第439話

 先頭の偵察車両が市街地外郭、4号公道に敵の主力が防御線を敷いているのを発見した。そこから先、宮殿までは目と鼻の先といっても過言ではなく、十数キロなのだ。


「回避出来ないか?」


 コムタックを通してパナマの司令部で迂回路を検索する。すぐに返答がもたらされた。


「右手に公道20号が出てくる、そこを進んで左手地方道154号へ。直進すれば公道1号に合流する」


 距離的に五キロばかり伸びてしまうそうだが、時間で考えればかなりの短縮になるのは明らかだ。戦いの熱ではなかろうが急激に空が曇ってきた、衛星の目が失われる。


「マリー少佐より第四コマンド。公道20号へ迂回する、その先は何が出ても突っ切るぞ!」


 極めて単純な命令が下される、複雑なものなど出すだけ無駄で適宜切り変えたほうが上手くいくものなのだ。


「地方道154号に検問。これを攻撃します」


 偵察車両が有無を言わさずに検問所に銃撃を行う。反撃されるも歩兵の小銃だったので、薄い装甲でもカンカン音をたてて跳ね返してしまった。


 爆発音を響かせて検問が突破される。警備兵が司令部に通報をするが、武装集団は足を止めずに市内に乱入した。地方道を北西に向けて走る、通達で一般の車両は少なかったが、たまに交差点で装甲車に出くわすと大慌てでバックしていく。


 ――さすがに宮殿の防御は硬いだろうな。砲撃陣地を確保するぞ!


「司令、B中隊。サント・ドミンゴ通りのジョージパークに迫撃砲陣地を確保しろ」


「ヘルメス大尉、司令。了解です、部隊を向かわせます」


 宮殿の東側、二キロ以内のひらけた場所、公園が目に付いたので咄嗟に指定する。そこが無理でも付近に三箇所公園が散っているのでどこかは占拠出来るだろう。


「ビスタ・フアン・パブロ通りに進みます」


 馴染みない名前ばかりで苦労してしまう。だがハンドディスプレイに色つきで示されたので、視覚で認識を行った。その通りを三分も進めば宮殿が見えてくるはずだ。


「クァトロ中隊はセントラル通り、B中隊はボリバル通りから宮殿を目指せ!」


 最後の分岐で部隊を分割する。といっても一キロも離れていないので全く問題はない。


 本部はベンジャミン通り――中央を担当し最後に突入する。全ての箇所に防衛線が敷かれていた、無い筈がないのだ。


「クァトロ中隊、敵と交戦開始!」

「ヘルメス大尉、戦闘状態突入!」

「本部小隊、下車戦闘を始めます!」


 それぞれが警備部隊に猛攻撃を始めた、相手も市街地というのに何の遠慮もなく反撃をしてくる。精鋭部隊なのだろう、退くことなく次々と撃ち返しては姿を隠す。


 ――やるな! だがこんなところで足を止めるわけにはいかんぞ。


「迫撃砲中隊、砲撃を開始しろ!」


 司令の命令で公園から砲弾が空を飛んでゆく。歩兵が混乱を起こした、だが防衛線から逃げ出すものは皆無だ。

 

「セントラル西より機甲部隊接近!」


「ボリバル南西からも戦車がきます!」


 危惧していた戦車大隊が姿を現す。このあたりに配備されているのは知っていたが、いざ目にすると兵も興奮を抑え切れない。中隊長が迎撃命令を下す、対戦車ロケットは充分に抱えてきていた。


「セントラル北、歩兵中隊が接近」


「ボリバル南、敵の新手あり!」


 指揮車両の通信手が「ベンジャミン東、後方にも敵の伏兵です」一気に逆包囲を掛けてきたことを伝えた。


 ――準備万端手ぐすね引いて待っていたわけか。面白い、簡単すぎると思ってたんだ!


「第四コマンドに告ぐ、ここを落とさねば未来はない。我等に退路は不要だ、突き進め!」


 戦車だけなら対抗が可能な面もあったが、歩兵が随伴すると一気に攻撃が難しくなる。ロケットの照準が合わせられないのだ。

 射手にだけ集中して弾丸が飛んでくる。ドーナッツのような配置に第四コマンドが押され始めた。


 ――宮殿に踏み込めずだと! 俺は何をしているんだ、こんな終わり方では話にならんぞ!


「ブッフバルト大尉、ありったけの火力で宮殿防御の一角を崩せ!」


 将校間のボイスチャットで連携をとろうとする。ヘルメス大尉はクァトロ中隊を支援するため、機関銃の向きを変えた。


「ダコール。六十秒下さい!」


 積んである武器を急いで準備させる。射手に準備させて、一般兵にも配布した。発射するだけなら誰にでも出来るものなのだ、当たらずとも構わない。


 地震かと疑うような大爆発が起きた。鼓膜を破いてしまった者がたくさんいるだろう。


「B中隊、同じヶ所に攻撃だ! クァトロ中隊は突入準備!」


 十字砲火地点を強引に突破しようと火力を合わせて無理を強行する。また地震が起きて黒煙が立ち上る、煙が消えるのを待たずにクァトロが突撃した。


「第四コマンド突撃支援だ!」


 前後の敵のうち、意識の殆どを前に注ぐ、被害が急増した、それでも構わずに一点のみを確保するよう努める。

 鬼気迫る攻撃に敵が怯んだ、防御線に一部穴が開いた。


「死守するんだ!」


 切り込んだ部隊の下士官が声をからして叫ぶ。奪還されては全てが無駄になってしまうと。

 狭い地域に兵がひしめき合い、ついにはクァトロが食い込んだ。


「宮殿に乗り込むぞ、押せ!」


 高価な車両を破壊されながらも次々と兵を送り込んで行く。当然本部を含めて外の部隊は攻撃の圧力をもろに受けて崩壊寸前になる。


 ――厳しい! だがここを確保せねば宮殿は落ちん!


 圧倒的な兵力差に壊滅しそうになる。それでもマリー少佐は踏みとどまる。混在を承知で戦車砲が向けられる。宮殿に命中し爆風が吹き荒れた。


「大尉!」


 たまたま近くにいた者が地面に叩き付けられる。


「ブッフバルト大尉が負傷した! 衛生兵、衛生兵!」


 鼻から血を流して失神する。脳震盪を起こしてしまったのだ。


「第三小隊、後退する!」

「敵の攻撃苛烈、増援を!」

「数が違いすぎる!」


 ついに一部が崩壊を始めた。支えきれないと部隊が要所を退いた。


 ――いかん全滅する!


 マリー少佐が敗北を悟った。ここから盛り返すのは最早不可能だと。戦車がじりじりと距離を詰める。対抗する射手がかなり減ってしまい、士気が下がっているのが目に見えてわかる。


 その戦車が爆発炎上した。随伴歩兵も伏せてしまう。何かを指差して警告を発している。


「第一コマンドだ!」


 通信機を抱えている者が声を挙げた。沿岸を迂回して遅くなった部隊が参戦したのだ。


「こちらフーガ少佐、マリー少佐は健在か!」


 通信が漏れようが気にせずにダイレクトに呼び掛ける。鉄火場である、連絡がつくかどうかが肝要なのだ。


「こちらマリー少佐、包囲に圧迫されている、援護を頼む!」


 副回線でエーン少佐がその他の用件がないかを尋ねてくる。米軍の空爆は要請せずだが、迫撃砲中隊を移管してしまう。それはそっくりそのままヘリで途中合流していたヌル中尉の指揮下に組み込まれた。


 第一コマンドの機甲が真っ正面から敵に突撃した。被害を受けても倍以上にやり返す勢いである。


「第四コマンドは全員下車だ、宮殿入り口を確保せよ!」


 外部をフーガ少佐に任せてしまい、内部の攻略に専念する。武器が不足してきているが、今すぐにはどうにもならない。コムタックでクァトログループを指定した。


「エーン少佐、装備の補給を水上部隊のロドリゲス少佐に依頼してくれ!」


「了解。パストラ閣下の部隊も数時間でくるぞ」


「何とか制圧してみせるさ!」


 マリー少佐は正面広場に部隊を集結させた。ブッフバルト大尉がようやく治療を終えて統率を再開する。


「ヘルメス大尉、正面から攻撃だ! ブッフバルト大尉は壁に穴をぶち開けて迂回路を作るんだ!」

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