第437話


 発射から十数秒で検問所付近に着弾した。偽装部隊が少し後方に退く、位置を修正した二発目が検問所を跡形もなく吹き飛ばした。

 アスファルトを傷付けながら戦車が煙の中へと突入する。警備部隊はなすすべもなくそれを見逃すしかなかった。


「司令、検問所を突破しました」


「交差点を確保している歩兵を拾いに行くぞ。装甲偵察小隊を先行させろ」


 敵発見に特化した偵察車を急がせる。戦車の二倍は速度が出るため、さほど経たずに先頭が入れ替わった。

 砲兵陣地は最早用事を終えたが、徒歩で下山しても仕方ないため、戦争が終わるまで待機を命ぜられることになる。彼らにしてみれば何とも言い難いところであるが、了解する以外に無かった。


「南部でも戦端が開きました」


 エーン少佐がヘッドセットから、ローカルチャットで連絡した。ジョンソン少将が無理をごり押ししたので、半数が出撃前に配布されていた。残りは今朝がたチチガルパに空中投下されたらしい。


「ここの突破を軽視するほど、オルテガ中将閣下は甘くはないだろうな」


 直接は会話したこともないが、そうあるべきだとフーガ少佐が呟くと、エーン少が頷いていた。



「ウンベルトを呼べ!」


 朝からオルテガ大統領は怒鳴りっぱなしであった。予想外の早さでパストラ首相が攻撃してきたからである。

 報告の為に丁度やってきていたのか、オルテガ中将がすぐに顔を出した。


「大統領閣下、本格攻勢を仕掛けてきております」


「解っている。戦況はどうだ」


 細切れの報告しか届かないので全体が見えずにいた。それもそのはず、軍はオルテガ中将の総司令部に報告を集めている。


「レオンの北西にチナンデガ軍が、マナグア北東にヒノテガ軍が。南部にはリバス軍が進軍してきております」


 同時攻勢、つまりは北部軍が完全にリバスの指揮を受け入れたと判断できる。規模的には主客転倒であるが、現実を優先した。


「押し返せるんだろうな」


「はい。戦力はこちらが圧倒しておりますので、二日もかからずに撃退可能です」


 それだけに何故攻めてきたのかを考えねばならなかった。弟の泰然自若とした返答にようやく落ち着きを取り戻す。


「何が狙いだ? 私の暗殺だとしたら、戦争そのものが陽動か」


「その線は少ないでしょう。暗殺では内戦がおさまりません」


 そう言われて確かに自身もオヤングレンやパストラを除く選択をしなかったのを思い出す。それでは何故と振り出しに戻る。


「お前の見立てはどうだ」


「一部の機動戦力による要所の制圧」


 全体ではオルテガ軍が優勢だが、優勢は勝ちではない。真に確保しなければならない場所だけを攻め落とせば、立場は入れ替わってしまう。


「全てを個別には守れんわけだ。防衛線を抜かれた時が赤信号か」


「マナグア湖西の公道に敵が侵出してきております。少数ではありますが」


 水上警備艇を派遣したと、様子を見ていることを伝える。もっと引き付けてから食い止めても、遠くでばっても結果に大差はない。


「公道の何処かに瓦礫を積んでおけ、それで立ち往生するだろう」


 破壊しては修繕に苦労するからと配慮を見せた。


「そうさせます。終戦の落とし処を検討しておいてください」


 返事を待たずしてウンベルトが退室する。どちらかが滅びるまで戦うようなものではない、ダニエルも頭では理解していた。




 機械化歩兵が生活道路をわざわざ選んで疾走している。大きな部隊が居るわけもなく、突っ切ることは出来ても背中はがら空きで孤立してしまう。補給も断絶する。

 第四コマンド、クァトロは承知の上でそうしたルートを使っていた。何か不都合が起きても自力で切り抜けるしかない。


「俺の出番が来ないかと思ったよ」


 二人だけのボイスチャットでブッフバルト大尉が話し掛ける。クァトロ中隊の指揮官、中隊長に任命されていた。将校の欠乏、更にはロマノフスキー大佐の好意でマリー少佐の次席に。


「ビダのところに駆け付けて貰った、お陰で命拾いだ」


 指揮官を失った彼らが混乱していたのを、ブッフバルト大尉が乗り込み掌握したのだ。


「あれは不死身だよ。しかしこんな細い道をよくも正確に誘導できるものだな」


 衛星からの情報をパナマで整理して、ハンドディスプレイに映像化している。パナマのアメリカ軍第8特殊部隊がスペイン語を専門としているからだ。ボイスチャットも彼らと繋がっていたので、細かい質問も即座に回答できている。


「本当に地球の裏側から指揮できそうだ。だが宮殿近くにいけば妨害電波もあるだろうし、雲が厚くなればリアルタイムでの情報は航空偵察のみだ」


 その偵察すら無くなればあとは地上部隊の先行偵察と地図を見ての推察しか無い。それが当たり前のマリー少佐としては、別に苦労でもなんでもないが。


「機甲が現れた時にどうするかだな」


「火力だけならひけはとらん。当てられるか、そいつは勇気と努力次第だ」


 クァトロの連中ならやれると信じている、それは二人とも変わらない。


「ヘルメス大尉だが、戦闘を繰り返して急成長したように思える」


「だな。こちらの功績を一手に引き受けて貰えるよう、ご立派になっていただかないと」


 ニカラグア士官を表面に押し上げる、それは確定事項であった。島の扱いがどうなるかは解らないが、少佐クラスならば存在を簡単に消すことが出来る。


「幹線道路を抜ける必要があり、敵が阻止線を築いております」


 偵察からの報告が上がってくる。ボイスチャットを終了させて部隊の状態を再確認する。


 防衛側は土嚢を積み上げて道路を封鎖しているらしい。左右の建物から道路を狙い部隊を配備している。


「迂回は不能か、ならば押し通る。ロケットを撃ち込め!」


 ブッフバルト大尉が先頭の小隊に命令を下す。相変わらず軍曹が小隊長であるが、一般部隊と遜色ない動きをしていた。むしろ班長クラスまでもが責任を強く感じているようで、士気は極めて高い。




「障害物を排除、突入します!」


「左右の建物へ機関砲を撃ち込め!」


 支援射撃を開始する。コンクリートその物を破壊し、潜む敵兵を黙らせる。じっくり戦えば浪費せずとも済む戦闘物資を勢いよく放出してしまう。


「反撃微弱、突破しました!」


 いともあっさりと市街地の防衛ラインを抜いてしまう。簡単すぎて罠ではないのかと考えた位だ。

 うっかり家の外にいた市民に凝視されると「映画の撮影ですよ」笑顔で手を振ってやった。


「第四コマンド、このまま目的地に向かえ!」


 マリー少佐の命令が下る。戦線を荒らすことをせず、一つのゴールだけをただ目指した。



 ホテルマナグア。一部の者がそこに滞在を続けていた。ハラウィ少佐は普段スーツ姿で過ごしていたが、今日ばかりは朝から軍服に袖を通していた。


「少佐、始まりました。市内には外出を控えるようにと通達が」


 リュカ曹長もスーツから戦闘服に衣替えをしている。二人とも本来はニカラグアに存在しないはずの色調で固めていた。


「一般市民には悪いが暫くは自宅にいてもらえたら助かるな。ロビーに行くとしよう」


 レバノン杉の国章を強調し、所属を明らかにする。エレベーターで下ると、ロビーにいる戦闘服の集団に注目が集まっていた。


「傾注! ハラウィ少佐に敬礼!」


 曹長の号令で色とりどりの軍服が敬意を表す。ハラウィもそれに応えた。ホテルの客は何が始まるのかじっと見守っている。


「本日パストラ首相の政府軍と、オルテガ大統領の政府軍とが武力抗争をこの地で始めた。我々外国人の軍人は、一致団結して居留民の保護に力を注ぐ。遠く祖国を離れようとも宣誓を忘れてはならない。各々が自らの意思で為すべきことをやり遂げて欲しい。避難場所はマナグア自治大学、これを拠点とし防衛に専念する。何か質問は?」


 全てを解っていて参加している者ばかりである、今さら言葉は要らなかった。

 見事なまでに全員が非武装であり、今日まで咎め立てされることもなく過ごしてきている。今も国旗のみを明らかにし、ホテル前に車を寄せただけだ。


「よし。では出撃!」


 一斉に兵が動き出す。ハラウィ少佐はホテル客に「外国人義勇軍です。避難者はマナグア自治大学までどうぞ」微笑しながら勧めた。


 幾つもの国旗を掲げながら車が走る。マナグア警備隊に停車を命じられたが、外国人であるからと従わずに過ぎ去って行く。強行手段に訴えるわけにも行かず、通報のみで終わってしまう。


 マナグア自治大学にと到着した。朝一番でルッテ教授が先乗りしている、学長に事情を説明して協力を仰いだのだ。


「避難先の承諾は得ているよ」


「教授、ありがとうございます」

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