第431話
「北部軍司令官の命で救援に来た。着陸許可を」
「基地司令官に確認する」
一旦応答が無くなる。時間がないのは双方承知の上だったので、司令官が直接出た。
「基地司令官だ。救援だと?」
「はい閣下。Juー52です、スタッフを収容し離脱します」
「そいつは十人程しか乗れない機体じゃなかったか?」
遥か昔の機ではあったが、何と無く想像がついていたので指摘する。
「観光用に座席を増やしてあります。着陸許可を」
「スタッフが頑固でね、降伏以外の道を探していたところだ」
着陸を許可する。司令官命令で管制が進路を示した、ぶっつけ本番で悪路に突っ込めば大破する危険がある。
「管制、Juー52を誘導する。西から東に向けて滑走路一番に入れ」
オルテガ軍が基地に砲撃をしたらしく、煙が立ち上る。威嚇だろうか、回数は少ない。
「Juー52、管制。着陸態勢に移行する」
「待て! 滑走路に被弾した。一旦取り止めだ」
「時間がない、脇の地面に着陸する」
「無理だ、やり直すんだ!」
管制が止めるがシュトラウス中尉は着陸を強行する。現代の精密な航空機ではたじろぐような悪路であっても、戦時に活躍した機体はものともしない。何より彼の飛行経験が圧倒した。
機体が激しく揺れる。操縦かんがぶれそうになるのを必死に固定し、目視できる障害を回避する。やがて穴が開いた滑走路を越えたので、コンクリートに乗り上げた。
「Juー52着陸に成功。スタッフ収容を開始する」
「管制、見事な腕前です! そのままお待ちください」
残っていたスタッフがユンカースに向けて走り出す。機体に塗装された四ツ星を見て、幾人かは教材を想像してしまった。
「機長、収容を完了しました」
「よし、離陸するぞ」
機内に放送する「座席に着けなかった者は何かにしがみつけ、離陸する」空間だけはあったが、揺れたり被弾でもしようものなら機外に放り出されてしまう危険がある。
「バルバロッサより、Juー52。地上攻撃で離陸を援護する」
「Juー52より、バルバロッサ。支援に感謝する」
こちらは英語だったので中尉が自身で返答した。短い滑走路で急速にスピードをましてゆき、ギリギリで跳ねるように離陸した。
強烈な重力が胃袋の中身を押し出そうとしてくる。地上からは腹いせに機関砲や対空砲火が放たれた。
「機長、左翼に被弾。旋回性能に著しい損害」
「構うな真っ直ぐ飛ぶんだ!」
二機の戦闘攻撃機が積んでいたミサイルやバルカン砲をこれでもかと地上に向けて撃ち続ける。そのうちユンカースが射程から外れたため、あちこちに身を隠し始めた。時間切れだと二機もその場を離れ、離脱した機を追っていく。翼から煙を出しているのを確認し、詳細を視認しならが報告してやる。
エステリの空軍基地に緊急着陸したJuー52は、火災を起こしてその生涯を終える。シュトラウス中尉は、長い間ずっとそれを一人見詰めていた。
◇
リバス市庁舎で方針を打ち合わせていたところに連絡が入る。シュトラウス中尉が見事に救出に成功したと。
「閣下、空軍スタッフを全員救出しました。現在エステリに居るようです」
「流石じゃな。また勲章が増えた」
どれを授与するかは島が決めてやると良い、パストラが預ける。
「ですがJuー52が全焼したようです」
「希望の機体を代替で提供する」
「中尉はもう飛ぶことを求めないかも知れません」
それだけ愛着があり、人生を共に歩んできた機体だった。いつしか別れは来るが、戦闘による撃墜だったのがせめてもの報いだろう。
「中尉の意思を尊重する」
「エステリ空軍とボアコ空軍が北部軍につきました。暗い話が続く中で朗報です」
この功績はやはりシュトラウス中尉だろうと解釈する。仲間を救ってくれた、ただその一点が決め手なのだから。
「その北部軍じゃが、ラサロ大佐に譲ってしまって構わんのか?」
「はい。彼のような将校が国を支えているのです。自分などより余程適任でしょう」
人柄だけとっても、大佐ならば統括するのに適切だと判断した。
「解った。ラサロを准将に昇進させて北部軍管区司令官に任命しよう。南部はリバスとチョンタレス、貴官はそれら全てを指揮する司令官じゃ」
少しばかり空軍が混ざったが、まとめて面倒を見ろと言われる。
――少将か、ナポレオンにでもなった気分だよ。火事場泥棒がより近いかも知れんが。
「補給部隊がチョンタレスに居ます。リバスに引きましょう」
「補給部隊?」
「ロマノフスキー大佐の戦闘団です。名前に拘りがないものでして」
偽装とかではなく目的がそうだったから、それだけだと語る。中には支援兵など拒否する将校がいるので、変わり者と言われても不思議はない。
「リバス連隊長代理じゃが、大佐にして政府の護衛部隊に転属させよう」
ロマノフスキーが一元的に指揮することが出きるよう、ポストを整理する。護衛部隊の長が、将来の中央軍司令官になるのは簡単に想像できた。左遷ではないので承諾するだろう。
「マナグアと一戦しなければならないでしょう」
「雌雄を決する段階は近い。だがこれ以上血を流すのは辛いものじゃ」
骨身に染みたようで疲れた表情を見せる。敵味方に別れたとはいっても、同国人なのは変わらない。極限まで戦うのは避けたいと誰もが思っている。
――それでもオルテガは戦わねば負けを認めはしないだろう。
「長期戦は避けなければなりません。準備不足はあちらも同じです、速やかに決戦に踏み切っては」
パストラが目を見開いて島を見る。時間がたてば双方が様々なものを失って行く、国家としても信頼を著しく損なうのは目に見えていた。
「楽な戦いにはならんな」
「当然です。それでもじり貧で繋ぐよりは、不鮮明な状態で望みにかけた方が」
「……前に進む以外の道は無いわけか」
以前島が語った言葉を思い起こす。決断はパストラがしなければならない、これによりニカラグアが半世紀後退することになったとしても。
「正直分が悪いことこの上ありません。長引かせばアメリカが支えてくれるかも知れませんが」
膠着してしまえば被害はましても、希望が潰えることもない。転機も訪れることもあろう。どちらにせよ、決断だけはすぐにでもしなければならなかった。
「閣僚と相談したい。意思を統一する必要がある」
「自分がここにいられるのは二十四時間が限度です。北部を留守にするわけには参りません」
ラサロ准将に引き継ぎもしなければ、北部が瓦解する危険もある。グロック大佐が代理出来るのは短期間でしかない。
パストラも重々承知である。リバスの補給が減ってから、力を失う一方で一撃に賭けるならば今しかない。会議室に籠り激論が交わされる。閣僚ではない島は蚊帳の外だ。
「閣下、どうなるのでしょう?」
「わからん。どちらになっても北部同盟でも意思を確認する必要があるがな」
それを命令だと解釈したサルミエ大尉がチナンデガに議会の召集を依頼した。数時間後に会議室に島が呼び出される。閣僚らの視線が集まった。
「イーリヤ少将です」
「方針が定まった。受諾するのも拒否するのも自由じゃよ」一旦言葉を区切り、左右を見回し続ける「臨時政府はオルテガ大統領に決戦を挑む。イーリヤ少将に総指揮を命じる、マナグア宮殿を奪還せよ」
「拝命致します。可及的速やかに実行してご覧にいれましょう!」
第十九章 陸軍司令官イーリヤ少将
チナンデガに戻る直前、ロマノフスキーに連絡を取った。衛星通信電話、イリジウムの力を再三実感する。
「元気にしてるか」
「若いのが働いてくれるお陰で今のところは」
顔は見えないがどんな表情をしているかがすぐにわかった。
「お前も昇進だ。一気にやるぞ」
「少将閣下ですか、気前よくいったものですな。劣勢をいかに覆すか、楽しみでもあります」
「そいつはこれから考えるさ。リバス連隊長だ、把握しておけ」
マリーらも全て補給部隊を指揮下に置くと伝える。チョンタレスは別動隊ではあるが、南部司令官に準じた扱いになる。
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