第448話


 特別な設えの椅子に案内される。左手手前にはラズロウ、右手後ろにはハラウィが立っていた。エスコーラの幹部が一堂に介したのは初めてである。自然と互いに序列を発生させた。ゴメスとオリヴィエラが左右の先頭に並び、メルドゥスやジョビンらがそれに次いだ。ダ=シルヴァは常に最下位が定位置である。


「各地の勢力維持に三席を残し、残りはマルカに集めろ。仲間内で争い事を起こす奴は消す」


 動員の規模や強度について真っ先に触れた。そして命令に従わなければ処刑されることも断言する。かつてブラジルで信用出来なかった仲間を皆殺しにしたことがあるだけに、ラズロウの言葉が脅しではないことを皆が知っていた。


「ブラヴァの奴等は大きく分けて三つの勢力に別れています」


 オリヴィエラに説明しろと視線を向けたので口を開く。


「ソマリア軍、アルシャバブ、ディギル氏族です。軍とアルシャバブが主導権を握っていて、氏族は強い者に従う姿勢を貫いてます」


 政府に類する機関のグループと、宗教に拠った広域グループの在地が競り合っていると言う。宗教側は全域の指導者になるための功績を求め、軍部は狭義の主導権を独占することで合意に達した。短い間に極めて正確な情報をかき集めたもので、レティシアも説明に納得している。


「捕虜にしたと声明を出したのは軍だった。身柄は軍施設内だとして、フェデグディ中将が死ぬとアルシャバブに移されかねないな」


 そうなれば容易く害されてしまう恐れがあった。軍が何を求めているか、それが達成されてもまた危険が増す。


「ブラヴァの要求は複数あります。国連やアフリカ連合がモガディッシュではなくブラヴァを正当な政府と認めろ、と」


 それはまず叶う見込みがない単なる妄言に過ぎないと皆が解釈した。無理な要求を並べて通したい一つを選ばせる、セオリーと言える。


「二つ目は地域発展を押し出した支援金を出せとの要求です。要求先は国連とモガディッシュ政府で、支離滅裂な主張でしょう」


 オリヴィエラが言うように、政府を認めないのにモガディッシュから支援をさせるとか、国連を指名するのは良いが人質の代価に全くならない関係でしかない。


「最後はブラヴァ独立承認の要求で、各国政府に通知しています」


 ――それならありそうな話だ。どちらも未承認な国がある。


 政府が簡単に結論を出すはずがないが、局外で無関係な取引が成立する懸念はあった。

 それにしたって正当な政府となるなら独立にはならない、何ともお粗末な話である。しかし異なる結果であっても、いずれかが成立したらそれで良い側面もあった。


「狂信者共が――」レティシアが口を開く「目を醒ますことは無い。ラズロウ、方針を上げろ」


 最早この段階で作戦を決めてしまえと回答を要求する。デスクワークが好きな参謀連中なら無理だと慌てただろうが、この道一筋でやってきた彼は違った。脳内で即座に計画を作り上げ要所を固める。


「ソマリア軍、アルシャバブのトップを残して暗殺を仕掛けます。コンソルテは、内通者に大金を掴ませ居場所を特定。救出計画と解放交渉を同時に進め、安全が確保出来次第トップも処分します」


 ――居場所が軍の要塞だとしたら、こいつらじゃ役者不足だ。専門に任せるしかないか。


「良いだろう。彼奴が軍基地深くに居るようなら、奪還はクァトロに譲る。お前は軍幹部の家族を拉致してまわれ。今回ばかりはクァトロの奴等にも言い分があるだろう」


「ドンの仰せのままに」


 一切の異見を差し挟むことなく丸飲みする。上が白いものを黒だと言えば、それは黒なのだ。ドンの直轄作戦で下手を打てば外されてしまう。幹部全員が厳しい表情を崩せない。


「ゴメス、要人暗殺を実行しろ。オリヴィエラ、お前は軍幹部の情報を集めろ、コンソルテの所在もだ。メルドゥス、ファミリーの編制と武器弾薬の配布を手配だ。ジョビン、ブラヴァへ浸透するルートをつけろ」


 それぞれが頷き役目を承知する。


「エスコーラの掟に従い、敵対者に恐怖と死を与えろ!」


「シ!」



「さて、後続が来る前に把握しておかねばな!」


 マルカから仲良く出発ではマリー少佐が先のりする意味がなかった。手勢十数人をいかに活用するかで、良くも悪くも結果が幅広くなる。


「氏族の案内があればブラヴァに入ること自体は問題ないはずです」


 個人の立場などもあるため、強固な拒否には会わないだろうとの見立てを示す。先の内戦ではあまり活躍の場が与えられなかったハマダ中尉が、部族社会の感覚を助言した。


「案内役か。即応拠点を確保するが案内とそれは別々が好ましいな」


「ドメシス少将に仲介を依頼してみては?」


 二度便宜をはかってもらい、島がソマリアに拘束された際には保護をして貰えた実績がある。見返りさえ渡せばそのくらいの働きは期待できた。


「一本はそこに道を着けておこう。もう一つはシャティガドゥド委員長の筋からだ」


 ハマダ中尉を始めとして、アサド先任上級曹長、サイード上級曹長、キラク曹長などアフリカ系の顔ばかりが並んでいる。肌の色で注目を集めるのはマリー少佐のみであった。


 ――ニカラグア国籍も多かったが、アフリカ出身もかなり居るものだな。


 エスコーラ任せばかりには出来ないと、現場のトップとして案を捻り出さねばならない。時間の経過は不利しか産み出さないのだ。


 ――何せボスの居場所だ、これを明らかにせねば全く始まらん。


「ハマダ中尉、アサド先任上級曹長、ルートの件は二人で行え」


「承知しました」


 実務についてはアサドの方がより明るいだろうから、補佐につけてやる。ちらりと時計を見てエーン少佐やコロラド先任上級曹長が何か掴んでいないかの確認を行う。

 お馴染みのイリジウム通信で、ソマリア内にいるはずのエーンをコールした。


「マリー少佐だが」

「エーン少佐だ。ブラヴァは警戒態勢に入っている」

「うむ。氏族の手引きでそちらに入る予定だが、何か進展は?」

「アルシャバブが閣下の処刑を要求しているとの話がある位だ」

「ということはまだ閣下は無事というわけか。装備を持ち込む」

「諜報を継続する」


 取り敢えずはソマリア軍に捕らえられたままのようで一安心する。複雑な話ではあるが。


 数秒目を閉じた後に次の番号を押す、そちらも簡単に繋がった。


「マリー少佐だ」

「コロラドです。報告が七つありまさぁ」

「なんだ」

 ――溜め込み過ぎは良くないぞ。

「スーダンからソマリアにムジャヒディンが十人乗り込んでる、内戦前の話で。マケンガ大佐もソマリア入りを」

「閣下はそれを?」

「知っています」

 ――俺が知っておくべき内容になったわけだ。

「続けろ」

「アルシャバブ内のタカ派がそれを使うとの噂が。マルカに外国人が多数入ってきているのがバレてます、ついでにアメリカやニカラグアが非協力的ってのも」

「そんなことまで! 耳が早い奴等だ」

 ――リアルタイムで情報を流してる奴がいるぞ。

「ボスはブラヴァ空港で警備職員に連れられていったそうで、争った形跡は無いです。内陸に向かうと耳にしたやつが」

「解った、エーン少佐がそちらに居る。急報はまわしてやるんだ」

「ヴァヤ」


 マリーは直ぐ様ハラウィ少佐に連絡をつける。空港職員が島を拉致したと、内陸に向かった話もつけ加えた。



「義姉さん、マリー少佐から情報が」


 ハラウィ少佐がかいつまんで内容を口にする。彼女は即座にラズロウを呼び出し命令を下す。


「ラズロウ、ブラヴァ空港警備職員が彼奴を拉致った。行き先は内陸らしい、詳しく聞き出せ!」


「シ」


 退出するとオリヴィエラに空港警備職員を片っ端から誘拐してしまうように命じる。


 空港に異変が起きたのはそれからたったの二時間後であった。営業中に黒服の集団が押し寄せてきたので、警備職員が対抗しに現れると、彼らをとり囲みまとめて捕らえてしまった。それ以外に被害はない、直ぐに警察に通報がもたらされる。


「マルカとブラヴァの間にバスを置いて拘束中らしいですね」


 すぐに喋っても頑張っても未来が明るいとは言えない。


「建物に押し込むより手軽に処分出来るからな。奪還も難しいだろ、ロケットで一発だ」


 激しい拷問により軍兵の行き先が大分絞られた、北西にある荒れ地の集落に駐屯地があるらしく、キスマヨ・ブラヴァ・マルカを貫通する幹線道路の付近だと座標が割れた。


「手を出した以上、ソマリア軍はここにもやって来るでしょう。居場所を変えるのを勧めます」


 公式にはシャティガドゥド委員長が拒否するだろうが、二回目からは実力行使を想定して危険を警告する。


 ――空き地だけは幾らでもある、ワリーフの言う通りだね。


「直ぐに移動するよ」


 進言を取り入れたかと思うと即座に立ち上がる。ルワンダから買い上げた装甲偵察車に乗り込み、マルカ自由区域から離れた。

 ラズロウらの幹部もそれに従いマルカの拠点を引き払う。軍も顔負けの素早さにハラウィ少佐は感嘆の呟きを発してしまう。


 クァトロと情報の共有を行った。ロマノフスキー大佐に座標を告げると、偵察衛星の写真を取り寄せると返答がなされる。

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