第435話


「ヌル中尉。百二十ミリでこの公道のいずれかにある検問を砲撃するのには、何処に砲兵陣地を設置すべきだろうか」


 部屋の隅に控えていたヌルを指名して招き寄せる。意見を参考にするため彼も島の傍に在った。


「こちらの山岳、この窪地が最適でしょう。地理的に砲撃音が散ってしまい、簡単には見付かりません」


 公道東の山岳を指差した。マナグア湖の真北になる。


「ラサロ准将、護衛小隊を先行させろ。山岳歩兵だ」


「はい、閣下。すぐに出撃させます」


 早くつけば待機をさせておけば良いと、副官に手配させる。早すぎは困るが、どう見積もっても二十四時間以上待ち惚けにはなるまい。


「山道の迂回だが、責任者を誰にすべきだろうか」


 答えは決まっていたが、敢えてそう口に出す。誰かの推薦との形をとりたかったからだ。


「フーガ少佐を推させて頂きます。機甲コマンド司令でもあり、能力的にも問題は見られません」


 ノリエガ憲兵中佐が発すると、幾人かが適切な人物だと頷いた。空軍基地司令官らは黙っている。


「参謀長、どうか」


 注意があるならば述べるようにと指名して発言させる。逆に考えるならば、一つ何かを指摘しろと言っているのだ。グロックが目を細めて不足が何かを思案する。


「機甲、砲兵、空軍、機械化歩兵、空中機動歩兵、それらを繋ぎ指揮をするにはフーガ少佐だけでは荷が重くなるでしょう。エーン少佐を副長に起用しては?」


 ニカラグアではなくアメリカ空軍であったり、フランス海軍、義勇軍、クァトロ、リバス政府。様々なヶ所と連絡をとることになった時に強みを発揮する。その点フーガ少佐では見えてこない部分が多すぎた。


「エーン少佐、良いか」


「閣下のお言葉通りに」


「迂回部隊はフーガ少佐の第一コマンドを充てる。エーン少佐は次席に入り連繋の調整を担当しろ」


「ヴァヤ ドン・ヘネラール」


 無表情で命令を了解する。島の護衛はアサド先任上級曹長を信頼することにしたらしい。



「ヌル中尉、エーン少佐と共に在って職務を遂行しろ」


「イエス・マイロード」


 その返答に空軍基地司令官らが奇妙な顔をした。理由を将来に知ることになる。


「ラサロ准将、チチガルパに司令部を置いてレオン軍を攻撃しろ。突破可能ならばマナグアへ進軍だ」


「はっ、陸軍司令官閣下」


 北部への侵攻は少ないだろうが、全くないとも言えない。つまるところ陸軍司令部を陥落させればとの思惑で。


「ノリエガ憲兵中佐、陸軍司令部の防衛は貴官の任務だ」


「承知いたしました」


 ――リバスがどこまでマナグアに食い込めるかだな。正面からぶつかっても数で圧倒される、要所を速やかに制圧するしかあるまい。ロマノフスキー、マリー、頼むぞ!


 大方の方針会議を終えて、参謀長から解散の声が出された。泣いても笑っても数日のうちに始まり、結果どうあれ終わる。最後にマナグアに立っていられるのが誰か、当事者たちにも全くわからなかった。

 国民の緊張も高まり、騒動が起こるのも近いと感じるものが増えていった。島も全てを出し尽くし仲間を信じるのみである。



 リバス政庁に設置された南部司令部。最高司令官代行はパストラ首相である。実際にはロマノフスキー大佐が指揮権を握っていた。

 それもそのはず、北部から引き連れてきた補給部隊だけでリバスとチョンタレスの兵力と変わらないのだ。そこへきてチョンタレス民兵がクァトロの指揮下に加わると申し出たのだから、力関係がかなり傾いている。


「イーリヤ少将は手段をとやかくは言いません。目的を達する為に全力を尽くすだけです」


「そうじゃな。アレはずっと変わらん性格をしておる」


 一番の特徴は頑固者というところだと笑った。パストラを主座に据えて、ロマノフスキー大佐、フェルナンド大佐、マリー少佐、ロドリゲス少佐が席を占めている。


「動員は失敗しました。リバスは元より駆り出されていた下地がありましたが、チョンタレスで数十人が応じた程度」


 昨日今日に管区を引き受けたばかりの連隊長らを責めるわけにはいかない。島ですらチナンデガで最初に募集した時に、似たような結果だったのだから。


「あるもの勝負は向こうも同じじゃよ」


 ニカラグア向けの海賊電波で国民の多くが、オルテガ大統領が押し切れていない事実を知ってしまった。海外世論がオヤングレン大統領を責めていても、オルテガ大統領を支持しない結果も流されている。


「マナグアの州兵は四千程度です。首都警備自体は千人を少し越えるだけで」


 以前首都警備をしていたロドリゲス少佐が概況を申告する。脅威なのは首都防衛の主力、機甲大隊であった。歩兵の数十倍の火力を機動的に発揮できる集団で、満足に運用されたらそれだけで劣勢が敗北になりかねない。


「チョンタレスへの補給に多数の対戦車砲が持ち込まれている。実戦訓練になるが対抗は可能だろう」


 扱ったことがない兵器を最初から上手くは使えないが、二度目からならば計算できる。フェルナンド大佐は強気の姿勢を見せた。

 兵器である以上はそのように設計されているので、確かに一発外せば二発目は当たりも増えるはずである。


「それだが、試し撃ちをさせておくと良い。費用には目を瞑ってな」


 赤字は引き受けるからと、高級で名高い対戦車砲で練習させたらと提案する。


「アメリカ持ちと言うわけか」


 ふんと鼻を鳴らす。マリー少佐が立ち上がり抗議しようとするのをロマノフスキー大佐が制した。


「フェルナンド大佐、何か言いたいようだからこの際全て言ってみてはどうだろうか」


 部屋に緊張が走る、ここで関係に亀裂が入りでもしたら全てが水の泡になってしまう。


「俺は以前からニカラグアの為と思い、良かれと軍務に就いてきた。だがどうだ、外からやってきたやつが国を荒らして、挙げ句の果てには決戦だと? どうかしている」


「なるほどそうだな。では聞くがずっとサンディニスタ政権のままでニカラグアは良くなっていたのか? 今のロシアを見てみろ、なりふり構わずクリミアやウクライナに手を出して、国内の不満を外に向けている」


 それだけ不安定で先に希望が持てていないことの裏返しだ、彼は言った。


「それが理由にはならん。我々がそう望んだのなら、結果がどうなろうとまだ耐えられる。だが外国人が決めた未来でどうして納得行くものか!」


 つい強い口調になってしまう。真実フェルナンドはニカラグアを想っているのが伝わってきた。


「ならば貴官が未来を決めたら良かろう。ボスは――イーリヤ少将はそれを容れるはずだ」


「馬鹿な。己の持てる全てを注ぎ込み、何も求めないはずがない」


「普通ならな。だがボスは求めない、俺はそれを知っている。だから共に命を賭けて戦っているんだ。フェルナンド大佐、理想があるならそれを実現させる努力をしないか? その為にサンディニスタ政権が相応しいならオルテガ大統領に従えばよい。オヤングレン大統領が良ければそうすべきだ。誰も貴官を縛りはしないよ」


 俺達は好きで全てを捧げている、ただそれだけだと優しく語った。マリー少佐も怒りを鎮めて理解を示す、見返りが欲しくてやっているわけではないと。


「フェルナンド大佐、儂は革命を起こして後悔していない。今になりまた機会が巡ってきたからの。貴官の気持ちを教えて欲しい」


 マナグアでも北京でも止めはしないと約束する。彼の意思を尊重したい、その場の皆が頷く。


「今まで死んでいった者達は、何の為にだったのか……」


 ただ上からの命令だと死を強要された部下たちの顔が浮かぶ。


「信じても良いのだろうか?」


 ロマノフスキー大佐の目を見て問い掛ける。今の今まで孤独に戦っていたのだろう、拠り所を見付けて鼓動が早くなっているのが解る。


「貴官が信じる限り、それは裏切られず忘れ去られもしない。俺が保証する」


 じっと見つめ返して胸を張り断言する。証をたてろと言われても何もなく、言葉しか示せないがフェルナンド大佐は決意した。


「パストラ首相閣下、フェルナンド大佐は政府に忠誠を誓い国民に命を捧げます」


「貴官の命、パストラが預かる。頼り無い政府で済まなかった」


 パストラが頭を下げる。もっと確りと国を主導していければ、このような想いをさせずにすんだと。


「ロマノフスキー大佐、チョンタレス連隊は南部司令官にリバス連隊長を推す。指揮をお願い出来るだろうか」

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