第447話
「喜んで! いつでもご連絡下さい、プロフェソーラ」
「装備をつけてマルカに着任させろ。四十八時間以内だ」
連絡先を確保しておけ、ゴメスに丸投げして次を考える。
――コーサノストラの奴等はどこからはみ出たんだ? 金だけで使われることはないだろ、宗教でもない。裏で糸を引いているのが誰かを探る手だてだ。
駐屯地から軍用車で空港隣のホテルにやってくる。娘が居るからだ。暫くは安全な場所に避難させるつもりだが、何処が適切か浮かばなかった。抱きながらどうしたものかと考えていたら、老婆が祖父母はどうかと尋ねてきた。
――だがそうはいかんのさ。いや待てよ、レバノンの彼奴ならどうだ? 介入は出来ずとも子守は断るまい。
「ゴメス、マルカに入る前にレバノンに行くよ。悔しいがロサ=マリアを避難させる」
「畏まりました。ハラウィ中将に連絡します」
ベイルート空港、島と訪れて以来の風景に感情を抱く間も無くタクシーに乗り込む。
「総司令部だ」
ゴメスが代わりに告げる。レティシアの子分の多くがマルチリンガルなので、世界のどこにいこうと言葉には滅多に困らない。その中でも直下の幹部は特に語学能力が高かった。それにしたってプレトリアス連中には敵わない。LAF総司令部はいつもと変わらぬ佇まいで、門衛が二人立っている。レティシアが階段を登り告げる。
「ハラウィ中将に会いに来た、プロフェソーラだ」
「聞いております、どうぞお入り下さい」
娘が来るからと聞かされていたが、全くの別人種なのに疑問を持つ。しかし曹長が現れ招き入れたのですっかり忘れてしまう。最奥の部屋にまで案内する、エレベーターを使って。そこには二人の男性が待っていた。
「義姉さん……」
「良く来た義娘よ。龍之介の話は聞かせてもらった」
自由に動けない我が身を呪う、そう漏らした。国家の重鎮とはどこでも大差なく同じような制約を課されているものだ。
「彼奴を奪い返す間、ロサ=マリアの面倒を見てもらいたい」
呟きには反応せずに不躾に用件を切り出した。その態度に怒ることもなく、ファードは頷く。
「責任を持って預からせてもらう、二人の子なら私の孫だ」
「頼んだ。ゴメス行くよ」
ロサ=マリアに口付けし、踵を返す。ワリーフが引き止める。
「待って下さい義姉さん、俺も行きます」
レティシアは目でファードに問う。彼ははっきりと首を縦に振った。
「行ったらもう表舞台には戻れないよ、いいのかいそれで」
「構いません! 義兄の窮地を見過ごす位ならば、一生地に潜っているのを選びます」
「ふん、ついといでワリーフ」
意思を認めて彼を連れ部屋を出る。外でリュカ曹長が待っていた。
「自分も着いていきます、ご許可を」
レティシアがワリーフを見る、好きにしろとの態度で。
「済まん苦労を掛ける、至らぬ俺を支えてくれ」
「好きでやっているんです、お気になさらずに」
笑顔で応じる。リュカ曹長も仕えるべき上官に頼られ、満更でもなかった。
第三章 自由区域マルカ
小規模な滑走路を備えた地方空港。ジャンボジェットは延長が足りないため離発着出来ないが、中型は腕前次第で利用できた。貨物は医療品など緊急性が高いものであったり、精密器機や貴金属、基本は人間を運ぶ目的で設置されている。
チャーター機で乗り入れる外国人を、わざわざマルカ委員長が出迎えに来ていた。それだけではなく柄の悪そうな奴等と、軍服を着たもの、事務員まで含めてやたらと沢山の顔が並んでいる。取り付け階段をゆっくりとレティシアが降りる。すぐ後ろにはゴメスが鋭い視線を飛ばしながら従っていた。
「マルカ委員長シャティガドゥドです、ミズ・レヴァンティン」
「エスコーラのプロフェソーラで呼んで欲しい。彼奴を取り戻したら改めて挨拶するよ」
燃えるような瞳の彼女に「プロフェソーラ、マルカは貴女方を歓迎致します」そう宣言して場を譲った。
「ラズロウ!」
黒いスーツを身に付けた集団から一人が前に出る。彼女直下の部下、子分は十数人のみしか居ない。それらがそれぞれに部下を抱えていた。末端の構成員はプロフェソーラの名前すら知らない者も居るほどに膨れ上がっている。
「ここに」
「全力で敵を叩き潰せ、手段は問わん。ゴメスを補佐につける」
護衛であるゴメスを初めて手放す。ルワンダやシシリーの件もあり、ラズロウも状況を把握するために必要なのだ。
「畏まりました。護衛を別につけます」
「ああ、ゴメスの替わりに義弟を傍に置く。ワリーフ」
ゴメスの後ろに居た彼を近くに呼び寄せる。顔見せの意味も含んでいた。
「元レバノン大統領警護隊司令ワリーフ・ハラウィ少佐です。義姉さんの護衛はお任せを」
「エスコーラのボス・ラズロウだ。部下を預けるので好きに使ってくれ、弾除けの壁にしても構わん」
全滅してもプロフェソーラが無事なら良いと強調した。
「解りました。義兄の奪還お願いします」
「エスコーラから強奪をして、敵が無事だったとあれば我等の名折れだ。討滅の上で必ず奪い返す」
かなり荒っぽい仕事になると薄っすらと笑みを浮かべた。きっと誰かを闇に葬り去る時もこのように笑うのだろう。彼女は次に軍服の集団に体を振り向ける。そこには顔馴染みの奴等が幾人か並んでいた。
「お久し振りです。今回ばかりは何の遠慮もなくやらせてもらいますよ」
「今さらなんだい。いよいよ自分達がイリーガルな存在だとわかったか」
「さあどうでしょうね。ルールの外側を歩くのは慣れてますよ姐御」
ロマノフスキーよろしく、やはりマリーも真剣さを持ちながらも軽口を叩く。必死を装うよりどれだけ皆の支えになるか。
「ルワンダから武器弾薬を仕入れてる、不足があれば持っていけ」
「お言葉に甘えさせて貰いましょう。先発は余りの軽装で風邪をひきそうな位でして」
後続が来る前に一朝事起きない保証などどこにもない。明日の今ごろ天王山を迎えている可能性すらあった。
――捕虜にするって指令が変わる前に一気に畳み掛ける。短期間で勝負を決めるぞ。
「あたしらは軍でもなければどこぞの企業でもない。残虐な行為も止めはしない。解ってるね」
「社会として認めるわけにはいかないのでしょうが、いつも枠外で生きてるので異論はありません。まあ、ボスがよせと言うなら従いますよ」
挑戦的な笑みで今回は枷を得ないことに同意してしまう。ロサ=マリアの姿がなく、何故かハラウィ少佐が同行しているので、どこを経由してきたかを悟る。
「今回はエスコーラ側だな少佐」
「ああ、義姉さんを守るのが役目だ。俺の得意分野で尽力したいと思ってる」
「攻めは任せとけ、ボスは必ず救いだす」
二人は敬礼し固く約束した。目的のためなら全てに目を瞑り邁進すると。
「彼奴が居なくて金に困るようなら声をかけな、幾らでも出してやる」
「そうさせて貰います。装備さえあればというのはただの戦闘集団でしかないですからね」
クァトロは違うと胸を張る、強烈な雑用係だと。
「じゃあな。ワリーフ、アジトに向かうよ」
「はい」
黒服のオリヴィエラを案内役にして空港から離れる。周囲はかなりの範囲を警備に埋め尽くされていて、この出迎えを見ていたのは衛星からの目だけであった。個人が曲がりなりにも国家に喧嘩を売るのだ、本来ならやらずとも結果が知れている。ところが誰一人として戦いに負けるとは、これっぽっちも考えていないのであった。
アジトとは言っても自由区域内にしか場所を持てないので選択範囲は狭い。その中では最高の立地を占めているのは、オリヴィエラの器量だろう。
――ラズロウなら域内なんてのを無視したろうけどね。
小粒なのではなく経験が足らないだけと受け止めておく。補佐から新天地に転じてきたのだ、リスクを取るべき時ではなかった背景も強い。
「ドン、こちらへ」
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