第445話
情勢が動いているのを確認した彼女は、島に最も詳しい男にも連絡をとることにした。
「あたしだ」
「奥方、どう致しました」
「彼奴がブラヴァ空港辺りで行方不明になった」
「何ですって! ソマリアで……すぐに現地入します」
「サルミエ大尉も一緒だ。あちらへはオリヴィエラを向かわせている」
「解りました。大佐には自分から連絡します」
通話を終了させる。まずは何が起きているかを確認しなければならない。
「ゴメス、エーンとの連絡は任せるぞ」
「解りました。ですがシシリーのが何故ソマリアと手を?」
自分が知らない情報があれば教えて欲しいと、敢えてそう口にした。
「敵の敵は味方ってことだろ。どちらも彼奴にやられっぱなしって話だ」
――あたしを人質にして、彼奴も捕まえて? 何を企んでいるやら。どちらにしても生きているのを後悔するような目にあわせてやる。
復讐心に燃える彼女は久方振りに血が沸いてくるのが心地好かった。平和を求めはしても、生きてきた道がどうだったかは変わらない。
「ドン、コンソルテがソマリア軍の捕虜になったと消息筋から話が」
確定まではもう少し時間が掛かるが、大分裏が見えてきたレティシアであった。
◇
フィリピン三日月島。アロヨ大統領の縁続きであるアロヨ警視監の好意で、クァトロが拠点を構えている。規模はかなり大きくなり、常備だけで二百人近くにまでなっていた。マリー少佐を司令に戴き、陸上・水上の部隊を抱えており、外局に情報部を置いている。
「やることはやった。そろそろ海賊退治の指示がくるはずだ、下調べは済んでいるな」
「調査済です。遠洋にでも行かれない限り、逃がしはしません」
本来突撃任務に適性があったはずのブッフバルト大尉だが、あまりにも先頭で乗り込む癖が抜けずに、副官としてロマノフスキー大佐の傍に在るようになっていた。義務感が強すぎる、そんな見立てを島に告げられてもいた。
――ちょっと根回しとやらを代理でやっておくとするか。俺も役目が変わりつつある。
内戦ではまだ幾つか実務を担当したが、いよいよ島の担当が君臨するのみとなってきた。ならば自身が全てを整合させなければならなくなる。
「アロヨ閣下にアポをとってくれ」
「ヤー」
大尉が退室すると、入れ替わりでマリー少佐がやってきた。今や実戦部隊のトップとして、尊敬を一身に受ける若者である。バスター大尉らの後発組も、レオンやマナグアでの実績を聞いて完全に心酔していた。
「いやぁ、争いがあればあった、無ければ無いでどうして書類が山になるのでしょう?」
デスクワークは苦手だと愚痴りに来たらしい。用件が別にあるのはさておきネタに乗る。
「知らんのか? 小憎たらしい将校を困らせるためにあるんだぞ」
遥か昔に島にも言った台詞を思い出しながらにやつく。その点でブッフバルト大尉は苦にはならないらしい。
「一生ものでしたか、いやはや残念。時に入隊希望者に日本人が居たのですが」
「誰だ、一ノ瀬か、それとも御子柴か?」
それ以外では全く記憶になかった。一般入隊など皆無なので彼の情報能力云々ではない。
「それが石橋なのですが、部隊の先任らも知らないようでして」
――ボスの親戚? いや、誰一人としてクァトロは知らないはずだ。確認してみるか。
「俺も知らんな。ちょっくらボスに聞いてみるとしよう」
たまに声くらい耳にして置かねばな、笑いを浮かべてデスクの電話を使う。だが心当たりに掛けてもコールすらしない。
――おかしいな、自宅はどうだ。
邸宅の番号を鳴らす、だがコールはしても誰も出ない。次いでサルミエ大尉を呼び出そうとするがやはり繋がらない。
「おかしい、全く繋がらん。サルミエもだ」
「大尉はボスとマルカに行くと言ってましたが」
そこへ出ていったばかりのブッフバルト大尉が慌てて戻ってくる。
「大佐、エーン少佐から連絡が。一番です」
保留になっている電話回線を拾う。レバノンからだろういつもの声が聞こえた。
「エーン少佐です」
「おう、どうした」
「閣下がブラヴァで行方不明になっております。奥方からの情報で」
「何だと、マルカではなく?」
「詳細は現在エスコーラが調べております。自分は即刻現地に入ります」
「解った。コロラドを大至急送る、ド=ラ=クロワ大佐にも連絡を取る。ついたら教えろ」
「ダコール」
漏れてきた言葉で非常事態が起きていることを知った。
「ボスがブラヴァで行方不明になった。すぐにコロラド先任上級曹長を派遣するんだ」
「ヤー」
ブッフバルトに一任する。頭の中では最悪を想定し始めた。
「ファンダメンタリストの巣窟です。自分は先発とマルカに向かいます」
「チャーター機を使え、後続はヌル中尉にやらせる。マルカへの連絡は俺がしておく、すぐに出ろ」
「ダコール!」
――エスコーラから情報を仕入れなければならんな。連邦政府の嫌がらせではなさそうだ。
海賊退治の計画を即座に凍結させて、全員に待機命令を発する。どう考えても自ら黙ってブラヴァに乗り込む理由などなかった。ならば謀略に陥れられたのが妥当だろう。元よりブラックリストに名を連ねていた、何の不思議もない。
エスコーラの秘密回線、世界のどこに居ても転送で繋がる番号に掛ける。使うこと自体が緊急なので、誰と問われることなく誰か幹部にと電話が回された。数十秒待たされ保留音が途切れる。
◇
農場に置かれた拠点にひっきりなしに連絡が入る。細かな情報でもすぐに本部に渡すようにと厳命されているからだ。
「ボス、秘密回線からです」
「俺に寄越せ」
ゴメスが携帯を受け取り耳に運ぶ。
「俺だ」
「クァトロのロマノフスキー大佐だ、お前は」
「エスコーラのゴメスだ」
「ボス・ゴメス。プロフェソーラに代わって貰えないだろうか」
「解った、少し待て」
どうするかはドンが決めることだと、彼女に問い掛ける。すると電話を寄越せと言うので従った。
「あたしだ」
「ロマノフスキーだ。閣下のことを聞いた、こちらにも情報を流して欲しい」
「エーンに渡すようにとさせてるよ。飛行機ごとブラヴァに引っ張られたようだ、ソマリア軍に捕まったと未確認情報がある」
「ブラヴァのソマリア軍はイスラム軍と同義だ。マルカに部隊を上陸させるのに三日は掛かる、先発は数時間で乗り込む手筈だ」
「癪に触るけどアメリカやニカラグアの外交筋から働きかけ出来ないか?」
「俺がやってみる。この回線は切らずに置いといてくれ」
「わかった」
部下を一人呼びつけ、何か連絡があり次第教えるように携帯を握らせる。
「クァトロの奴等が動く。あたしも近くに本部を移すとしよう」
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