第418話
「大学の所管は?」
「経済・教育省」
「すると軍ではなく警察が警備をしている?」
「派遣衛士がしている」
――警察が軍に優位を保てる場所を簡単には譲るまい。学長を切り崩すのに必要なことは何だ? 政権が替わっても学長は変わらずそこに就いている、その理由を考えろ。
「学長の詳細はわかりますか?」
そこがわからなければあちこちに考えが散ってしまう。ロマノフスキーも欠けた情報を補完すべきだと、グロックに視線を向ける。
「大まかには。元弁護士で五十代後半で、キリスト教徒のメスチソ。ニカラグアの安定を模索する穏健派。政府のイエスマンとも言えるな」
――知識が豊富な庶民か! 天秤が傾いた側に乗るならば、使わない手はない。刺すのは何も弾丸や刃だけではなさそうだ。レジオンと言えば多国籍が売りだ、大使レターとセットで千客万来といこうか。同時に反対を跳ねるわけだ、サンディニスタ運動の軍事委員を数人だな。
「考えてはみましたが上手く行くと思えません」
余りに好都合な内容ばかりが連なるものだから、自身ですら納得行く話ではなくなった。
「それを何とかするのが俺だ、ぐだぐだ言わんと話せ」
歯切れの悪い喋りをするなと叱責されてしまう。
「補給の情報を察知すれば軍事委員が集まり対処を軍に命じるはずです。その委員を数人処分。同時に学長に大使レターを持たせた外国人を複数面会させ、国際的な反応を伝える。軍の活動を抑えさせ内戦を戦争から政治闘争に向きを変えさせる。言っていて妄想が激しいと思いますがね」
補給戦自体を一種のトリガーにして、全く別の結果を産み出そうと道筋を設定した。これが上手くいくなら世界の紛争が半分になるだろう。
「チョンタレスの連隊長に戦いを控えるよう呼び掛けさせる、ですか。重石の使い途ですがね」
犠牲者は絶対に出るが、頂点が悔しさを飲み込めば被害は双方少なくなる。
「荒唐無稽ではあるが、結果政争に向かうならば文句は無い。無茶を実現させるのが仕事だからな」
必要なパーツが足らない、それを何とかしたら形にしてみようと頷いた。霞を掴むかのような話をどうして実行する気になったのか、島もよく解らなかった。だが目標を決めて突き進む、そう考えただけで気分が軽くなったのも事実であった。
◇
時は流れるもオヤングレン大統領は積極的にニカラグアに介入して来なかった。パストラ首相もリバスを堅持するだけで、これといった方策を実行しない。最早そこに何らかの意図があるのは明白であった。
オルテガ大統領は首都を固めてジワジワと周辺に影響力を強めている。中でもレオンはがっちりと握られ、北部に対する壁を意識しているように見えた。
「司令官閣下、遅くなりましたがようやくやってきました」
下準備に手間取りまして、微笑を浮かべ敬礼する。
「過剰な期待を寄せてすまんな少佐。ラブレターが届いていたよ」
デスクから離れて握手を求める。本来ならばこのような場所に居るべきではない義弟に感謝を述べた。
「避難組の有力者がこぞって協力を承知してくれました。スレイマン氏の前例も助けに」
かつてクァトロのシーマ中佐に投資をし、祖国を取り戻した男。首相の側近として常に意見を上げ続けたスレイマンは、マイアミでは有名人であった。
「資金も有り難いが、その人脈が穴を埋めてくれそうだ」
「お役に立てたようで何より」
まあ座れとソファーを勧める。付曹長のリュカは遠慮してハラウィの後ろに立ったままだ。
「7号公道に隠し陣地を複数構築してあります。マナグアから東回りで進攻してきたら、それなりの被害を与えられるでしょう」
「ドゥリー中尉の仕業か、あいつらは何かを作るのが好きらしいからな」
エーン少佐の壕を思い出して呟く。外国人としての仕事がここまでと考えているハラウィ少佐が麾下に組み込むよう申告した。
「外国人義勇軍は北部軍の指揮下に入る準備が御座います」
「そいつだがな、もう一つやってもらいたいことがあるんだ」
サルミエ中尉に書類用意が可能な国のリストを持ってこさせる。一別して後ハラウィ少佐に渡した。
「……資本主義国家ですか」
「今は数を優先した、選別は後にしてね。国籍保有者が居たら作戦に使いたい」
「将校である必要がありそうですね」
重要な役割を下っぱには任せるはずもない。そしてその時だけのぽっと出を信用するわけにもいかない。
「ワリーフのところが最大の供給源でね」
クァトロにも少しは居たが、と付け加える。
「是非お任せください、自分が直接担当します」
「頼りにしてるよワリーフ。マナグア自治大学学長に、軍の方向付けを穏和にし政治闘争を主流にするよう働きかけてもらいたいんだ」
グロック大佐が全体を詳しく把握しているとも加えた。
「全てが収まりはしませんが、決戦が一度だけで済むならば」
「戦争は外交の延長ではなく、交渉の一部だよ」
相手が乗らなくとも行使できる便利なカードだ、多大な損害が出てくるがね。つまりはここだと感じた時に仕掛ける可能性もある、そう示す。
「誰しもが無傷では済まないし、全員が幸せにもなれない。それでも多数の未来を賭けてやらねばなりません」
「気概は買うが一つだけ覚えておいて欲しい。全ての責任は俺が取る、勝手にお前が負うなよ」
上手くいかねば無茶をしかねないので、やってダメでも気にするなと明言しておく。
「義兄上も単身で責任を負うのはお止めください。我々将校団もそれぞれが国の代理人です、そこをお忘れなく」
「――頑固なやつだ」
相好をくずしてぽつりと漏らす。それは自身に向けた言葉でもあった。数日後にグロックが島の執務室にやってきた。小脇にファイルを抱えている。
「俺のサインでも欲しくなったか」
「一世紀後に価値が出るようなら、子孫に残してやりますが」
「白紙の方がまだ使い途も多いさ」
報告書を机にしまい話を促す。やけにしっくりと来る相手だとリラックスする。
「例の大使レターですが、あらかた揃えました」
ファイルを開いて机に広げる。各国のそれが綺麗に並んでいた。
「なんとまあ公印つきまでか。とんだペテンだな」
「多くは領事レターで無印です。数より質の部分はあるでしょう」
信用度が高いならば、ペラペラの紙を幾つも並べるより一枚が重いのは道理だ。最重要のロシアと中国のモノはやはり無かった。
「学長の件も補給も心配はしてないよ。軍事委員の処分については?」
ふと出た案件であり、何かを工作するには期間が短すぎる。ましてや場所が場所であるので、侵入も困難だ。
「委員会が開催される会議室で爆発が起きます、半分は死傷するでしょう」
「仮に被害が少なくても警告にはなるか」
――事前に除去されたとしても、事実は残るな。やり方は聞かないことにしよう。
「あらかたの人員も義勇軍から志願を受けました」
「足りないものは何だ」
それを埋めるためにわざわざやってきたのだろう、さっさと話を進めろと促す。
「北部同盟の強い主張です」
――む。確かに州境を閉ざし嵐が過ぎるのを待っている状態では、これといった主張は伝わらない。かといって今更で平治に乱を起こすようなことを勧めは出来ん。後の先手を取れと言うことか。
「俺の国では全く見掛けなかったが、世界ではよく見掛ける」
「……」
目を細めて島が何処に辿り着いたかを想像する。
「デモをするとどうだ。警察に申請するなら合法だろ」
別に非合法に拘りはしないと笑う。民主国家でもそうでなくても、これは有り得る。
「官製デモですか。ロシア大使館、中国大使館、各地の分室事務所に仕掛ける」
オルテガ大統領は火消しに躍起になるだろう、中国大使館への対処如何で別の部分が見えてくるかも知れない。警察の市民への態度で瀬踏みも行えるし、軍が出張ってきた際の反応は貴重な情報になる。
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