第446話

「どちらに向かいましょう」


 マルカのオリヴィエラが妥当なところだろうと、半ば答えを解っていながらに尋ねる。


「マルカだ。だがその前にルワンダに寄る」


 何故ルワンダなのか、少し考える。人だろうと当たりをつけて話を進めた。


「オリヴィエラに受け入れ準備を手配させます。すぐにルワンダ行きの用意を」


 農場は従兄弟に任せて本部移設後に引き上げさせるつもりだ。シシリーの連中から逃げたと思われるのは腹立たしいが、優先すべきを取り違えたりはしない。全ては仮定の元に進めているが、どうにも最悪が現実になりそうだとの空気が流れる。


「彼奴はどんな苦境でも乗り越えてきたんだ、今回だってそうだろ」


「コンソルテならば心配は御座いません」


 長いこと付き従ってきたゴメスが初めてレティシアの弱気を見た。一種の衝撃が心中に走り、次いで謎の怒りがこみ上げてくるのだった。



 ルワンダの地に降り立つ。すると待っていたかのように連絡が入る。


「ロマノフスキーだ」

「あたしだよ。今ルワンダについた」

「うむ。アメリカとニカラグアだが、現在折衝中だ。マリーらがマルカに入った」

「そうか、ちょっと待て」


 ゴメスにも連絡が入り、同時に隣で情報が行き交う。


「ドン、コンソルテはソマリア軍捕虜になりました。声明を出したのはフェデグディ中将です」


「捕虜だ? わかった。おいギカラン、うちの奴は捕虜になったらしいぞ、フェデグディ中将が犯人だ」

「ほぅ、こいつは妙な話だ。だが下手人が名乗り出てくれたお陰でやりやすくなる。待てこちらにも連絡が――」


 慌ただしく情報の三角貿易が行われる。二人とその他の形で。


「アメリカとニカラグアは少将を助けるために表だって動けないそうだ」


 国連で無関係を再三主張している最中なので、助力は困難と回答があった。


「はっ、使うだけ使って最後はポイ捨てかい!」


「ん……レバノンは近く大統領選挙があり、外国に干渉するのを禁じられたそうだ」


 パラグアイでは大統領夫人が肩を怒らせて、助けなど言語道断だと息巻いている。口には出さなかったがR4も今や無関係の島に積極的に手を貸すのは、取締役会議で否決されてしまった。


「よーく解った。どいつもこいつも借りは作っても返す気がないってね。あたしゃ世界を敵に回しても奴を取り戻すよ!」

「俺もだ。そう誓ったからな」

「ならソマリアと戦争だ! シャティガドゥドとやらはどうなんだ」

「彼は友人だ、マルカを上げて支援を約束してくれた」

「向こうで落ち合おう」

「おう、国家の主権など糞喰らえ!」


 電話を終えてゴメスが命令を待つ。ブラジルに繋げと言うとすぐに手にしていた携帯を差し出す。


「ドン、ラズロウです」

「よく聞けラズロウ、エスコーラはこれより戦争状態に入る。お前が総指揮を執れ」

「シ」

「敵はソマリアのブラヴァ、彼奴を奪い返す。あたしのモノに手を出したのを後悔させてやりな!」

「仰せの通りに、ミ ドン・レイナ・ブラジリア!」


 彼女の下についてから、そう呼んだのは二回目であった。ブラジル女王閣下。世界に勢力を拡げ、いよいよ正念場を迎えることになる。所在を掴むためにルワンダ大統領府に連絡を入れるだけ入れていた。だが入り口で足止めされてしまう。


「フロア責任者を連れてこい」


 そう命令し、やってきた責任者に札束をぶつける。


「カガメ大統領に至急面会だ、レティシア・イーリヤだと伝えろ」


「は、はい、イーリヤ様」


 それだけ伝えたら仕事を辞めて外国で暮らそうと、札束を大切そうに懐にしまいこみ、緊急事態だと大統領に捩じ込んだ。その後に彼女が執務室に入るのを確かめると、黙ってそそくさと帰宅してしまう。イーリヤ氏と言うから島かと思っていたら、その妻だったので早とちりを認める。


「やあ奥さんでしたか、いかがいたしました」


 にこやかに挨拶をして、大統領が一個人の話を聞こうとする。


「旦那がソマリア軍に拐われた。鉄砲玉を買いにきた」


「何と彼が? それはお困りでしょう。してその弾丸ですが――」


「一発一万ドル出す」


 際どい会話を全く怖じずに一方的に進める。鉛弾ではないのは初めからわかっていた。


「軍人である必要は?」


「無い。だがイスラム教徒はお断りだ」


 人身売買とは言えないが、それに近い形の違法取引なのは、恐らく世界共通だろう。それを大統領がやるのだからたまったものではない。


「すぐにと言うなら二十人位は、数日あれば幾らでも志願するでしょう」


「先発で二十人、後発で百人、ソマリアへの出入国手続きまでそちらで責任を持て。行き先はマルカだ」


 百二十万ドル、それだけの外貨不足を解決出来るなら、ルワンダでなら親でも売るのは容易に想像できた。


「相変わらず元気なお方だ。もし彼が承知するなら、ルワンダは将軍の亡命を受け入れる用意がある。何なら国防軍の司令官に迎えるよ」


「そいつは彼奴に直接聞いてくれ。恩知らず共を罵るときにあんたは外しとく」


「そうしていただけますかな。税関にフリーで出国出来るように伝えておきます、これはサービスで」


 鉄砲玉の管理はゴメスに任せたと、早々に大統領府を立ち去る。大商人も驚く手際で商談が成立した。


「ゴメス、武器弾薬をかき集めるよ。チャーター機を用意しな」


「はっ。してそれは何処から?」


「次はルワンダ軍基地に行くよ」


 駐屯地は車で二十分と掛からない場所にあった。何せ国土が狭い上に、都市部が点々としかないので、全てが近間にある。正面から堂々と乗り込み、差し止める歩哨に「カガメ大統領の使いだ」大胆な嘘をついて押し通る。確認してもきっと大統領は肯定するだろうが。駐屯地司令官が現れ誰が来たのかと見る。


「あたしはプロフェソーラ、イーリヤ将軍の妻だ。武器弾薬を買いにきた」


「あのイーリヤさんの。ですが軍で装備は販売しておりません」


 懐から小切手を取り出してサラサラと書き込むと、それを司令官の目の前に突きつけた。


「カガメ大統領は税関フリーを確約した。あんたがこいつを受け取らないなら、司令官を交代するよう連絡する」


 どんな脅迫だろうか、解任か大儲けかを選べと大統領から呼び掛けられたとは。


「ルワンダ軍は大統領閣下の命に従います。お好きな物をお持ち帰り下さい」


 すっかり商人の顔付きになり、ゴメスを呆れさせる。普段は大した金を使うことがない彼女だが、ケチなのではなく単に使いどころを知っていただけと再確認することになった。


「ゴメス、適当に選んでおけ」


 こんなやり方が通るのは毎度のことながら驚きである。彼女だからこそ上手く行っているのは間違いない。他の誰かがやれば無視されるか投獄される。


「アルバイトをしないか、ちょっとばかり戦争するだけだ」


「そ、それは一体……」


 司令官が冷や汗を流す。どこまで返事をして良いのかたじたじだ。


「自爆させる手駒は揃えた、お前らは敵と戦い勝てば良いだけだ。うちの奴等は攻めは良くても守りには不馴れでね」


 反論しようにもマフィアに先手を打たれたばかりでゴメスは俯くしかない。司令官は部下から志願者百人を提供することでどうかと打診した。


「年棒は幾らだった」


「平均したら五百ドル程度でして」


 少し上乗せして利益確保に走る。三百あたりが関の山なのだ。


「一人一日百ドルだ」


「い、一日百ドル!」


 完全に目が点になってしまうが、一つ条件を加える。


「兵は要らん、将校下士官で固めろ。出来るな」


「はい、お任せ下さい! ソマリア駐屯司令官は知己です、現地の奴等も幾らかお雇いになりませんか?」


 ついには司令官から売り込んでくる始末である。


 ――現地情報に明るいなら買いだ。


「そっちも同額だす。お前らの手取は別口で五パーセント出してやる、追加は出来るね」

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