力と短期間の戦闘を目的としている。


「軍幹部の家族を拉致した、士気は低いはずだよ」

「逆に追い込むことになりかねん、脅すだけにしてくれ」

「甘えてるんじゃないよ、それを撃ち破るのがお前の仕事だろ」

「違いない。ボスを取り戻したら暫く身を隠す必要がありそうだ」

「なに行先なんていくらでもあるさ」


 今はより近い未来のことだけ考えておけ、電話を切ってしまう。


 ――ソマリアでの活動時間は短いに越したことはない。海に出ちまえばほぼ仕舞いだ。


「なあワリーフ、あたしも基地に乗り込むって言ったらどうする?」


「元よりそのつもりでしたよ。違ったんですか」


 わかりきったこと、お供しますと肩を竦める。


「確認だよ。あたしらはそうやって生きてきた、彼奴もお前等もだろ」


 後ろに控えるリュカ曹長と目をあわせ「最近は顕著ですね」笑顔を返した。


------------------------- 第5部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

第四章 宗教都市ブラヴァ


【本文】

 長い間イスラムの教えを目にしてきた上に、アフリカ系の顔つきなので全く怪しまれずに彼等はブラヴァにやって来ていた。今回ばかりは精鋭の四人だけで飛んできた、多数になれば逆に行動の幅が狭くなるから。


「従兄上、近くの集落を確めて参りました」


 凡そ十キロ圏内にあると聞いた場所を実際に目で見て偵察してきたのだ。これにはトゥヴェーとフィルが当たっていた。


「北西の集落が最有力だが」


「ヤ。すぐ傍に軍の基地がありました、敷地は広いですが人影は疎らです」


 外からの攻撃には極めて強いだろう、平野が周りにあって丘に陣取っていたのを報告する。


「最悪はそこだ、ならばそこにいらっしゃると考えて進めよう」


 街中のホテルにでも移されているなら、罠があろうと喜んで突入する。トゥヴェーだけでなく、コロラドが集めた情報からも軍施設に拘束されているだろうことが濃厚であった。


「エスコーラが武器の提供を申し出ております」


 ドゥリーのところに連絡が来ていた。レバノンに居残りが多くなっていた彼は、ハラウィ少佐と密にやり取りをするようになっていたからである。


 ――内部に食い込み仲間を誘う、それが俺達の役目になるだろう。重装備は返っておかしい、護身用と……あれか。


「拳銃とナイフだけ受領しておけ」


 それとは別に、とドゥリーに用意すべき品を指示する。いつものことながらソマリア人は気が変わりやすい、明日には方針が百八十度反対になっていてもなんら不思議はない。

 島が居ないだけでこうまで皆がバラバラに動き回る、存在がいかに大きいかを物語っていた。


「トゥヴェー、軍施設にトラックを買いに行きたいとして繋げ」


「実際に買い入れてしまっても構いませんね」


「うむ。何せ中に入られるようにするんだ」


 持ち出しが面倒であったり、複数から選んだり、理由は何でもよかった。


 ――マケンガ大佐が居たら我々のことを知っているだろう。


「プレトリアスではなくベレンダシマを名乗れ」


 何のことはない、恐らくは不理解だろうアフリカーンス語でシマの友人と指定した。日本語とアフリカーンス語を共に理解していなければ、姓の一つとしか受け取られない。それでいて古参の部員はシマに気付くし、マリーならばオランダ語から推測もするはずだ。


「自分はどうしましょう?」


 年少のフィルが誰に従えば良いかを問う。控え目な性格は一生そのままだろう。


「お前は俺についてこい。氏族の有力者に会いにいく」


 すでに繋ぎが取れている地方の名士に面会を依頼してあった。コロラドが持っていた軍資金を餌に、交渉を持ちかけるつもりで。


「頼るべきはラハンウェイン氏族の紹介状ですね」


 どうしてもソマリアの勢力としてはそこになってしまう。氏族間の関係からしても紹介状を持った人物を一方的に害するのは考えづらかった。直接それを受け取った側は名声を認められているのだから悪い気もしない。


「一つ道に頼るのは誉められたことではない。時に空虚な張ったりでも無いよりはマシだろう」


 刺繍がなされた厚手の紙にアラビア語が書かれた証明書を取り出す。紫のスタンプは税関のモノが押されている。


「それは?」


 三人が何なのかと疑問の視線を向ける。


「汎アフリカ連合のソマリア視察委員であると書かれている。俺がでっち上げた」


 欧米や他の宗教、更にはソマリアの別地域には敵も多いが、アフリカ連合だけは中立的な機関だと多方面が認めていたからであった。



 マルカに五十人ばかりが新たに乗り込んできた。船からは重そうなコンテナが幾つも搬出されている。それらの指揮を執っているのはヌル中尉であった。


「そちらのコンテナは開封せずにトラックに載せて、二番のは中味を確認の後に配布を」


 下士官らに細かい指示をする。植民地軍を指揮する際に、認識を誤らないようにとそうなっていった歴史がイギリス軍にはあった。常に紳士であれ、国家的な風潮も相まって彼は穏やかに命令を下す。


「オビエト曹長、エスコーラから車両の受領を」


「ヴァヤ」


 船で簡単な砲の操作を講義して、何とか一種類だけは覚えさせた急造の砲兵部隊。それと本隊の選抜から漏れたメンバーを陸上げしている。

 かつてはグロックに部下を指揮するのは難しいだろと思われていたが、今や立派な砲兵将校として振る舞う程になっていた。


 ――倉庫番を残して跡形もなく消えましたか。クァトロもエスコーラもブラヴァに進軍したわけですね。


 つい先日まで何故かルワンダ人がやたらと居たが、すぐに居なくなってしまったとの話も耳にした。


 ――装備だけでなく、ルワンダ人も沢山雇ったようですね。


 現地の新聞に軽く目を通して、少しでも情勢を把握しようと努める。自爆テロが多数起きていて、騒ぎになっているのも知る。犠牲者の多くがソマリア軍人とアルシャバブの有力者だというのが想像を容易にさせた。


「中尉殿、搬出完了しました」


「ご苦労。オビエト曹長が戻るまで小休止を」


「イエッサ」


 フィリピンで入隊してきたブルネイ人の兵士だ。体は小さいが手先が器用なので整備班に所属させていたのを引いてきた。


 ――ラ=マルカで何か情報が無いか聞いてみるとしましょうか。


 自由区域内にあるホテルは時ならぬ賑わいをみせていた。間接的な支援者であったり、どこかのスパイであったり、単なる業務者も当然多数利用している。

 駐ニカラグアの事務所が入っているのもここで、来所を告げると事務兵士が応対に出る。


「ここはニカラグア軍ソマリア分室ですが?」


 後ろに居る皆も間違って入り込んできたのだろうと、冷ややかな視線を向けてくる。ヌルがニカラグア人といった雰囲気ではないから。


「私はクァトロのヌル中尉です。お話を聞かせていただけないかと参った次第」


「ク、クァトロ! お待ちください中尉殿」


 反応を見ていた上席者が報告を聞いて立ち上がる。入り口付近までやって来ると少佐だとわかり、ヌルが敬礼した。

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