第434話
「閣下、海軍は中立を確認しています」
グロック大佐が概況説明を行う。大枠を埋めたのちに詳細に入る。
「空軍は五つに一つがこちらか。半数はあちらだったな」
アメリカの戦闘機が制空権を維持する見込みのため、正確に空軍力は反映されない。だからといって任せきりにもならない、これはニカラグアの戦いなのだから。
「はい。陸戦力は八対五で劣勢。こちらの攻撃兵力は北部三千、南部千五百。機甲の大半は首都です」
「随分と食らい付いたものじゃないか。俺がホンジュラスに来たときは、たったの四人だったよ、しかも素手で」
それから見たらこうまで恵まれた環境になり、何の不満も出てこないさ。笑顔で報告を是認する。
「ホンジュラス、コスタリカ、並びにアメリカの野戦病院が国境に設置されました。またフォンセカにも有志の仮設病院が」
――プレトリアスか。後送に宅配業者を特注と言うのも聞かんね。
「負傷で命を失う可能性が低くなるのは歓迎だ。誰もそれを妨害しないだろう」
戦場真っ只中ならば恐慌にかられて巻き込むこともあるが、後方にあってわざわざそれを攻撃するような者はいない。怨みを買うだけでなんの目的も達することも出来ないからだ。
「国際世論は内戦の責をオヤングレン大統領に向けております」
オルテガを追放し、自らが大統領になった事実は変わらない。その上で外国に逃げ去り、内閣に抗戦を指示しているのだからそうもなる。
――非難や輩を一身に集めて、国を繋ぐつもりか。この意思を断ち切るわけにはいかん!
「最後に勝ったものが正しい。世論はそれでまとまる」
遥か昔からそうであったように、敗者の意見など奈落の彼方に消えてしまう。勝てば官軍、負ければ賊軍。時代も地域も問わない真理はこの言葉に集約されている。
「オルテガ中将も動員を掛けた模様。かなり急がせているよですが、防衛にまわれるかは微妙な線でしょう」
「二十四時間だ。こちらが動員を掛けはじめてから、それに気付いて対抗したならば一日の差が勝負になる。中将が手を抜いたとしても大統領がそれを許すまい」
極めて正確に情勢を読んだ。軍部が強ければ七日から十日をと考えたが、総司令官の立場からして短く言い渡されるのは目に見えている。
「レオンを二十四時間で抜くのは至難の業です。リバスとチョンタレスからマナグアへ刺し込むしかないでしょう」
――レオン軍は意地悪く阻止をするだけで良いからな。だがマナグアからリバスへ行かれたら守りきれまい。
エルサルバドルから謎の中古車が大量に輸入されてきていた。迂回するにしても手段が足りないことは無い。
「ラサロ准将の考えはどうだろうか」
北部軍司令官の知恵を借りようと意見を求める。やはりこの地に産まれ、この地で育ったアドバンテージは無視できない。
「公道を封鎖するのはまず外すことはないでしょう。幹線道路然りです」
軍が移動をするだろうヶ所を閉め切る、それは間違いない。だから困っているのだ。
「陸も海も空もとなれば隙はないな」
「ですが全てに完全阻止可能な戦力を配備出来るわけではありません。エステリから1号公道を南下し、26号公道を少し西へ行くと、22号公道の山道がありマナグア湖隣のラスペラルタスという小さな町に出ます。そこから湖沿いをマナグアへ進むことが出来ます」
地図を参照するが22号公道は記されていなかった。縮尺を変えた地図を広げると、細いながらも道を見つけることが出来た。レオンとマナグアを結ぶ12号公道はガチガチに固められているだろうが、こちらの裏道はどうだろうか。
「もし俺がそのあたりの守備隊ならば、ラスペラルタスの少し北側に検問をおくだろう。グロック大佐はどうだ」
地図を見つめてレオン軍の手持ち戦力を想像しながら考える。明らかに二線級の部隊を置く箇所であり、タマリンドという12号公道と22号公道が交差する町までは監視位しか置かれていないはずだ。
「ラスペラルタスに監視を、タマリンドとの間にあるラ・パスセントロに工兵を置いて、侵入部隊の規模によっては22号公道を破壊するでしょう」
時間を稼いでいるうちにレオンからの増援をとの寸法だ。それは島にも充分納得できる対応であった。
「州兵の多くはその生活出身地の近くで勤務します。公道を破壊して困るのは自分たちなので、ギリギリまで壊しはしないでしょう」
――それはそうだ。国の命令で壊しても、自分たちを助けてくれるわけではない。早急に要所を確保出来れば突破できるかも知れんぞ。
「ラ・パスセントロの傍、その沿岸公道と22号公道の交差点が戦略重要地だ、ラスペラルタス北の山道とを押さえることが出来れば迂回は成功する」
敵の支配地奥を本隊に先んじて占拠、しかも増援されるまでは単独で戦い続けなければならない、空挺兵の戦場と言えよう。
「An-26、アントノフで四十二名、Mi-17、ミルで三十名までを輸送可能です」
空軍基地司令官が、兵員輸送可能なのがその二機しかないと情報を提供する。七十二名と武装諸々を一度に運ぶ限界、これで交差点を死守しなければならない。
「山道はどうだ」
突破までの時間から今度は負担を逆算しようとする。
「機甲部隊を集中投入することで迅速な突破が可能でしょう」
ラサロ准将が読みを披露する。ニカラグア軍の思考基準に詳しい者の見通しである、全くの外れとはなるまい。
「レオン軍よりの鹵獲車両の一部が利用可能になっています。どうしても修理不能なものはパーツとして分解しています」
――このタイミングで鹵獲について触れてきたか。グロックはレオン軍を装って奇襲をかけろと言っているわけだ。これは戦争だ、欺かれる方が悪い。
「鹵獲車両の一団に軍旗を掲げさせ、後続の北部軍に追わせるか。検問を通してくれたらラッキーだな」
止められるにしても接近が可能ならばまた違った戦術が利用できるだろう、そこは現場指揮官の裁量である。司令部としては輸送機の安全と作戦立案、配備に装備の調達を担当することになる。
「検問箇所がわかれば百五十二ミリで砲撃可能です。26号公道まで進出しなければならないでしょう」
長大な射程を有する大砲であってもそこまで行かねばならないのだ、不都合が起きればそれまでの作戦を立てるわけにはいかない。
――いきなり他力本願では情けなくて涙が出る。所詮そこまでの男だと。
「空軍基地司令官、百二十ミリの空輸は可能か?」
一回り小さなものを指して可否を尋ねる。無理ならば更に小型のを選ぶしかない。
「可能です。ただし攻撃を受ければ回避不能です」
「全力で護衛すると?」
「その後、数時間は全軍への航空支援が出来ません」
限りある戦力を何処に傾けるか、その方針如何で他のヶ所が崩壊する。だからと満遍なく配備するのは愚の骨頂と断言できた。
――地対空ミサイル、SA2やスティンガーを装備させてやれば独力で対抗可能だ。
「参謀長、地対空ミサイルの装備は」
「五十です。ニカラグア空軍は積極的な地上攻撃を控えるでしょう」
「四倍に上げろ。対空戦闘力の向上を敵に漏らせ、抑止力として機密情報を利用する」
増やせと言われて簡単に品が手にはいるわけではない。近くにアメリカ軍が居なければ。ジョンソン少将が様々物資を積み込んできているのを知らねば、司令官が狂ったのかとすら思われかねない。
「了解しました。使用記録をとらせて、終戦時に散逸しないよう注意します」
アフガニスンでアメリカがばら蒔いた品が、後にイスラム過激派に流れて世界の空を危険に晒した。その轍を踏まぬように手順を義務付けた。
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