第421話

 山間の内陸部は驚くほどの人口密度の薄さが特徴的だ。十平方キロメートルあたり四人程度、つまりは一家がぽつりとたまたま住んでいる位なのだ。アフリカの草原や、砂漠地帯、ロシアの凍土あたりよりはまだましだろう。

 進路に民家を発見した偵察部隊が、小銃を肩にし扉を叩く。怯えた顔で主人が出てくると、伍長が「本日演習があるので外に出ないように。演習の事実も明日になるまでは口外してはならない」警告した。承知するしか無い主人に、車から食料品とタバコを一箱持ってこさせ、渡してやり「家族でゆっくり過ごせ」飴と鞭を使い分けるのであった。


 フェルナンド大佐の訓練基地は場所が解っている。そこに居るかどうかは解らないが、わざわざ拠点を捨てる意味が無いので、恐らくは強化して利用しているはずだ。衛星や航空偵察があればあっさり判明するが、ニカラグア軍ではそれを望めない。


 ――ボスから指摘が無かったんだ、つまりは空振りは無い。あるとしたら直前に消える時だ、そいつは俺が何とかする役目になる。


 アンダーソン少佐が連絡将校として、コスタリカ北東部に出張って来ている。無論その事実は極めて少数にしか知らされていない。


 北東部全体には行き渡らなかったが、補給部隊には車がきっちり宛がわれている。ジョンソン少将の差し金でもあるが、せっせとエルサルバドルで購入したものも混ざっていた。装甲バスもそうであるが、相応の装備と言うのは存在する。


「第四コマンドB中隊が退路を確保しています」


「うむ。牽引野戦砲中隊に、退却援護用の砲兵陣地をこのあたりに設けておくよう命じておけ」


 自走にするほど予算は無く、積載設置するほど口径が大きい必要が無い。思案の末に牽引を選択した。精度は高く設置時間も短いので、かなりの支援火力が期待できた。移動先を選びはするが、これがあれば撃ち合いに負ける気がしない。

 ミサイル積載車両も検討してみたが、あれは瞬時に圧倒するのと歩兵を恐怖させるのに有効であって、遭遇戦にはあまり向かないと結論した。何よりミサイルが高すぎるのだ。


「軽歩兵中隊が副司令官殿に直通を求めております」


「繋げ」


 簡潔に応答する。前衛がそう言ってきたなら、集団が居たのだろう。


「副司令官、チョンタレスの警備中隊を捕捉しました。本隊より北二十キロ地点、ルートの変更を具申します」


 ――北東回りで回避は可能だな。挟まれないように分岐路を押さえておかねばならん。


「そうしよう。大尉は監視を残して北東部のルートを先行しろ」


「ヴァヤ!」


 出力が小さい無線を中継しながら交信していた。途中一ヶ所でも故障したら分断されてしまう不都合はあるが、相手に筒抜けになるよりはマシだろう。


「第四コマンドを」


 すぐに司令が応答する。無線を傍受していたなら黙っていても適切な命令を出すだろうが、補給部隊はクァトロではなく北部軍なのだと、きっちりと手順を踏むことにする。


「第四コマンド、マリー少佐です」


「この先の分岐を敵に獲られては退路が遮断される。確保しておけ」


「畏まりました」

 すぐに通信を切断する。きっと軽口で部下の笑いをとりながら命令しているだろう、ロマノフスキー中佐は小さく口角をあげる。


 ――あちらも始まった頃だな。後援国の大使館や公館に、まさか激しいデモがかけられるとはオルテガ大統領も思うまい。軍に蹴散らせと命じさせ、警察との対立を煽るなど、エグい手を考えたものだ。


 実際に考えたのは島であったが、実行はグロック大佐が担当していた。参謀長になっての功績を示すためでもあるが、弾除けとしての役目を買って出たからが大きい。司令官が非難の的になっては替えが効かないが、グロック大佐ならば野戦司令官への配置替が可能だからだ。


 ――誰のためというわけではないが、難儀なものだな。味方の批判すら考えながらやらねばならんのが、こうも面倒なものとはね。


 北部地方の住民は今の暮らしに多少の不満はあったにしても、サンディニスタ政権時代に戻るのは拒否した。地方は搾取されるだけで未来は明るくはない。オヤングレン政権では、働いた分だけ稼ぎが増えたのが最大の理由である。


「偵察が村を視界に収めました」


 ――そこから先は何をしようとも伝わる。機が熟すのを待つとするか。


「本隊が待機出きる場所を確保させろ。偵察は市民に気取られるな」


 人の数はそのまま目の数に比例する。あちこちを見る数が増えれば、動きが露見する確率もまたあがるものだ。軍兵でなくとも不審な集団が居たら誰かに話をするだろうから。




 主要な都市に設置されている公館、特にロシアと中国のそれを囲むようにデモ隊が集まっている。たったの数人のところから、百人を越すような場所もあった。

 公館自体は治外法権が成立するが、周囲はニカラグア警察が警備の責任を負っている。これは世界共通の約束であり、軍が通常警備を行う国は比して少ない。


「外国はニカラグアに干渉するな!」

「汚い情報操作を止めろ!」

「我々の政府は我々が決める!」

「ここはお前たちが蓄財するための場所じゃないぞ!」

「くたばれイワン!」



 激しく罵倒され、更には一部が投石を行い窓ガラスが割れるなどして、ついに政府に抗議した。すぐさまオルテガ大統領にも通報の内容が知らされると、軍に対して鎮圧を命令するよう側近に指示する。

 オルテガ政府に含むところあった警察は、各所に警官隊を先行させてデモ隊を囲い、拡声器で投石を止めるように警告した。だがデモ自体は届け出を受理していたので咎めようとはしなかった。

 そこへ軍が到着し、デモの解散を命じるが警察が阻止し、にらみ合いになってしまう。


「貴様ら、これは大統領命令だそこを退け!」


 軍の将校が命令を遂行しようと迫る。警察も黙ってはいなかった。


「こちらも警察大臣命令だ、デモは届けを出した正規の活動で解散を受け付けない。軍が行政権に干渉するつもりか!」


 上からの命令は警察も同じだが、用意が良く署長の命令書を携帯していた。一方で軍が大統領に命令確認するわけにもいかず、凄むしか方法がない。


「強行排除をするぞ!」


「それはオルテガ大統領が警察組織の支持を棄てるという意味か! 我々は法を守護する指導者を戴くことを要求する」


「くっ……」


 勝手に警察全体を敵にするような行動をとるわけにも行かず、司令部に現況を報告するに留まる。一部では軍によりデモ隊が拘束され、暴動の一歩手前になっている地域まで現れてきた。

 軍事委員会は危険な兆候だとして急遽会議を行い、ニカラグア自治大学学長に名案を出すように求めた。警察と軍の勢力争いがこうまで拮抗するとは予測しなかったが、混乱に拍車が掛かったのは間違いない。軍の会議室が爆破された時、ルビコンを渡ったのだ。


 対抗措置として命令書を現場に送った司令官は更迭に値するだろうか。速やかな処置を怠ったとして。

 混乱に乗じて反政府勢力が相乗りしてきたのだ。これにも十二分に裏があり、グロック大佐の影がちらついていた。その手配については島も知らず、報告を受けてから大佐をじっと見詰めたものだ。


 民衆は馬鹿ではない。これだけの騒ぎが偶然に起こったなどと受け止めはせず、更なる嵐の前触れだとあちこちに避難したり自宅に閉じ籠り出す。ラジオでも臨時のニュースが流され、危険水域を越えたとオルテガ大統領が判断した。


「軍は速やかに社会秩序を取り戻し、平穏をもたらすよう最善の努力をする義務がある」

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