第438話

「いやいや、危機迫れば皆が何を考えるか、現場で心理を研究できて嬉しいよ」


 時を同じくしてトラックがどこからともなく大学の広場にやってきた。山中で不満一つ漏らさず待機していたドゥリー中尉の一団である。


「申告します。装備一式のお届けです」


 黒い顔をにやつかせてわざとらしく内容を報告した。


「保全業務ご苦労。ついに始まったよ、我々の任務は外国人の保護だ。義兄上への非難を減らすためにも、大学を死守する」


「役割をこなすだけです」


 本来ならば二人ともクァトロに合流し力になりたかった。だがこちらを蔑ろにするわけにも行かず、ぐっと堪えて任務を引き受けていた。

 装備を配布したあたりで避難者が雪崩をうってやってきた。大使館等からの急報で行き先を指定させたからである。


「業者のトラックが入場許可を求めております」


 門衛からの報告があがってきた。ハラウィ少佐は不審に思いながらも、自ら赴き確認する。


「ハラウィ少佐だ。どうした」


「あら、お久し振りですわ。人が集まれば必要かと思いましてね」


 トラックの助手席から肩まで伸ばした髪を揺らす、妙齢の女性が現れた。


「リリアンさん?」


「はい。リリアン・オズワルトですわ。食糧品に日用雑貨、いかがでしょうか」


 くすくす笑いながらトラックの列を背にお辞儀する。


 ――二日も籠れば全てが足りなくなる、避難者の数が予想より多かったからな。


「手回しの良いことで、助かります」


 素直に感謝して全て買い上げることを約束した。もう一台のトラックから別の女性が降りてきた。


「ハラウィさん、通信機も持ってきましたよ」


「ミランダさん。二人とも綺麗になったな!」


 片手で頭を叩きながら驚きを表す。磨きが掛かったというか、なんと言うか。


「ばか。グロックさんに事前に用意するよう頼まれてたのよ」


 ――全く俺はどれだけ間抜けなんだ、補給を怠るとはな!


「深謀遠慮の参謀長には敵わないな。お二人も大学内へどうぞ、恐らくはマナグア市内で一番の安全地帯です」


 リリアンは一歩二歩近付きハラウィの耳元で「頼りにしてますわ、ハラウィ少佐」と息を吹き掛けた。


 ――たまらんな、ニカラグア警備隊がノーチェックだったのが解った気がするよ。


 時ならぬ強敵に出合ったかのような感覚が電流のように走った。様々な意味で勝てる気がしない、その感想はこの先ずっと変わることがないものであった。



「山道は突破に成功です。チチガルパ方面は劣勢、ヒノテガ方面ですが逆侵攻を受けています」


 陸軍司令部で黙って報告に耳を傾けている。サルミエ大尉は上がってきた情報を時系列で整理して逐一島に伝えていた。


 ――フーガ少佐が抜けたならまずは一つクリアだ。正規戦で劣勢になるのは想定ずみだ。


 右から左で戦況をどうにか出来るわけでもなく、速効性のある対策は各司令部で対応すべきなのだ。


「南部でマナグア軍と衝突、やはり劣勢。チョンタレス軍も守りを抜けずにいます」


 一ヶ所も突破できずに足が止まってしまった。膠着などという生易しい表現では足りない、壁にあたり砕けたのにより近い。


「ヒノテガ軍に連絡してやれ。公道に防御陣地が設置されているはずだ、そいつを使え」


「了解致しました」


 ドゥリー中尉がせっせと造った陣地が役にたつ日が来るとは思わなかった。今さらマナグアからヒノテガを攻めても、大した意味があるわけでもない。過熱した戦場で攻撃の意識が強すぎた、ただそれだけでの進軍だからだ。


 従卒が司令官の机にコーヒーを置いた。何となしに島も手を伸ばす。


 ――果たして俺はここに居るべきなのか? 他にやることはないのか?


 陸軍司令官があちこちにほいほい出歩くのは誉められない、だが島の性格でずっと座って待っているのはあまりに辛いことである。


 ――パストラ首相はリバス連隊の後衛に入ったそうじゃないか。なのに俺はチナンデガのデスクに向かって黙っているつもりか。何時からそんな男になったんだ、将軍閣下と呼ばれて気が緩んでいるのではないか?


 サルミエ大尉が部屋を出る。モニターには全土の状況が映し出され、僅かばかり理解度を上げてくれている。

 暫く眺めていてもさして変わりばえせず、ただ時間が流れた。ラサロ准将からの報告も交戦中とだけで一時間前と何ら違いはない。


「バスター大尉らが指示を求めておりますが」


 戻ったサルミエ大尉が外国人に何か役目はないかと尋ねる。


「待機だ」


 にべもなく短く答える。ハマダ中尉らもニカラグア湖付近で待機の真っ最中であり、気持ちばかりが急いていた。


 また暫く時が流れる。陸軍司令部では一切の能動的行動をしない。


「マナグア自治大学に居留外国人が避難、義勇軍が拠点として防御を開始しました」


 その報告を聞いたグロックが隣から割り込み付け加える。


「オズワルト商会に一般物資を用意するように依頼しております。大学での籠城は五日までならば可能でしょう」


 ちらりと島がグロックを見る。多い分には困らないだろうから、五日というのは姿勢でしかない。


「二日だ。どんなに長引いても四十八時間で終わらせる」


 それを越えては国が傾き始める、口には出さないが皆の共通認識であった。古今長引く戦に良いことはなく、成功した作戦の多くは数時間から一日で重要な部分が解決している。


「部隊は全力で勝利をもぎ取るでしょう。パストラ首相もマナグア宮殿で政権奪取を報じるはずです」


 直近の大統領選挙で四割の票を得ていた。大統領が亡命なりで国内で指導を出来ないならば、充分に代理をする権利を有している。ここにきて選挙をした事実がかなりの根拠を持つようになるのだ。


 ――ラサロ准将は北部、ロマノフスキー大佐は南部の方面指揮をしなければならない。肝心のマナグアはフーガ少佐とマリー少佐では厳しいぞ。ハラウィ少佐やロドリゲス少佐もばらばらに動いては、上手くいくものもいかん。


「何を考えている」


 グロックが声を低くして島を睨み付ける。そんなものに怖じ気付くたまではない。


「明るい未来を引き寄せる方法をな」


 サルミエ大尉は動揺して二人のやりとりを黙って見ている。グロック大佐が不遜な態度をとったのが驚きだと。


「ならば黙って座っていろ。俺が成功させてやる」


「グロックもニカラグアもそれで満足すると?」


「ああ満足だ。将軍がちょろちょろ動き回るものではない」


 大将はずっしり構えて不動を貫く、それが権威であり冷静な判断を下す際の要件だと説く。言われずとも島もそれが当然だと理解している。


「俺は誰だ?」


「ニカラグア陸軍司令官イーリヤ少将だ。島という個人ではないぞ」


 わかったら口を閉じろ、目を瞑れ、寝ていてもいずれ終わると畳み掛けた。


「俺はこの世界に入ってからずっと動き続けた。死ぬような目にあったことなど数知れずだ。安全圏に座して結果のみを受けとれと言われても正直良くわからん」


「解ろうが解るまいが、そうすべきだ」


 珍しくグロックも折れずに頑張る。彼にしてもようやく願った上官が誕生し、まさにこれからというのだから、不注意で失うわけにはいかないのだ。


「外人部隊の将軍は、戦時に前線を視察してまわった。だからこそ兵は命をかけるのを惜しまないし、仲間を大切にする」


「それとこれとは別だ」


「いや変わらんさ。こいつは戦争だ、そして俺もレジオンの魂を受け継いでいる、お前からな」


 いよいよグロックが呆れてしまう。目を閉じて溜め息をついた。


「……俺の教育が誤りというわけか。責任は自身がとらねばならんな。――司令部は仕切っておく好きにしろ」


「誤りかどうかの判断は将来誰かがやってくれるさ。サルミエ大尉!」


「スィ!」


「出撃するぞ、行き先はマナグア宮殿だ」


「実は手配してあります、司令官の苦悩は自分の苦悩でもあるべきでして」


 やれやれとグロックが頭を振る。だが悪い気はしていなかった。



「もうすぐ市街地です!」

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