第432話


「すると差し詰司令長官ですか。ロシア情報庁のやつら、一部を取り逃がしました、ご注意を」


 今やパストラを抜いて暗殺リストのトップに躍り出ただろうからと警告する。首相を除いても抵抗は続くが、島を除けば瓦解するのだ。


「嬉しくない人気ぶりだ。兎に角、いつ始まるかわからん、それは明日かも知れん」


「ダコール。この期に及んで泣き言を吐くつもりはありません」


 打ち合わせをたったこれだけで終える。二人にとってはそれで充分であった。行きは准将、帰りは少将になったのに驚きながら、ヘリの機長が島を迎える。


「サン・ホセを経由してからチナンデガではどのくらい掛かる?」


「サン・ホセまでは二時間あれば。あちらからチナンデガにですが、チョッパーではなく戦闘機ならば同じくらいでしょう」


 ――ジョンソン少将と電話だけとはいかんからな。


「サン・ホセへ」


 サルミエ大尉に連絡を任せてどうするかを思案する。こんなときはローターの爆音すら気にならない。


 ――目的は全滅ではなく、あくまでオルテガ大統領に敗北を認めさせるということになる。ではどうしたらそう考えるだろうか? 身柄を拘束されてしまえば確実だが、それが叶わない状況を考えろ。マナグア宮殿を占領する、軍の中枢を排除する、国際世論にパストラ政府を認めさせるか。

 軍の中枢といえばオルテガ中将だが、果たして効果的だろうか? 国際世論とて二つに割れるだろう。ならばやはり宮殿を奪取し、そこから国内に奪還を発信だ。


 それでも大統領が敗北を認めなければ、本人を捕まえるしかなくなる。かといってぐずぐずしているわけもないから、何処かに逃げてしまうだろう。レオンなどオルテガ支持の強い地域に籠られては長引く恐れもある。


 ――大統領府も一気に押さえる必要があるな。党本部と総司令部もだ、限られた兵力を上手く使わねばならん。


「もうすぐ到着します」


 あれこれと考えているうちに着陸態勢に切り替わっていた。誘導している兵の姿が夕陽に映ってシルエットになる。地上に降りるとアンダーソン少佐が出迎えに来た。心なしか嬉しそうに見える。


「いよいよですか」


「うむ。尾羽うちからした結果になるかも知れんがな」


「全力を出し切ってのことならば、自分はそれでも文句はありません」


 個人と国家では次元が違いすぎますがね、そう呟き基地内へ案内する。司令官室に連れられて行く。そこには真剣な顔をして資料を睨んでいるジョンソン少将がいた。


「イーリヤ少将です、ついに情勢が動きました」


「少将ときたか。ふっ、勝負をかけに行くわけだな、聞かせてもらおう」


 悠長に時間を浪費するなら自分など要らんからな、ジョンソンが身を乗り出す。経緯をきっちりと順序だてて説明する。一言一句聞き漏らすまいと、黙って耳をそばだてる。島だけでなく、合衆国にとっても極めて重要な案件なのだ。


「解った。四十八時間でリバスに補給を完了するようさせる」


「北部同盟を説いてみます。ですが彼等が決戦を望まなければ、州兵や警察隊、北部軍の半数は使えなくなります」


 そうなれば死にに行くようなものだと語る。だからと止めるつもりもなかった。


「その時はアジアやヨーロッパからも空軍を集めて、航空戦力をぶつけてやる」


 ジョンソン少将ならやりかねないと苦笑する。だからと不利が覆るわけではない、最後はなんと言おうと地上戦力で決まるのだ。


「ソマリアで使った戦車、あれを借りられないでしょうか?」


「あれか。引くのに時間が掛かるな、待てるか?」


 十日は掛かる、途中多少フライイングして書類を無視しても七日より短くはならないと見通しを告げた。


 ――七日以内に逆撃されたら全てが狂ってしまう。そうなれば立て直しは極めて困難だ。


「……あるものでやります」


「そうか」


 それが良いかも知れん、ジョンソン少将も時間が貴重だと考えたようだ。何かしらの戦闘力の代替が必要なのは確実だが。


 ――火力ではない方法だ。……情報を強化できないだろうか?


「連携を強めるために、通信機器を活用出来ないでしょうか?」


 無線の数を増やすだけでもかなり違ってくるものだが。


「コムタックとハンドディスプレイでどうだ」


「コムタック?」


「うむ。軍用ヘッドセットだ、兵士間でのボイスチャットサポートをする。ディスプレイでは相互の位置情報を共有可能だ」


 双方とも情報衛星が必要だ、と説明した。これがあれば分隊単位での同時処理が可能になってくる。湾岸戦争からのフィードバックが著しいらしい。


「それを五千セット、三日で用意できないでしょうか」


「……大至急調達させる。最悪空中投下渡しだ」


「ご迷惑お掛けします」


 丁寧に頭を下げる。無茶を言っているのは理解している。


「ワシントンはイーリヤ少将の要求を必ず飲む。問題は物理的な部分だよ」


 後は任せろ。ジョンソン少将は島とサルミエの為に超がつく音速戦闘機を二機用意してくれた。エステリの軍用空港に着陸した島を、空軍基地司令官らが迎える。


 ――マッハ二とか三というのはジャンボジェットの圧とさしてかわらんものなんだな。


 変に軽い感嘆に囚われてしまうが、すぐに現実に戻る。


「空軍基地司令官です。先だっての救出の手配に感謝いたします」


「それはシュトラウス中尉に言ってやって欲しい。彼は何の見返りも求めず、命をかけて任務を遂行した。私の手柄ではない」


 あの時点では事実何の補償も提示していなかった。拒否する選択も幾らでも出来たのだ。


「機長への勲章を上申致します。空軍司令官が認めるかは定かではありませんが」


 どっちつかずの態度をとっていたので、全てが終わるまで動かない可能性が強かった。些細なことであれ意思を示すことは少ないだろう。


「ダメなら私が授与するよ、陸軍からのもので良ければな。陸軍司令官イーリヤ少将だ、貴官らもチナンデガの会議に出席して貰いたい」


 基地司令官らは顔を見合わせて頷いた。もう後戻りは出来ない、ならば全力で背を押すしかないと。


 三機のヘリが四機の戦闘機に護衛されてエステリからチナンデガにと向かう。一時間と掛からずに、軍駐屯地に辿り着く。グロック大佐が待ち受けていた。

 空軍基地司令官らの姿を認めて三人にそれぞれ敬礼する。同道したのが意外であったが、全く顔には出さずにいる。


「閣下、議会を召集してあります」


「解った、すぐに始めるぞ」


 駐屯地から政庁に向かうため車に乗り込む。慌てて将官座乗の旗を追加してきて、何とか二台で出発した。機内でサルミエ大尉が一報しておくべきであったが、細かいことなので指摘もしない。政庁ではエーン少佐が控えており、少将の記章を用意してくれていた。サルミエにも大尉のそれを渡す。


「閣下、ヒノテガは中佐が動けずに参加が出来ません」


 ――きな臭い地区だ仕方あるまい。


「うむ、知事に代弁させよう。軍務を優先させる」


 最低限の兵力しか残していない異常事態で、責任者を引き抜くわけにはないかない。一刻の判断の遅れが崩壊に繋がりかけない地域では尚更に。


 会議室に四角くテーブルが繋げられる。島を上座に据えて、左からサンチェス長官ら政治の代表が座る。右にはラサロ准将ら、軍事の代表が。反対正面にはコステロ総領事が席についていた。


「緊急召集に応じていただきありがとうございます。陸軍司令官イーリヤ少将です」


 パストラ政府からの任命状を示し、ラサロ准将の昇進と北部軍司令官交替も通知した。突き上げの犯人らとしては、意見が届いて納得したらしい。


「パストラ首相とオヤングレン大統領の真意を確かめてきました」


 言葉を区切る。誰しもが知りたいと思っていた重大事項である。何か発言があってもまずは聞こうとの姿勢をとる。


「両氏は良かれと思いクーデターを許しました」


 唸り声が上がるが誰もが理解することはなかった。島もそうであったように、この時点では反発心が芽生えるだけである。


「オルテガ派の人物がオルテガに拠るように、利権目当ての人物は北京に拠りました。パストラ首相は、まさか残るのがこうまで少ないと考えなかったようで、一気に勢力を弱めすぎリバスで苦境に陥った次第です」


 そう説明を受けて、確かに隠れていた繋がりが白日のもとに明かされたと頷く。


「リバスは独力でオルテガに対抗出来なくなり、その計画は頓挫してしまいます。ですが北部同盟が参戦するならば、希望が残ると仰有りました。答えがいずれであろうと、内戦を長引かせるのは国民に負担を強いるので、決戦に臨みます」


 負け覚悟で玉砕するのは果たしてどうなのか、解釈は様々であるが近いうちにかたがつく見通しをだと聞かされる。難しい表情を浮かべた、ついにサンチェス長官が口を開いた。


「イーリヤ少将の考えはどうでしょうか」


 いつもならば調整役として後に意見を求められたが、今回は真っ先に尋ねられた。


「私は北部同盟の答えがどうあれ、クァトロを率いて参戦します。北部軍はラサロ准将に引き継ぎました、オルテガ大統領も戦力をみて交渉を持ち掛けるでしょう。粗略には扱わないと、懐柔を示すのではないでしょうか」


 幾ばくかの特権を与えて現状を認めるならば、内戦を続ける理由などなくなる。双方が歩み寄ることが出来るはずだと語る。


「北部軍は北部同盟の方針に従います。州境を閉ざし嵐が過ぎ去るのを待つのも一案」



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