第444話

「ええ、あなたがたは?」


 異変を感じとってサルミエが足早に隣に戻ってくる。面々を見て怪訝な表情を浮かべる。


「ソマリア連邦の空港職員、警備員でして。ルンオスキエ・イーリヤさんをターミナルへお招きしろと命が御座いまして」


「ここの空港名はなんでしょう?」


 隣から割り込んで少しでも情報を事前に得ておこうとする。


「ブラヴァ空港ですが?」


 ――なんだって!


 警備の職員は別に悪意があるわけでもなさそうで、ただの仕事として案内をしようとしているのが解った。


「サルミエ、一報入れておけ」


「ヴァヤ」


 彼等にわからないようにスペイン語でそう指示し、なるべくゆっくりと歩くことにするのであった。ターミナルビルへ入ると軍兵を少数だけ連れた中年が待っていた。こちらからも特に殺意は感じられない。


 ――何なんだ一体?


「ボス、不通です」


 サルミエが首を横に振った。ソマリア軍中将章を輝かせているものだから、その軍服と階級に敬意を表し、島が敬礼した。


「イーリヤ退役少将です」


 少しばかり意外な顔をして敬礼で返す。


「ソマリア軍フェデグディ中将だ。突然で悪いが貴官は捕虜になった」


「自分はソマリアと争ってはいないですが、何かの間違いではありませんか」


 間違いでそんなことは言わないのを承知で抗議をする。したからと結果が変わることもない、それでも黙って捕まるのは癪なので口にした。


「ふむ。ではこう言い直そうか、イスラムのソマリアの捕虜になったと。だが心配はない、貴官を害するつもりはないのだ」


 ――交渉の札にするつもりか。


「自分に選択肢はなさそうですね。外部との連絡は?」


「制限する。暮すに不自由はさせない、それは約束しよう」


「サルミエ大尉、どうやら予定をオーバーしそうだ」


「自分もボスと共に在ります、気長に待ちましょう」


 一団はターミナルビルに横付けしてあるジープで何処かへと消えて行くのであった。



 ロサ=マリアが寝たのでテラスから外を眺める。地中海の風景がどこまでも広がっていた。


 ――あたしは今、幸せだ。


 スイスに居るときから幾度となくそう感じていた。ニカラグアで島が戦争に身を投じていた時も、奴ならば心配要らないと思っていたものである。


 ――なんだ、エスコーラの奴らか?


 沖からモーターボートが近付いてくるのが目に入った。ふと丘を見てみると、見覚えがない車が幾つかやって来る。


 ――これは敵だ! ロサ=マリアを連れて逃げるぞ。


 すぐにゴメスが事態を察知して救援に来るのは解っていたが、運転手一人だけの手駒では遅れを取りかねない。隣の部屋の娘をタオルケットでくるんで紐で結ぶ。取るものも取らずに直ぐ様地下室への扉を開いて駆け込んだ。


 家の周りがマシンガンを持った男達に囲まれてしまう。発砲音は七・六二ミリだった。運転手が先制して攻撃したようだ。あちこちで銃撃音が響き、ついにはマシンガンのものしか聞こえなくなってしまう。


 レティシアは石の階段を一歩ずつ滑らないように降りて行くと、電動ボートに乗り込んだ。妙な何かが後方に鎮座している。


「さあ行くよ」


 エンジン音が一切しないので、洞窟から出るまで誰もその存在に気付かなかった。マシンガン集団の一人がボートを見付け、イタリア語で「居たぞ、追うんだ!」叫ぶ。


 ――マシンガンに地中海、イタリア語ときたらマフィアか。彼奴がシシリーのと込み合った話を昔に聞いたことがあったな。


 電動ボートの足は速いとは言えない。エンジン音が徐々に迫ってくる。射程には中々収まらないのは解っていても時間の問題だ。


 ――泳ぐより百倍マシだ!


 何かのエンジンを点火する、白い排気を出し始めて軽やかに連続音をたてた。座席に座るとベルトを緩めに縛る。椅子に縦長の棒がついていて、その先にはプロペラがくっついていた。追跡するボートが威嚇で射撃を繰り返した。彼等は信じられない何かを目撃する。


「な、なんだあれは!」


 指さして空を見上げる、何かが舞い上がって行くのだ。


「はっはっはっ、アホ面並べて唖然としてやがる!」


 スロットルを絞り上空数百メートルへと飛んでいった。海から陸の側へと方向を変え、完全に追跡を振り切ってしまう。ジャイロコプター。個人用の簡易ヘリコプターと言えば解りやすいだろうか。


「お、ありゃゴメスだね。全滅は決まったようなものか」


 問答無用で襲撃者に攻撃を加え始める。そこが法治国家の一部であることなどお構いなしに。


 ――どれだ、あのビルだったか。


 飛行距離などさして長くはない、予め決めてあった逃亡先のヘリポートに着陸する。そこはビルまるごとがエスコーラの物で、住人はゴメス直下の部下で固められていた。


「ドン・プロフェソーラ!」


 誰が勝手に着陸したかと出てみたら、なんと口もきけないだろうドンのお出ましではないか。


「ゴメスはどこだ」


「ボスは邸宅へと向かいました」


「引き返させろ」


「はい、すぐに!」


 ビルの中に入り込み、本来ゴメスが座るべき場所にドカッと腰を下ろす。あまりに風格が違ったので部下も緊張してしまう。急報を受けてゴメスがビルに戻ってくる。


「ドン、ご無事で」


「おう。マフィアはどうした」


「全滅させました。二人はまだ息があります、背後関係を吐かせてから晒します」


 当然だろうとの顔で返事をした。敵対者に一切の情をかけはしない。


「殺すつもりなら家にロケットをブチ込むだろうから、あたしに用があったんだろう」


 無論友好的な何かな訳がない。そして相手が誰か解って仕掛けてきたのだ、これだけで終わりのはずもない。


「拠点を遷します。何か邸宅から持ってくるものがあれば取りに行かせますが」


「彼奴の軍服や勲章の類いを。他は無い」


「シ」


 部下に命じて回収に向かわせると同時に、防弾ベンツを複数用意させる。レティシアをそれに乗せ、従兄弟に指揮を執らせた。


「お前はどうするんだ」


「どこのどいつか知りませんが、一発やり返してから向かいます」


 やられっぱなしで逃げたとあっては面子に関わる、そう言って残ると告げた。


「合流先で待ってる、すぐに来いよ」


「シ ドン・プロフェソーラ!」



第二章 仲間の絆


 百キロ近くを移動して山間の農場に入る。偽装されたそれは一般的な果樹園に見えるが、実際は要塞のようなものであった。場所を任されていた奴がゴメスファミリーのカーポがやって来て驚き、ドンの来訪だと告げられ腰を抜かした。


「一応ラズロウにも知らせておけよ」


 彼女が命じたのはそれだけで、あとはゴメスの従兄弟に任せてしまう。考え直し手伝いの女を一人要求した。ロサ=マリアの世話をするために部屋に篭る。近所の老婆がやってきて身の回りの雑用を引き受けてくれた。農場の持ち主の親戚である。待つこと数時間、ヘリコプターでゴメスが合流してきた。


「ドン、敵はシシリーノストラファミリーの枝です」


「首尾は」


「そのボスの自宅を爆破して拠点三つを炎上させてきました」


 マフィアの中のマフィア、そう呼ばれてどれだけが経ったか。世界に枝組織があるが基本はファミリーごとの勢力である。


「動機はなんだったんだ」


「それが、捕らえろと言われただけのようで。現在拷問にかけている最中です」


 ――あたしを人質に? だったらどっかの金持ち相手にしたほうが賢い。目的はあたしを出しにして、別のところにある。


 自身が人質として有効な相手、エスコーラ以外では夫しかない。


「ラズロウからは?」


 ゴメスが従兄弟に視線を移すと「異常はないとだけ」簡潔に答えた。


「他のボスにも確認してみます」


 時間の都合はあっても三十分掛からずに全組織で、そこまで大きな争いを抱えていないと答えが出てきた。


「サルミエ大尉に連絡してみるんだ」


 連絡係に直接命じる。だが各種の通信機が一切繋がらない。


「彼奴のはどうだ?」


「繋がりません」


 ――そこが原因か!


「オリヴィエラを」


 マルカに居る奴をコールさせる。


「彼奴は着いているか?」

「ドン、それが便が空港に入ってこないままです。どうやらブラヴァあたりに着陸したようで」

「なんだって! お前は全力で捜索するんだ」

「シ ドン・プロフェソーラ」

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