第429話

「チョッパーでひとっ飛びしていただきます。米軍機の護衛つきで」


「サン・ホセか」


 リバスも近いし南部からならば妥当な線だと頷く。


「サン=ジョルジュの航空管制で。報道のヘリといった扱いになります」


「手の込んだことをしたな。アメリカ軍機なら狙われるが、フランスなら躊躇するだろうよ」


 何せアメリカは敵であったがフランスは味方ではないだけなのだ。迷惑を掛ける先が違うだけで大差はない。ド=ラ=クロワ大佐の意見があるのかも知れない。


「何ならフランス空軍機を護衛につけるとキュリス大佐が言ってましたが」


 ――そっちもか。すっかり忘れていたよ。


 アロヨ中尉がにやつきながら話を聞いていた。フィリピンの時から暫く話をしていないが、グロックについてまわっているのだから、何かしら納得しているのだろう。


「いえね、オヤジがあまりに楽しそうだから」


 ――オヤジね。


「楽しく仕事をするのは良いことだ。陰気にやってるよりはな」


 そうだろうアロヨ中尉、島が同意を求める。


「こんなネタで笑えるのもイカれてるとは思いますがね。まあ概ね同意しておきましょう」


「含むところがありそうだな中尉。言ってみろ、下らない案ならば罰をくれてやる」


 グロック大佐が意外と耳を傾ける。及第点に達しなければ、基地の周辺を何度も走ることになるだろう。


「こそこそ隠れないで俺がイーリヤ准将だ! 叫びながら移動すりゃどうすかね」


 ――俺と知って害しようと言うやつはかかってこいと。なるほど面白いな。


 アロヨ中尉を穴が開くほど睨んでから、言葉の内容について考える。敵味方はっきりしない空軍の去就が解るのは効果的である。


「俺は構わんよ、面白いじゃないか」


「……ガキ共が。遊び半分で命を賭けるのは大概にしておけ」


 島とアロヨが目を合わせて、「おっと参謀長のお許しがでた」と笑った。悲壮な顔で戦いをするほど、三人とも弱くはなかった。


 フランス空母サン=ジョルジュ。甲板には中型ヘリコプターが鎮座していた。艦長が島に敬礼する。


「艦長のソンム大佐です。モン・ジェネラル、ようこそサン=ジョルジュへ」


「ニカラグア軍イーリヤ准将だ。押し掛けて済まない、この借りはいずれ返させてもらう」


「お気になさらずに。先任からも宜しく頼むと言われておりますので」


 ――あちこちに迷惑を掛けている。必ずや目的を達成せねば。


 下士官の一部は島と再会といった古株も見られた。習熟の度合いが求められる艦艇については、乗員が固定されることが多い。家族への負担が重いので志願が必要にはなるが、多くが海へと希望した。


「無駄なことをしたと言われないよう、努力する」


 たった一人、サルミエ中尉だけを引き連れヘリコプターに搭乗する。機長が後部を振り返り敬礼する。回転数を上げると艦から足が離れ、徐々に高度をます。やがて自由を得るとサン=ジョルジュの上空を数回旋回し、東へ向けて進路をとり始める。その頃には何処からともなく、二機のアメリカ空軍機が目の前を飛んでいた。


 リバス州の部隊は攻撃を加えるかどうか意見が割れていた。領空侵犯なのは確かであるが、座乗しているのがリバス臨時政府が任じた将軍だからである。逆に敵対視している勢力は、護衛についているアメリカ空軍機が気になっていた。

 噂ではリバスのパストラ首相はアメリカから見放された、そういった内容が流れていたからである。事実物資の支援が極めて少なくなっていた。


 結果として誰も手を出すことが出来ずにリバス市庁舎の屋上に直接着地した。そのこと自体を問題だと叫ぶ高官もいたが、パストラにあっさりと無視されてしまう。


「――これが最後だ」


 決意を込めて島が足を踏み出す。屋上にエンリケ・オズワルトが迎えに出てきた。


「ようこそリバス市庁舎へ。また会えるとは思わなかったよ」


「俺もまたここに来るとは思わなかった。閣下はお元気かな」


「健康ではあるよ。まあ勿体ぶることでもないからどうぞ」


 兄貴も壮健らしく何より。エンリケは事態を楽しむかのように笑っていた。


 ――夢見がちな兄弟か、離れていても絆は変わらんようだ。


 会議室に通される。そこには臨時政府の閣僚が集まっていた。パストラ首相と元からの閣僚が二人、臨時の者が幾人か。


「北部軍管区司令官兼行政官イーリヤ准将です」


 胸を張り申告する、今や彼を知らない者は会議室に居なかった。


「うむ。よくぞ来た、大した持て成しは出来んがね」


 周辺を維持するだけで精一杯だと明かす。


「閣下、自分はニカラグアの未来に希望を与えたく努力しております」


 社交辞令も何もなく、いきなり本題を切り出す。皆も嫌な顔をしたが、一切無視してパストラだけを見る。


「儂もオヤングレン大統領も同じじゃよ」


「オヤングレン大統領は何故北京に? 国交もなく、更にはあの国を頼った理由がわかりません」


 不満顔を全く隠すこともなく、単刀直入に疑問をぶつける。答えないならばそれまでだと考えていた。


「オヤングレン大統領はニカラグアを想って亡命したんじゃ」


「ニカラグアを想って? それならばアメリカなりの自由陣営に行くべきではないのでしょうか」


 共産主義国家、それも中国では話にならない。


「大統領も儂もニカラグアには外科手術が必要だと考えた。この国は病魔に深く侵されており、最早自浄作用を期待も出来ん。更なる腐敗を防ぐために、一旦膿を出しきらねばなんのだ」


「……」


 パストラが真剣な眼差しで島を見詰める。本気で語っているのは間違いない。


「儂は当初ここまでオルテガに押されるとは思っていなかった。誤算であった、そこまで腐っていたとはな」


 自嘲する、もっとましな状態と信じていた甘い見通しを。


「ではクーデターを敢えて許したと?」


 全く理解できない、そんなことをしてどうするのか。


「そうじゃ。オヤングレン大統領は政治亡命を装い中国に接近した、それを良しとした閣僚や高官も丸ごと引き連れてな」


「……」


「それについても誤算であった。八割方の者が亡命したからの」


 それがニカラグアの現状であった。情けない限りだと頭を振る。


「もしかして隔離を?」


「うむ。病の原因であるオルテガ派と、腐敗官僚を引き連れたオヤングレン大統領を除いたリバスが残された希望じゃよ」


 あまりにか細い力しか残されて居ない、笑うがよいさと目を閉じた。


 ――そういうことだったのか! 内部に巣くう輩を除くには確かにそんな手しかあるまい!


「では閣下はニカラグアをお導きいただく意志がおありで?」


「手段も何も全てを失ってしまったがな。最早儂ではオルテガを斥ける力などありはしないよ」


 閣僚らも肩を落とした。リバスの兵力など五百をどれだけ越えているか、その程度でしかない。


「閣下。自分は――クァトロは閣下を支持致します」


「コマンダンテクァトロ、貴官はこんな体たらくの儂をまだ支えると言うのか」


「閣下がそう、望まれるならば」


 パストラが椅子から立ち上がる。胸を張って敬礼した。

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