第419話


「北部同盟内にも仕掛けるわけだ」


 それにより同盟内部の意思も鮮明に浮き上がらせる、期に乗じて一気に作戦を実施すれば、終わった頃には起こりを問うものも口を閉ざしているだろう。


「民衆の心理を煽るわけですな」


「なんだ聞こえが悪いな、呼び水を少しだけ垂らす位の話だろ」


 放置できない類いの手を思い付くも、どうしたら火が着きやすくなるかは掴めない。


「ただの騒ぎで終らないように、少々研究が必要です」


 珍しく経験が無かった分野らしく、あのグロックが弱気を見せた。


 ――鬼の霍乱は二度続かんな。


「スフラーフェンハーへに心強い助言者が居るよ。甘えたことを言えるなら二重の意味で」


 オランダ語を理解はしないようで目が説明を求めていた。


「伯爵の生け垣、オランダのハーグにルッテ社会心理学教授がね」


「それは最適な人材ですな。ですが二重の意味とは?」


 考えても答えには迫れまいと素直に尋ねる。


「ルッテ教授は元公使だ。いやはや星の巡り合わせだね」


 敢えて大きな挙動でわざとらしく驚いて見せる。他人に頼るべきではないので、おまけなのを強調して。


「首尾よく良い返事が得られるとして、誰を使いに出せば?」


 無関係な人間が行っても信用は得られないと、面識ある人物の推薦を求める。


 ――うーん、レティアには頼めんな。かといってルッテ教授と面識がある奴は居ない。アンネの記憶を頼りにして、一つ証を持たせるか。


「エーン少佐がルッテ教授の娘と面識がある。合言葉は、チャイニーズかと思いましたがニカラグアでしたか、だ」


 父娘共に通じる便利な言葉だと教えてやる。仮にその言葉だけ知られても何についてかは全くわからないはずだ。


「畏まりました。後は現場の知恵次第です」


「すると俺とお前は別の何かを準備するのが仕事になるな。想像の翼を広げて臨んでくれ」


 若者達の働きぶりをつぶさに見届ける。そのために影ながら弱点を補強する役目が二人には待っていた。グロック大佐が去って毎度の奥の手を考える。


 ――まず何に困ると破綻だ? 学長に面会できないとそもそもが徒労だな。彼が決行時に大学に居るべき理由を作っておいてやるか。


 備忘録にメモをする。居場所さえ分かっていれば後は現場の働きで結果が決まる。大学なのだから閉鎖はされないだろうし、厳しいチェックもされない。


 ――補給についてか。フェルナンド大佐に渡りをつけるのはロマノフスキーの役目だ。コスタリカへの配備替えも、実戦も。後方支援の為にチナンデガを離れている間の職務の面倒はこちらだな。


 移動用の船をどうするか、そこは確認しておこうと記録した。


 ――実際に戦いになり、立ち行かなくなったとして、アメリカの空爆以外で速効性がある何かを用意してやりたい。隙を作る程度で構わないから、チョンタレス連隊を惑わせる何かを。


 地図を取り出して何か閃かないものかと眺めた。


 ――州都が湖沿いにあるな。補給が陽動だと思わせれば反応が鈍くなる箇所も出てくるか。水上からフィガルパに奇襲を仕掛ける演出はどうだ。


 湖自体かなりの面積なので、行きは容易だが引き揚げに難があると結論付けた。当然水上部隊は向こうにもいるだろうし、マナグアからもやってくる可能性がある。


 ――我ながら悪どいが、帰路をリバスへ向けてしまえばパストラ首相も沈黙のままとは行くまい。動かない理由はわからんが、閣下は諦めてなどいない。


 モーターボートと船上兵器の一式、輸送の手配をメモする。使わなければ隠しておくか、さもなくば何かの餌にでも使うつもりで詳細を決めようと、方針だけを固めておく。


 ――ニカラグア空軍や海軍の動きも注意しておかねばならんな。俺がやるべきは引き込むことではなく、局外中立を確立させることだ。海軍ならばごたごたで精鋭を損耗することはないだろうが、空軍はスタッフを避難させる手段が無い。


 軍図のフィルムを地図の上に被せた、どこに何があるか一目瞭然になる。内陸遥かに遠くではどうにもならないが、州の際にぽつりとあるような基地ならば、強行脱出も視野に入る。


 ――空軍スタッフは中央駐屯地以外なら二十人程度か。軍属が幾らかいても三十人までだ。二種類を用意できればだな。


 まずは確実な線から一つを押さえようと受話器を上げて、ボタンを押す。遠くにコールしているせいか、音量は同じでもやけにか細く聞こえてしまう。


「ハロー、タンガニーカフライトです」


「アメリカ大陸からだ、変な時間だと悪い。シュトラウス社長は居るかな、イーリヤだ」


「閣下、少々お待ちください」


 ――そういやそうだな、必要な時だけ声を掛けるとは、何とも現金な奴だ。


 ハンガーに居たらしく、取り次ぎに暫く時間を要した。ようやく保留が解かれると、懐かしの声が聞こえた。


「シュトラウス退役中尉であります」


 事態を知るわけもないが、彼は直感してドイツ語でそう名乗った。島も見えるわけも無いのに頷いている。


「ニカラグア陸軍イーリヤ准将だ。貴官に頼みたいことがある」


「ヘア・ゲネラール! 何なりとご命令を」


 ドイツ軍に准将の概念がないので、単に将軍と応えた。もう五十歳も半ばになるのだろうか、それでも力強さを感じさせた。無関係の人物を際限なく巻き込む、良くないと解ってはいても私情を捨てて突き進む。


「Juー52を指揮下に加えたい。ニカラグア空軍基地からスタッフを離脱させる可能性がある。撃墜の危険が付いて回るし、ニカラグア国籍がなければ捕虜にも死体にもなれない。更には全てを成功させても公の名誉は獲られない、それでも構わないと言うならば返事を貰いたい」


 妄言も良いところで、一笑に付して電話を切られてもおかしくはない。一瞬の沈黙がやけに長く感じられた。


「ヤボール。数ヵ所を経由して速やかにニカラグアに向かいます」


「済まない、シュトラウス中尉。会社への補償はする、それと四ツ星の印を塗装しておいてくれ。クァトロの所属だ」


「畏まりました。準備が整い次第報告致します」


「北部軍管区司令部に、俺か副官に直通させる」


 受話器を置いて空軍基地に連絡をつけられるよう、事前準備が必要だなと呟く。


 ――後一つはチヌークか、あれ一機で北部軍の給与の一年分以上何だから恐ろしい。貸せんと言われたらイロコイを五機だが、そうなると今度はパイロットが不足しそうだ。


 心配を打ち消す種も消えないものだ。嫌な気持ちではないが、果てしない何かを感じる島であった。



 護衛代わりに運転手を連れ、オルテガ大統領は見慣れた邸宅にやってきていた。何十年と前から訪れている場所である。入口に二人の兵士が立哨しているが、全く視界に入っていないかのように振る舞った。

 ライオンの顔を象ったドアノッカーをゴツゴツと鳴らす。新築する際に自身が贈ったものだ。


「はい……あらお義兄様」


「エレーナ突然すまない、ウンベルトに会いに来た」


 夫を軟禁している張本人ではあるが、義兄であることに変わりはない。応接間に通して夫を呼びに行った。


 ――今日のコーヒーはやたらと苦く感じるな。


 ばつが悪いのもあるが、事実少し苦めだったのもあった。飲み食いで楽しむにしても、肥満しないようにと夫人が気を配っていたからだ。五分ほどでウンベルトがゆったりとした私服姿で現れた。


「閣下、お忙しいでしょうにいかがされましたか」


 よいしょと掛け声を発して椅子に収まる。


「そう私をいじめるな、今日は大統領ではなく兄としてやってきた」


 苦り切った顔で弟を宥める。ここに来てまで余計な仕事の話はしたくない。


「ふむ……兄上がそう仰有るならば、そうしましょう。どこか体調不良でも?」


 何か心配事を愚痴りにきたなら聞いてやろうと態度を改める。話し相手が欲しかったのはウンベルトも同様であった。


「心の病だよ。私は良かれと思ってやってはいるんだがね……」


 ――兄上も大分参ってきているようだな。イーリヤ准将は確りとやっている、パストラ首相もギリギリでよく持ちこたえているしな。


「十人居たら十の考えがあるものですよ。全員が幸せになるなど、世界中どれだけ歴史を遡っても無いことです」


 それは歴とした事実である。人は常に幸せと不幸せを両手に抱えて生きているのだ。人を国に変えてもそれは変わらない。


「無駄なことをしていると?」


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