第430話
「苦労ばかりかける。今さらだが声をあげさせてもおう」
「コマンダンテゼロ、何なりとご命令を」
「北部同盟の知事連中や、軍の者が准将に指揮されるのは不満だと言ってきておる」
――ま、それもそうだろう。潮時だ後任はラサロ大佐を推そう。
「何時でも解任を受けます。いや遅いくらいでして」
「そうではない、司令官は少将であるべきだと突き上げてきおった。儂も同感でね」
大統領でなくて悪いが任命しよう、臨時任官なのを強調した。
「まさか冗談でしょう。こんな若僧が准将でもどれだけ重荷で不相応か」
「冗談なものか! 国が傾き旗印を失い、全てを取り上げられ、それでもオルテガに対抗した。そんな貴官を誰が否定するものか!」
ことここに至っては、臨時閣僚らも承知した。最後の希望を消さないために唯一の選択をするしかないと。
「……至らない若輩者です。どうぞご指導お願いします」
「なんの立派なものじゃ。元首不在ゆえ臨時ではあるが政府代表のパストラが任じる。イーリヤ准将、貴官を少将に昇進させ、ニカラグア陸軍司令官に任命する」
空席であった席次を充て、その後の不都合も鑑みる。ついでではないがロマノフスキー中佐も大佐に昇進を認められた、副官もである。
「閣下、北部軍は諸州の協力を得て、兵力四千を確保しております。各州兵は二千、警察隊と民間警察の支持も得ております」
大まかな申告を行う。
「財政が厳しかろう」
「北部軍は二億米ドルの融資を受ける契約を結びました。内戦終結の折りには、国家資産の運用先にスイス銀行シュタッフガルド支配人を」
二億ドルの響きにどよめく。それだけあれば支払いの心配はしなくとも良いと。
「約束しよう、必ずやその人物を指名する」
「北部軍はチョンタレス連隊長を捕虜にし、チョンタレスを解放しました。現在フェルナンド大佐が支配しております」
臨時閣僚は最早開いた口が塞がらなくなってしまった。パストラが北部軍管区司令官に任じた際に、不満を漏らしたのが恥ずかしくて仕方ない。再びここにきて無礼な切り口で話始めた時に不機嫌になったことなど、自らを殴りたくすらなっていた。
「コスタリカからの越境か、まさかの運用だ。あそこにはロドリゲス少佐も配してあったが」
「マリー少佐のクァトロ部隊に協力していただきました。相変わらずのオルテガ嫌いのようで」
苦笑いする。ホンジュラスのクァトロにやってきた理由もまたそれだった、コステロ総領事とさぞかし気が合うだろう。
場違いだが携帯電話の着信音が聞こえた。サルミエ中尉――大尉が慌て出る。するとすぐにわかったと頷き島に代わる。
「閣下、ボアコ州の空軍基地がオルテガ軍に攻撃されつつあります」
携帯を耳に近付ける。
「代わったイーリヤだ」
「リベラ中佐です。閣下、偵察衛星の情報ですが、ボアコ空軍基地に陸兵が向かっております」
「情報提供に感謝する。可能ならば戦闘攻撃機を飛ばせないだろうか」
「可能です。しかし地上攻撃だけでは止められませんが」
「止める必要はない。頼むぞ」
サルミエ大尉に返し、シュトラウス中尉を呼び出すように命じる。
「パストラ閣下、ボアコ空軍基地にオルテガ軍が向かっています」
「空軍への瀬踏みというわけか、近隣部隊を向かわせても間に合うまい。機だけでも離脱してくれたらよいが」
敵でも味方でも構わないが国家財産を破壊だけはしてくれるなと祈る。サルミエが携帯を島に渡す。
「閣下、シュトラウス中尉です」
「シュトラウス中尉、イーリヤだ」
「はい、閣下。何なりと」
――幸い小規模の空軍基地だ、一機で足りるはずだ。
「緊急出撃だ。ボアコ空軍基地へ急行し、空軍スタッフを収容し離脱せよ」
「ヤボール ヘア・ゲネラール!」
詳細は管制に伝えると出撃を急がせる。説明はサルミエ大尉に一任した。
「イーリヤ少将、輸送機の出撃を?」
「Juー52改です。シュトラウス中尉ならば必ずやスタッフを離脱させるでしょう」
「ゴマの奇跡、あの操縦士かね」
勲章を授与する都合から名前を目にしたのを思い出した。
「はい。敵陣だろうが対空砲火があろうが、彼ならばやってくれます」
「地上からの攻撃が集中しては厳しいのでは?」
「そちらはアメリカ空軍の戦闘攻撃機を要請しました。今頃もう空の上でしょう」
事も無げに全てを手配した島を皆が信じられないと見詰めた。だがそれが事実だと、一時間しないうちに知ることになる。
「時代は変わりつつある。少将、これからは貴官の時代だ。無理をして死ぬなよ、責任は全て儂が引き受ける」
「パストラ閣下。自分は戦場で死ぬつもりはありません、妻に約束したものでして」
「そうだ、それで良い」
◇
ボアコ空軍基地では時ならぬ混乱が起きていた。駐機していた全ての航空機を始動させ、順次空へと飛び上がって行く。
「閣下、オルテガ大統領は本気なのでしょうか?」
副官大尉が警告を読み上げながら顔をしかめる。従わねば攻撃を加える。それ以外に解釈のしようもない短い内容である。
「俺は冗談がへどが出るほど嫌いだ。こんな下らないことをするオルテガはもっと嫌いだがね」
司令室から外を見る。小さな基地ではあるが、正規の乗員を乗せ、スタッフを可能な限り詰め込んでも数十人が余ってしまう。
「閣下、脱出のご用意を」
乗り込める機体は少なく、残された時間もあと僅かであった。先に飛び立った機が周囲を偵察している。
「部下を置いて逃げろと言うのか? 俺は卑怯者になるくらいなら、ここで死んだ方がましだ」
司令官の性格を知り尽くしている副官大尉がどうしたものかと悩む。その間も離陸は続いた。
「軍属が広場に集まっております。彼等だけでも降伏の許可を」
直接的な兵ではないので、巻き込むことを司令官も危惧していた。
「希望者の降伏を許可する」
道連れになることなどないのだ。副官大尉が命令を伝える。デスクの受話器が光り着信を告げる。大尉がそれをとり内容を確認した。
「閣下、不明機の接近です。北西から一機」
「アメリカ軍の偵察?」
「それにしては速度が低いそうで。……二機加わりました、そちらは恐らく戦闘機です」
進路から目指しているのはこの基地だろうと予測を告げる。意図は全くの不明だ。
「泣きっ面に蜂か。こちらから手出しはするな、どうせ勝てん」
「上空の機をどこに避難させましょう」
国内でもオルテガ派のところにいけば拘束されてしまうだろう。かといって中立のところでは迷惑を掛けてしまう。目下オヤングレン派など見当もつかない。
「北部軍はオヤングレン派なのだろうか?」
「オルテガ派でないのは確かです。独立路線に近い気がしますが」
部下の未来を誰に託すか、即断しろと迫られても簡単に答えは出ない。
「……閣下、飛来する戦闘機二機、爆撃機一機」
「爆撃機だと?」
何をどうするつもりなのか、五里霧中であった。
◇
「機長、到着まで十分」
副操縦士がシュトラウス中尉に報告する。操縦席の後方には、通訳の軍曹が座っていた。
「ボアコ空軍基地、こちら北部軍クァトロ所属機。ボアコ空軍基地、こちら北部軍クァトロ所属機」
応答するようにと二度三度繰り返した。アメリカ軍機と信じていた管制官が半信半疑で応答した。
「ボアコ空軍基地管制官、クァトロ所属機。どうした」
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