第417話

「規模や思想はまちまちだが、敵の敵は利用すべきだ。我々はこの勢力」地図の右下にあるピンを指で弾き「こいつに武器や食糧物資を供与して、マナグアへの頭痛の種を育てることにする」


 リバスの東北東、つまりはチョンタレス山中に潜むネズミだと説明した。追う側も隠れる側も山岳は厳しい、ならば役目で嫌々な追跡は成功する可能性は低い。


「確かフェルナンド大佐は対クァトロ連隊長でしたね。こちらの話を受け入れるでしょうか?」


 マリー少佐が過去を振り返った。ホンジュラスにまで攻撃を仕掛けてきた部隊がそれだったと、確執を指摘する。


「この際は大佐の感情は関係あるまい。勢力として物資は絶対に必要だ、指導者ならば何が大切かの判断を誤りはすまいよ」


 それに北部軍が嫌ならば、チナンデガのノシをつけてやれば良かろうと枝葉の問題だと切り捨てる。何が大変なのか、皆理解していた。


「かなり長駆せねばなりませんね」


 オズワルト中佐が堂々国道を行ったとしても、距離的に厳しいと唸る。島は黙って皆を観察している、グロックも然りだ。短く目があったが口を開こうとはしない。


「あの、宜しいでしょうか」


 副司令官副官、つまりはブッフバルト大尉が挙手する。少佐以上が出席の条件であり、発言権を持たないので遠慮がちに。立場上ロマノフスキー中佐が許可しづらかったので、グロックが許可した。


「なんだね、大尉」


 功績により最近昇進したばかりのブッフバルトに意見を述べさせる。答えは既に用意されているが、下からの発案を採用する形をとりたかった為に彼等は黙っていたのだ。


「はっ。スタート地点ですが、別に北部でなくとも構わないのではないでしょうか」


 グロックが先を促すように顎をくいっとあげる。


「つまりコスタリカ北東部から進入し、目的地に到達させるとの意味です」


 オルテガもオヤングレンも不可能だが、北部同盟が要請すればアメリカは承知する公算が極めて高い。反政府勢力への支援がどこに向くのか、それについての責任は負わねばなるまいが。


「大尉の言はもっともだ。果てしなく山道を運ぶなど愚の骨頂、手間隙は少なく、成果は大きくだ」


「さながら補給戦ですな。閣下はいかがお考えで?」


 わざわざ苦労を買って出るのが大好きなのを知って煽る。


 ――俺が居なくても求めた筋書きになる、こいつはありがたいことだ。


「物資の供与だけで終わるようでは子供の使いだな。その先は自分で考えてみろ」


 笑みを浮かべてここまでの方針を認めてやる。限界はまだまだ先だろう、と列席者に挑戦的な視線を流した。どうしろと言うわけではない、もう一声出せと背中を押すだけだ。


「さて諸君、司令官の有り難い仰せでハードルが上がった。功績を立てる機会が増えたぞ」


 意見を出しやすい雰囲気をロマノフスキー中佐が作る。この空気が大切なのは上長ならば皆が知っている、硬直化させてはならないのだ。


 少佐以下が頭をフル回転させる。中佐らは出てきた意見に対する返しや補強、更に幅広い視野での連携や障害についてまで考察を広げた。経験による思考回路が開かれている部分が多いほどに、スマートな内容が浮かんでくる。


「そもそもが、オルテガ大統領が暗殺されてはまずいのでしょうか?」


 マリー少佐が問う。何と無く答えは解っているが、組織の方針としてどうかをだ。


「勝手にお亡くなりになるのは構わんだろうが、俺らが関わるのは上手くはないな」


 理由は山ほどあるから考えてみろ。ロマノフスキー中佐が簡潔な返答をする。オルテガ大統領には騒乱を終決させる役割があるのだ、そうするまでは死なれては困る。


「混乱を助長させたと非難されるわけですか」


 病気や不注意による自爆的な退場ならば、また別の未来が待ってはいるのだろうが。


「軍の多くがオルテガ派らしいですが、警察はオヤングレン派が多いはずです」


 軍事による圧力が減って自然と警察の価値が上がったから、タランティーノ警視正がそう説明した。オルテガ中将の反対派ともとれる。


「軍でも中央寄りでなければ待遇に不満がある。高官はオルテガ派かもしれないですが、末端は生活すら苦しいですから」


 それでも上から押さえられたら、右向け右なのが軍隊だとフーガ少佐が語る。いかにしてオルテガが軍高官を繋いでいるか、そこが鍵になりそうだと意見が集約された。


「すると貴官らの話をまとめると、チョンタレス州の軍高官をついでに退場させてこようってことだな」


 細切れの意見を耳にしてパーツを組み合わせる。同時に補給についても形を作った。


「現場の意見を参謀長殿に上申致します」


 副司令官が決裁して構わない部分もあるが、今回は司令官が臨席しているので機関を優先させた。


「コスタリカ北東よりチョンタレスの反政府勢力に供与を行います。この際に妨害してくるだろう連隊の幹部にもついでに退場していただき、フェルナンド大佐に下駄を預ける形をとります」


 取り敢えずは最後まで聞こうと続けさせる。突っ込みどころ盛り沢山なのは皆が理解している。


「大佐がどちらに転ぼうと、チョンタレスがオルテガにノを突き付けた経緯が残ります」


 従うならばとっくにそうしているのだから、それだけは間違いない。突然なびいても不信感はあるだろう。


「ここからです。そもそもがこんな地方がどうなろうと、大統領にはさほど関係はないでしょう。関心の多くはマナグアに集中している」


「かも知れんが、放置もすまい」


 確率は半々だとしてグロック大佐が相槌をうった。少なからずお座なりながらも対処する必要を認めたからだ。


「軍を動かす以上、一応は味方にあたる者にもある程度は知らせるでしょう」


 特に足元の首都圏で緩いながらも従っている輩には。事後になるとしても無視するわけにもいかないから。


「一度痛い目をみてから切り口を変えたと見えるな、中佐」


「構想はあってもその先は若輩者では思い付きません」


 補給と連隊幹部の排除はお任せを、そう担当部分をわけて上申を終える。全てを語らないのは部下の教育を考えてのことである。


「良かろう、片手落ちゆえそちらに一つ重石を載せる。幹部の頂点は殺さずに捕らえろ」


「宿題をありがたく頂戴致しましょう」


 生け捕るのがいかに大変か、その苦労を身をもって知ったマリー少佐がピクリと眉を動かした。


「閣下、後程作戦案を提出致します。今一つお決め頂きたいことが御座います」


 ――皆の前で宣言させる何か、か。曖昧では命を懸けろとは言えず、兵に申し訳がたたないわけだ。


 そんな筋書きがあったのかどうかは当事者にしか解らないが、参謀長が司令官に具申する。当然簡単な内容ではないだろう。


「グロック大佐が言いたいのは、俺がどこを向いているか。そんなところだろうか?」


「北部軍が何を以てして忠誠の拠り所にしたらよいか、今一度お示しいただきたい」


 兵らは命令に従うのみである。だが将校は彼等に死ねと命じなければならない時があった。その瞬間、何を信じて判断すれば良いのか。


 ――決めるのは俺しか居ない。間違いは許されないし、正解は無い。それでも示さねばならない、頂点の義務がここに存在する。


「北部軍は――」一旦目を瞑り息を呑み「北部地域の主張を以て、ニカラグア国民を守護し紛争に希望をもたらすよう最善を尽くす」


「理想では国は動かんぞ」グロックが日本語を使い、それで決まりかを確認してくる。


「理想なくして人に希望を持てとは言わんさ」


「余程厳しい現実を見せ付けることになるな、まあそれも良かろう。俺も付き合ってやる」


 二人が何語を使っているかすらわからずに、黙ってやり取りが終わるのを見守る。打ち合わせなどなかったのを証明したようなものだ。


「そのお言葉を全軍に伝えさせます。副司令官、よいな」


「諸々畏まりました」


 スペイン語に戻し了承を告げる。パストラ次第で右にも左にも等と考えていたところに、太い釘を打ち込まれた。


 ――俺自身考えに甘えがあったのを痛感した。乗り掛かった船どころか、わざわざ船を用意したんだ、今さら寝言とは恥ずかしい限りだ。


 グロック大佐に目礼をする、見えているはずなのに彼は反応しなかった。ことが大きい程に素っ気ない態度を取るのが、気に病むなとの意味なのを島は昔から知っていた。


「解散だ。副司令官は残れ」


 司令官室に行くぞ、とグロックの目が告げていた。他の者は諸般の準備が待っている。余りに久々のスリーショットであった。副官らも、エーンすらも入れずに顔を会わせる。


「懐かしさに戦慄すら覚えるね」


 訓練時代を思い出してしまうよ、軽口を叩く。それほどまでに久方ぶりなのだ。


「いやまったくですな。ニカラグアまで遙々きて、また何をやっているやら」


 ほいどうぞ、とオズワルト中佐が仕入れてきたハイネケンを三つ取り出して配る。


「お前らも随分と偉くなったものだな。トリニータ大尉が知ったら卒倒しかねん」


「あの糞少尉殿も今や大尉ですか。背中を撃たれなかったのはレジオンだからですよ」


 人民解放軍あたりならば訓練中に暴発しただので怨みを晴らされていただろうに。コートジボワールの時の小隊長を話題にしてきたので応じる。


 ――わざわざ口にした理由まで自分で考えろと言うわけか、相変わらずで嬉しいね。


「ニカラグアには特殊部隊なんてありませんよ」


 島も昔のように教官を相手にしている話し方をした。グロックも特にそれを止めようとはしない。


「あろうが無かろうが関係無い。どこを崩せば有利に運ぶか、そこが重要だ」


 ――錐のような一撃をピンポイントで突き刺す、どこの誰が不幸になれば皆が幸せになるか。大統領を支持しているのは国会議員だ、各所の高官も待遇により支持している。その実効力は軍が背景に居るからで、そこが機能しなくなれば失速する。名目はオルテガ中将がまだ総司令官だ、ところが現実には誰が命令を出している?


 ロマノフスキーも誰に嫌がらせをすべきか、同時に考えを巡らせている。


「ラインは無くなってもすげ替えられるが、知恵袋はおいそれとはいきませんな」


 ――総参謀長が在ればそうだが、今まで存在を聞いたことがない。ならば他にその役目を負っているのはどこだ?


「首都の政策委員会ですが、座長は誰でしょう?」


 グロックが小さく口の端を釣り上げたのを見逃さない。


「マナグア自治大学学長」


 ――ニカラグア最古の大学か。民間人最大代弁者とも言えなくはない、政治に必要な動きを軍に助言しているのは間違いない。では何故レジオンの話題が? ここも同じ構造かは知らんが、大学の管轄は行政ではあるまい。教育や総務あたりだ。

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