第423話

 大雑把な命令が先任上級曹長から発せられた。砲撃するならどこでも構わない、そのような意味だと軽砲兵中隊は解釈する。

 移動した先から今度は四秒に一発ずつ、それぞれが一秒ずらして砲撃を始めた。五月雨のように止むことがなく降り続ける砲弾に、歩兵が穴蔵で体を小さくし外れるのをただ祈る。それでも反撃してくる場所には、機関砲が撃ち込まれ、快速部隊からは対戦車ロケットが見当で放たれた。守勢にならざるを得ない、そのような空気が漂い始める。


 野戦築城をするにしても時間が限られ過ぎていたのはあるだろう。西側の陣地には所々に弱点が見られた。


「対戦車ロケット準備、一斉砲撃後に突入するぞ!」


 軍曹らが命令を繰り返し、傍らにグレネードも準備する。接近してしまえば恐ろしい威力を発揮する。その場を動けない側がこれに関してのみ不利になってしまう。

 クァトロ本隊で様子を窺っていたマリー少佐が、ビダ先任上級曹長に呼応する形で正面左手――西側に攻撃するよう手持ちの予備部隊に命じた。


 ――集中したらあの位なら切り崩せるぞ!


 数分だがそこに釘付けになる。視野が狭くなった、ふと我に返り周囲の警戒を喚起した。


「五時の方向に敵発見! 来ます!」


 つい皆が視線をやってしまう。山間で息をひそめていたのだろうか、百人程の部隊が本営に迫る。


 ――未熟者が、釣られている場合ではあるまい。しっかりしろマリー少佐!


「本部護衛小隊に迎撃命令。司令部を前進させるぞ」


 危急の時こそ冷静に命令を出す。肉迫されて厳しいならば距離をおけば良いだけだ。

 三倍程度の数ならば、火力次第でどのようにでもあしらえる。少なくとも経験がそう言わせた。


 指揮車両が小銃弾の射程から離れ、再度周囲を警戒する。攻撃に出している予備から一部を引き戻し備えさせた。


「護衛小隊が合流します」


 防衛線を築いて対処させている間に戦況が動いた。ビダ先任上級曹長が一角を切り崩したのだ。突入した一部が陣地を引っ掻き回す、あちこちで爆発が連続する。


「ゴンザレス少尉、司令部。敵を押さえ切れません、遅滞行動を取りつつ撤退します」


「司令部。了解」


 少数で出来ることをさせるに留める。このままでは数で潰されてしまう恐れがあった。


 ――合流までに引き払えるか? いや、そうして何が成せる。チョンタレスにそこまで戦力があるのはおかしい、七個中隊が兵力の目安だったはずだ、西に三個、正面に二個、こちらに一個ではフィガルパは一個になる。そんな馬鹿なことはあるまい、手品の種があるはずだ!


 伏兵を双眼鏡で観察する。確かに正規軍のように見える。一転して二個中隊を観察するが、中々ビダ先任上級曹長を追い返せないでいるようだ。


 ――いくらゴンザレス少尉が昔にクァトロに居たにしても、三個中隊を相手にそこそこ戦ったのはどうだ?


 陣地はマシな造りである。頭数も確かにそこに存在している、ならばどこで帳尻を合わせるか。


「眼前の陣地は偽物だ! 本隊も攻略に参戦するぞ!」


 ノロノロ動く伏兵は徒歩である、それを無視して陣地西側に移動せよと命じた。


 ――伏兵と西側中隊、陣地の幾らかが正規兵だろう。残りは素人に武装させただけに違いない。州都に二個、訓練基地対策に一個、治安維持に一個だ!


 威力偵察に過剰反応を見せたこと、西側に攻めいり易い場所を残したこと、伏兵をわざわざ置いていたこと。全てを整合させると、民間人を徴兵して陣地に詰め込んだとしたら納得いった。無理矢理にやらされているならば士気は低いはずだ。督戦部隊が少数存在していて、それを打ち破れば片がつく。


「マリー少佐、ビダ先任上級曹長。陣地内に督戦指揮官がいるはずだ、そいつを潰せ!」


「ヴァヤ!」


 無線機から力強い返答が得られた。手応えが薄い理由を諭されて殲滅を控える。


 ――ゴンザレス少尉を収容して陣地に籠るか? トラックをどうするかが問題だ、さっさと駆け抜けるのが正解だろう。


 軽砲兵中隊も軽機関銃小隊もが陣地に向かい攻撃を強める。武器を投げ出して踞る兵を脇目に、ついにビダ先任上級曹長が指揮所を押し潰した。直ぐ様残兵に降伏を勧告する。


「降伏しろ、命だけは助けてやる!」


 恐れ入った兵が両手をあげてあちこちに固まり座る。驚くことに、極めて少数だけが正規軍だったようで、百数十人が二等兵待遇で参加していた。班長すらあてがわれていない。軍服のサイズもまちまちで、急造したのが解る。

 入城したマリー少佐にかいつまんで報告する。軍曹らには西側の防備を固めるよう命じて。


「そんなにか!」


「どうやら家族を人質にしているようです」


 離反可能性が低いから、督戦部隊が少なかったと推察出来た。


「下衆の所業だな。捕虜にも出来んが処分も出来んぞ」


 むむむ、と重荷を抱えたことを思慮する。彼等にしてもクァトロに従うわけにも行かず、解放されても困る。


 ――分かれ目だ、見捨てるわけにも連れても行けず、然りとて補給はこなさねばならない。待てよ、陣地を守りつつ補給をするには戦力が足らないなら、こいつらを使えば良いな!


「ビダ先任上級曹長、二百人でこの陣地を死守出来るか?」


 俺が補給を済ませて戻るまでだ、期限を切る。無論主力は彼等であり、交換条件は家族の解放である。


「やれと言われれば何でもやります。家族はこの先の村です」


「補給物資が諸般の理由で欠減したと、先方には伝えておくよ」


 山とある物資で二等兵らを再武装させようと、ビダに使用の許可を与える。


「ゴンザレス少尉が戻るまで自分が指揮します」


「奴の補佐を頼むよ。ああいう好漢には長生きしてもらいたいからな」


 顔料をべったりと塗りたくり、肌を露出させていないマリー少佐が捕虜の前に出る。


「捕虜諸君、君らに一つ提案がある。我々がこの先の村に行き不埒者を成敗するまで、この陣地を守り通して欲しい」

 呼び掛けの意味が今一解らず首を傾げる者がいくらかいた。

「捕虜は同道しないし、処刑もしない。もし戦えないならば解放しよう。だがそうなれば、君らも困るはずだ」


 脱走ではなく解放では転向を疑われる。また幾人かだけ解放では、逃亡の嫌疑が掛かってしまう。


「どうせどっちにしても、俺達は死ぬだけだ。家族を助けると騙して戦わせるつもりか?」


 体格が良く、胸の筋肉が盛り上がっている青年が吐き捨てるように言う。農業で自然とついたものだとマリー少佐にはすぐに解った。何せ子供時代、周りの大人は大抵そうだったからだ。


「約束を反故にはしないし、おいそれと戦死させるつもりもない」


「口ではどうとでも言えるさ。あんたらリバスの政府がいっぱいになってるのはわかってるんだ」


 余計な戦いをしている力など無いだろう、そう指摘する。


「どうやら君は認識を誤っているな。我々は北部軍だ、チョンタレスにまで出張している。目的はその不埒者の排除だよ」


 守るべき順番はあるがな、そう呟く。国土の南部になぜ北部軍とやらが居るのか、余計に信用出来なくなってしまう。


「だからって変わりはしないだろ、あんたらの何を信用しろってんだ!」


 包み隠さない胸の内なのだろう、言いたいことが痛い程良く理解出来た。


「我々はニカラグアの未来に希望を与えたいと命を張っている。ボスがそう願い、信じる道を行くのに従うまでだ」


 指揮車にある軍旗を持ってこさせる。命を預かるつもりなのだから、明かせる部分を明かしてしまう。


「北部軍第四コマンド・クァトロ司令マリー少佐だ」


 引き継いだ司令旗を拡げて示す。すると意外な反応があった。


「ん、そいつは文具屋のロゴ?」

「いや、教材のメーカーじゃないか」

「絵本にあったな」


 ――な、なんだ?


 マリー少佐が怪訝な表情を浮かべた。通信伍長が耳打ちする。


「あれは教育局の地方補助品につけられたマークです。ニカラグア全国に出回っています」

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