第422話
声明が発表され、各司令部が待機に切り替わる。司令官は方針を決めるため額を寄せて参謀と協議し、兵に召集を掛けた。
一方で警察大臣は大統領に猛抗議を行った。治安維持権限を上書きするのになんら相談も説明も無かったと。緊急事態だからこそ話し合う、緊急事態だから大権を行使する。共に一理あった。
遠く北京に居るオヤングレン大統領は気付かなかったが、リバスのパストラ首相は素早く察知し眉を寄せた。歯車が回り始めたと。
◇
「では始めるとしようか、補給戦をな。軽歩兵中隊、フェルナンド大佐の部隊に接触をはかれ。第四コマンドは、トラック中隊の護衛だ」
ロマノフスキー中佐の命令が伝えられる。司令部は分岐路の南側、第四コマンドB中隊の後ろに置かれた。一方で前線の指揮は第四コマンドのマリー少佐が執る。それでいて表面上の功績は部下の大尉らのものなのだから、場合によっては任務を放棄する者が居てもおかしくはない。
村の手前にある高地に足場を組んで、監視班が一個残っている。有線で司令部と繋がっていて、先行部隊が村を通過するのを伝える。
「軽歩兵中隊が村を北進、妨害はありません。地元警察も黙って見ているだけです」
――今更騒いでもどうにもならんからな。基地までは一時間位か。
第四コマンドA中隊。つまりはクァトロ部隊は兵を増員して、二つに割っていた。訓練中の者はチナンデガに残してきている。それでも三百人近い数をほこり、八つの小隊に軍曹を置いて中隊を編成していた。中隊長の代理がゴンザレス少尉であり、かなり変則的な形になっている。
二十分の間をあけて、マリー少佐が移動を開始する。トラックを包むようにして、歩兵を乗せた車両が周囲を警戒した。
搭乗率百パーセントの完全機械化部隊。対戦車能力や装甲こそ低いが、機動力はニカラグア国内で恐らくは最高である。分厚い筋肉より素早い足を求めたのだ。
「先行部隊、我交戦を開始す!」
封鎖されていた一般無線が使用された。障害排除のための開戦権限を大尉に与えてあったので、敵軍に誰何されるなりしたのだろう。案の定「警らに停止を命じられたのでこれを殲滅」報告が遅れてもたらされた。殲滅するも警報を出されたのでこうしたとも。
――ここから先は目を配ってもあまり口出しはせんことだ。マリーならば上手くやるさ。
綻びが出来たらそれを埋めることだけを注意し、進捗に関しては前線司令に任せる。経験を積ませいずれは一人で指揮を執れるようにさせるためには、過保護ではいけない。
「L中隊、斥候と接触に成功」
無線が漏れているので軽歩兵中隊がL中隊と自称する。第四コマンドがAとB、トラックがTで牽引砲兵がC等と頭文字を利用することにしていた。
――早いな、フェルナンド大佐もアンテナを外に張り出していたわけか。
「前線司令より通達、フィガルパより戦闘部隊が接近中、警戒せよ!」
チョンタレスの州都であるフィガルパ、そこから部隊が出撃した。中隊が一つなわけがないので、恐らくは大隊規模が向かっているはずだ。
――来るか。歩兵が中心の敵に簡単には捕捉はされまい。機甲が現れたときが最初の危機だ。
「ブッフバルト大尉、対戦車部隊の急行準備をさせておけ」
「ヤー」
傍に居たが今のいままで全くと言って良いほど喋らなかった彼に、初めて命令が下される。副官任務を棚にあげ、いずこかへの増援を指揮するために敢えて外していたのだ。
それとてやはり部下が功績を挙げたと記録される予定である。
――既存の戦車ならばどれが現れても撃破可能なはずだ。新型車はマナグアだろう。もしそうなった際に何らかの解決策を必要とするな。
本来は戦闘部隊の指揮官らがそれぞれ考え対処をするべき問題である。出来なければ苦い経験を積むわけだ。それでも死んでしまえばそこまでなので、上官としては一定の被害で食い止める手段を用意しようとする。
細かい報告が幾つか続き時が流れる。フェルナンド大佐が物資の受領を承諾した、そう聞かされた。
「前線司令、前線部隊。T中隊がベースに向かう、連携を強化しろ」
縦割りの中隊組織が隣接する部隊とも密に連絡をとり始める。指揮官だけでなく、班までもが大まかな状況を知る。これは諸刃の剣で敵も同じく把握してくる、それと知って見逃すようならば野戦指揮官は務まらない。
「敵中隊視認、戦闘車両確認!」
少し離れて塹壕から辺りを窺っていた兵士が無線に叫ぶ。詳細より発見の一報がより高い値を持っていた。
――いよいよだ。ここから先は出たとこ勝負だぞ!
腕を組んで目を瞑る。戦闘そのものなどは中佐が関わるべき事柄ではない。ニカラグア全土の状況や、戦域以外の部分に考えを巡らせる。
――どのタイミングで兵を退くか、何を以て整合させるか。順調さが逆に怖いとはこいつだな。
何か命令は無いのかと通信兵がちらちらと中佐に視線を送る。それに気付き一言「何かあるまでは待ちだ」戦いが始まっているのに、何かとは何なのか、通信兵らにはまだまだ理解出来ない一言であった。
「少佐、敵は三個中隊です」
無蓋の大型ジープに無線を増設した指揮車両に鎮座しているマリー少佐に、通信軍曹が報告する。滑舌がよく語彙が多いニカラグア人の若者を現地採用していた。
――軽歩兵中隊だけではちときついな。こちらから予備を回すか? いや、正面から戦う必要はない。
「遅滞行動をとらせろ、牽制だけで構わん。捕捉されないように注意させろ」
「スィ コマンダン」
語尾が消え入るような発声がすんなりと耳に入る。第四コマンドの偵察が小部隊の接近を警告してくる。
「ビダ先任上級曹長に対処させるんだ」
一つか二つ武装ジープを送れば終わるだろうと部下に預けてしまう。動いている限りは砲撃も大した心配にはならない。
――敵だってトラックを見たら目的に気付くだろう。思い切りが良ければ訓練基地の方がより危険だな。
高低差がある山間の村々と言えばそれに近そうな風景が過ぎ去る。ゲリラ活動にはまさに打ってつけだ。
「少佐、訓練基地との間に敵が布陣しました。二個中隊。更に三個中隊がそちらに進路を切り替えました」
「随分とやる気を出してきたな。迂回路はどうだ」
各所に散った偵察に報告を促す。対処するだけならば穴がありそうだが。
「支道にも障害を置いて通行を妨害しています」
――邪魔は少数だとしても、近くで足を止めたら罠に掛かりそうな臭いがするな。合流を阻止して二個中隊を強行突破だ!
「ゴンザレス少尉、武装ジープ分隊四個と機械化歩兵小隊二個を預ける、敵三個中隊の動きを妨害しろ!」
「機械化歩兵にAT3対戦車砲を追加携行させます!」
打てば響くような答えを返して、少尉は部隊を割って北西へ進路をとった。次いで軽歩兵中隊に合流を命じる。
「軽砲兵中隊に前進命令だ。軽機関銃小隊を待機させておけ! ビダ先任上級曹長、お前が突破の指揮を執れ」
強引な動きをする時には常にマリー少佐に指名されてきただけに、今回も勢いよく承知した。
「陣頭指揮、お任せ下さい! 榴弾を使わせて貰います」
機械化歩兵に予備から対人榴弾を余分に装備させる。地域を面で制圧するのに有効な武器だ。ある程度の接近を必要とするが。
――敵も馬鹿ではない、効果的な布陣をしているはずだ。フェルナンド大佐の反応が気になるが、独力でやらねば!
チョンタレス連隊は治安維持、クァトロの妨害、フェルナンド大佐の警戒、そして州都の防衛までやらねばならないのだ。兵力を一つところに振り向けるのには、自ずから限界がある。
「公道で交戦開始」
先行部隊が威力偵察を始めたと報告が入る。新兵が多いのか、過剰な反撃が行われたそうだ。
――戦いなれなぞしているわけがない。経験の差を活かせば隙をつけるはずだ!
反撃により重火器の位置が簡単に露見してしまった。座標を指定し、前進してきた軽砲兵中隊に砲撃を要請する。
山の影に隠れて設置した迫撃砲から、スポンスポンと次々砲弾が放たれた。一分間に二十発、やや急ぎ目に撃つとそそくさと撤収準備に入り、どこかへと場所を移してしまった。
「弾着確認。重機関銃陣地で混乱が発生、被害確認中」
砲隊鏡分隊――望遠鏡を抱えた観測分隊が土煙が舞う敵陣をじっと観察している。そう簡単には沈黙しないように援蔽してあるはずだ。
武装車両からも砲撃が始められた。四台だけ二十ミリ機関砲を装備させてあり、あとは十二・七ミリとそれ以下を据え付けてある。
公道にバリケードを三重に設けてあり、左右には壕が巡らされていて、それを越えては簡単に進めない作りになっている。まさか公道に地雷を仕掛けはしないだろうが、それでも正面突破はかなり厳しい。
ビダ先任上級曹長が率いる機械化歩兵が西側に大きく膨らみ進路をとる。一旦戦域から外れる位にだ。西から味方を引き入れるつもりならば、そちらには通路が残されている可能性が高い。
「敵陣へ再度砲撃を行え!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます