第433話

 決して軸を見誤らずラサロ准将はなすべきことをなすと言い切る。


 ――そうだそれで良い。道を選ぶのはニカラグアの民だ、俺じゃない。


「あまりに重大な事案だ。しかし我々は決断しなければならない。我々にはその義務と権利がある」


 会議の参加者に誰となく語りかける。サンチェス長官が一人一人を見詰めた。


「ニカラグアで革命が起きるたび、民は不安にかられ、やがて裏切られた。王家は贅沢の限りを尽くし、サンディニスタ政権は搾取を続けた。オヤングレン政権に移り変わり、ようやく国が定まったかのように思えたが、このような状態にある。我々は次代の若者にこの国を受け継がねばならん。絶望する未来を黙って見過ごして良いのだろうか、北部地域のみが素知らぬ振りをする姿は若者の目にどう映るだろうか」


 かつて暗黒の時代を送ったサンチェスの親世代の話、それは聞くに耐えない地獄であった。後戻りすれば今の赤子も一生そのような人生になる、決まりきったようなものだ。

「欲しければ私の命くらい幾らでもオルテガにくれてやる。だが、国の未来まで渡すつもりはない! チナンデガ州はパストラ首相に従い、決戦に向け全力で支持する!」


「エステリのような小さな州でも出来ることはあるだろうか」


 知事らが次々と参戦を表明する。ついには北部同盟参加の全州がパストラ首相を頂くと宣言した。


「北部軍は方針に従い、陸軍司令官イーリヤ少将の指揮下に入ります」


 ラサロ准将が起立敬礼したので、大佐らも同様にそうした。近しい者の未来のため、それならばなんの躊躇もいらないと。


「皆、ありがとうございます。私が最後の一兵になろうとも、前へ進むのみです」


 意思を確認し決戦へ踏み切ることを決めた。この場で序列を定めてしまう。


「ニカラグア陸軍参謀長グロック大佐。北部軍司令官ラサロ准将。リバス連隊長ロマノフスキー大佐。チョンタレス連隊長フェルナンド大佐。陸軍憲兵司令ノリエガ中佐。陸軍後方司令オズワルト中佐」


 陸軍に連なる者を一気に示す、ここから先、事態は加速を続けるのであった。


「オルテガ軍が攻撃を仕掛けてくる前に、こちらから攻勢に出る必要がある。三日後の○八○○に出撃だ」


 あまりにも準備時間が短いため武官らが渋い顔をする。それでは予備の兵士らを召集することも出来ないと。グロック大佐が雰囲気を受けて言葉を補った。


「全員が揃わずとも構わん。可能な限りそこに合わせれば良い。連絡がつかねば街頭放送だろうと何だろうと使え、オルテガに気付かれようと、対応より先んずればそれで押しきる」


 間に合うかどうかなど関係無い、やるといったらやる、その意思を浸透させろ。端的にパストラ首相の方針を示したことになる。


「武器弾薬、通信機器、糧食に車両、あらゆる装備をクァトロよりニカラグア陸軍に供与する。相手にとって不足はない、知恵と僅かばかりの勇気を出してほしい。良いか!」


「スィ! ドン・エヘールシトコマンダンテ!」


 ラサロ准将以下が陸軍司令官に返答した。この場にレティシアが居たら、男は馬鹿だと声をあげただろう。ふとそう浮かんでしまい、島は微笑を漏らすのであった。



「北部地域で大動員が掛けられております」


 オルテガ中将の専属副官として、ヴィゼ大尉が従っていた。チナンデガ司令官であったヴィゼ准将の息子である。

 父が不名誉な退官をしてしまったので、汚名を返上しようと軍務に励んだ結果だ。親の罪が子に及ぶわけではないが、狭い業界社会である、中には口に出さずとも冷ややかな目を向ける者も居た。


「七日以内に来るだろうな。予備役や民兵募集の呼び掛けを行わせろ。第一陣を五日で編成しろ」


「総司令官閣下、七日は必要とします」


 相手を見てから行動を起こすのだから、七日では全く話にならない。だが副官大尉が言うことも正論であった。


「ヴィゼ大尉、貴官の意見を求めてはおらん。五日だと軍に通達を出せ、次は繰り返さんぞ」


「失礼しました、ドン・ヘネラリッシモ!」


 ――ようやくパストラ首相の真意を知ったか。まだ間に合う、今ならばな。


 ウンベルトも実はパストラの企みを知っていた。それどころか状況が決まれば軍を率いて戦うつもりであったのだ。


 ところが予想だにしないような傾きを見せてしまい、身動きがとれなくなってしまっていた。島の働きも予測を越えており、役どころに不都合が生じる。そんな折に兄のしょぼくれた姿を見て、シナリオを変更したのだ、オルテガ派の軍部責任者として罪を引き受けると。


 自らも大統領に報告するために部屋を出る。総司令部から大統領府までは車で十分と掛からない。警備に敬礼を受けて中に入る。大統領執務室、何度通ったことか短く過去を振り返った。すぐにドアをノックして足を踏み出す。


「閣下、報告に上がりました」


「お前か。チョンタレスではしてやられたようだな」


 地方の州で統制を失ったのを耳にしているようだが、それほど不機嫌ではなかった。というのも空軍の半数がオルテガ大統領に忠誠を誓ってきたからだ。


「まさか北部軍が南から攻めてくるとは考えませんでした。私の不手際です」


 海軍が山を越えてくるのを予測しろとは無理な話である。だが現実には千年以上も昔に、軍船を担いで山越えした猛者がいた。戦場の奇策は常識ではかることが出来ないものである。


「大勢に影響はない。フェルナンドとやらは、大佐止まりの退官寸前士官らしいじゃないか」


 チョンタレス連隊長に就任したのが、過去の対クァトロ連隊長というのでそりも悪かろうと読みを見せる。


「訓練基地の司令についておりました」同意するわけでも注意を与えるわけでもなく続ける「北部で大動員が掛けられております。我が軍も五日の線で増員を発令しました」


「三日だ。あの男ならば五日もかけていたら後手にまわるぞ。四日後にリバスを攻め落とすんだ」


 三日。現役が待機に入り、出撃を整えるまでに掛かる目安がそれである。動員でその数字を出すには、社会的な損失が大きくなりすぎる。


「はい閣下。国民の動揺を招きます、対策を必要とするでしょう」


 行政として何らの補填が必須だと指摘する。誰もが積極的に志願とは行かない。

「財源はロシアからの借款だ。国を取り戻せさえしたらどうとでもなる」


 ――ロシアの属国か。それで安定するなら或いは構わんのだろうが、ロシアがいつ倒れれるか解らん酔っぱらいだ、軽々しくは認められん。


「ロシア情報庁とやらのものらしき死体が幾つか出ました。身許を示すものが出ないので、推測ですが」


 体格がよく筋肉がついていて、滞在ロシア人に該当しない死体が複数。もし違うならば何なのか、そちらの方が問題になる。


「口ほどにもなくしくじったか」


「若いやつらだけで、トップらしき年齢のは出てませんが」


 下っぱがどうなろうと頂点が生きていれば再編可能である。だが今働きを見せられなければ、全くの無駄であった。


「どぶに浮かんでいるんではなかろうな」


 何をしているやら。要人暗殺がいかに困難かを知らないわけではないが、押し掛けてきた割りには情けないと吐き捨てる。


「対策の件はお忘れなく」


「解っている。マナグア学長も軍以外の被害を抑えるなどの措置を助言してきた。余計な拡大はせんよ」


 ――あの学長がか。飛び道具は何も銃器だけではないらしいな。


「それでは閣下、軍務に戻らせていただきます」


「ウンベルト、勝手に死ぬなよ」


 大義のために板挟みになる、彼の心は強く締め付けられていた。



第二十章 時は血なり


 チナンデガ陸軍司令部。島の側近が集まっている。新たにラサロ准将が加わり、パストラ政府軍の総司令部として機能を大幅に追加していた。

 掛けた動員は三割程しか効果がなかったが、訓練中隊が六個編成された。それらを州に振り分けて治安維持に従事させる。火事場泥のような輩が現れるようならば、警察の補佐に利用するつもりで。

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