第416話


「奴等の目、危ないですよ」


「こちらを獲物として見ているな、拳銃を見えるようにして歩け」


 威嚇しながら境界のあたりを歩く。シートが貼られたダンボールハウスを寝床にしているだろう男と目があったので近付いた。


「おいお前、ずっとここにいたか」

「へぇ」

「外国人二人組を見たな、どこにいった」

「何組か居ましたが特徴は?」

「全部教えろ。ほらくれてやるしっかり思い出せ」


 ポケットから小銭を取り出し足元にばらばらと落とした。浮浪者はそれを慌てて拾い集める。


「男女のカップルはマナグア中心に車で。老人男性二人はバスで北に。若いのと年寄り二人は東にタクシーで」

「間違いないな」

「へへっ、勿論でさぁ」


 ぺっ、と唾を吐き掛けて車に戻る。


 ――東の港が本命か! 手間をかけさせやがって!


 浮浪者は車が7号公道を東に向かっていくのを黙って見ていた。よっこらせと立ち上がり、路上に寝そべっていた奴に一言「寝床借りて悪かったな、貰った小遣いはやるよ」にやりとするとどこかへと去っていった。港について先行していた見張りに尋ねる


「どうだ」


「まだ現れません」


「糞!」


 携帯電話が鳴る、本部からであった。出たくないがそういうわけにもいかない。


「はい」

「私だ。空港は現れなかった、西海岸の港もだ。国道も検問させているが網に掛からん」

「こちらはまだ姿を現していません。出航まで一時間を切りましたが」

「取り逃がしたら、解っているだろうな」

「必ず現れます。吉報をお待ちください」


 そうは言ったものの十に一つも現れそうには無かった。失敗したのを確信すらしている。


「ここは俺が見ている、お前たちは小型船を見張れ。チャーターするかも知れん」


 入口は一ヶ所なので一人で充分だと部下を散らせる。どちらにせよあと一時間で長い一日が終わると、疲れた体に鞭を打って頷いた。


 ――もしかしたら乗船しているかも知れない。ま、それで通そう。元々養う家族も居ない。


 出航ギリギリまで見張り、ついには単身乗り込み無理矢理に乗船した。携帯電話は繁みに捨てられており、彼が本部に戻ることは無かった。



 夜間の物流トレーラーがボアコ州から出る前に、9号公道の検問で停められた。素直にそれに応じる。運転席には中年の男が、助手席には二十代の女性が乗っていた。


「検問だ。積み荷は?」


「はい、食糧品や生活雑貨でして」


 マナグア中央管理局――名前ばかりの徴税機関の許可書類を提示する。もぐりの闇物資ではないと、紫のスタンプが証明していた。


「積み荷を改めるぞ」


 有無を言わさず部下に車体後ろの扉を開けさせる。助手席から降りた女性が指揮官に近より、お疲れ様ですと手を握りにっこりと微笑んだ。


「お手柔らかにお願いしますわ」


 紙幣の感触を確め小さく頷き命令を改める。


「お前たちもう良い、後ろに列が出来てるから流して点検するぞ」


 書類が整備されているなら何かを見付けても逆に面倒だと通過を許してしまう。それに良く通る業者のトレーラーなので、どうせ問題も起こしはしまいとたかをくくっていた。


「では夜中の職務、お気をつけて」


 中年男性が腰を低くして挨拶してゆっくりと走り出した。次のトラックは書類が不足していて、警部補は賄賂が沢山取れそうだと厳しい点検を命じるのであった。


 朝焼けの空がオレンジ色に景色を彩る。あちこちの畑からは水蒸気が登り、晴れの予感を告げていた。チナンデガ中央卸売市場、そこへトレーラーが到着する。引っ張ってきたカーゴごとそこに置き、運転席は女性を降ろして去った。

 後ろの扉を開いて「着きましたよ」声を掛ける。荷物の奥から若者がぞろぞろと出てくるではないか。


「バナナと一緒にこんなに過ごしたことは無かったよ」


 やれやれと強張った体を解す。皆が一様にぐったりとしていた。


「お疲れ様。ポットのお湯で少し温いけれどどうぞ、少尉さん」


 女性が皆にコーヒーを振る舞う。コーヒーそのものよりも、彼女に手渡されたことに喜びを得たらしい。休憩所から二人がやってくる、私服の男だ。


「だらしない奴らだ、しゃきっとせんか!」


「あら、グロック大佐、おはようございます」


「ミランダ嬢、甘やかしたらつけあがります、そいつらなど泥水でも飲ませておけば良いです」


 アロヨ中尉が笑いながら、今日も調子が良いなオヤジは、と残っているコーヒーに手を伸ばした。


「我々は随分と遠回りだったようで」


 陸路はこりごりと溜め息をつく。だがそれも自力で手配出きるようになってからにしろと叱られた。


「寝てる暇はないぞ、行かねばならん場所がある」


「承知していますが、北部軍は我々を受け入れてくれるのでしょうか?」


 新任なのだけでなく、様々な問題があるだろうと疑問をぶつける。


「そこまで俺が知るわけ無かろう。それは司令官の仕事だ、黙って着いてこい」


 このヒヨコ共が! 鋭い叱責で黙らせる。在学中に毎日やられていたので習慣になってしまっているようだ。政庁に司令部があると聞かされていたので、走ってそこに向かう。端から見れば早朝訓練にしか見えないだろう。


「無茶すんなよ、あんたはもう歳なんだからな」


 一緒に走るグロック大佐に声を掛ける。ミランダは荷物があるのでそこに残った。


「走れん軍人など要らん、例外は無い」


 一定のペースを守り先頭を走る、確かに辛そうな表情を見せない。にやりと笑って「そいつは悪かったな」少しペースを上げてグロックを追い抜かす。彼もまた無言でそれに合わせるのであった。


 チナンデガ政庁。軍の司令部ではなく司令官分室があるだけだと判明するが、近くのホテルが代替に使われていたためそちらに向かう。ドアマンだけでなく衛兵がいて集団を差し止める。


「止まれ、何者だ、官姓名を名乗れ」


 一般客はお断りである。ドアマンも形式で立っていて、政府関係の人物ならば担当するようだ。


「クァトロ・エスコーラ・校長グロック大佐だ。司令官イーリヤ准将閣下に面会を求める」


「お待ちください、大佐殿」


 敬礼して上官に報告を上げる。すぐに警備の軍曹からサルミエ中尉に伝わった。待つこと二分、黒の制服姿の四人が現れた。ちょうど朝食の最中だったのだろう、エレベーターではなく奥の廊下からだ。


「閣下、グロック大佐参上致しました」


 初めて准将を見た少尉らが異様な組み合わせの四人に驚く。黒人に褐色のアラブ人、南米の混血と東洋人だ。


「待っていたよ、大佐。やはり来てくれたか」


「呼ばれたような気がしましてな。ついでにヒヨコを連れてきました」


 役には立たないが名目には使えると、頭数だけを強調する。


「後輩諸君」そう少尉らに呼び掛け「俺もこの鬼教官に絞られたクチだ、よくぞ着いてきた」何と答えて良いものか、はいっ、と敬礼する。


「では少尉らを採用していただけると」


 はっきりとした言葉が欲しいようで確認してくる。流れに気付いたサルミエ中尉が鞄から書類を取り出す準備をした。


「するよ、と言うかしていた」パチンと指を鳴らしてサルミエ中尉に合図する「新人学校への指揮権は俺が握っていてね、そんなわけで大遅刻だ」


 日付を見ると随分と前なことに気付かされる、オヤングレン大統領が姿を見せる前だ。


「用意周到か」

「誰かさんの教えでね」

「片棒を担げと言うわけだろ」

「何だ、俺だけにやらせるつもりだったのか? 嫌いじゃないんだろ」

「ふん、ここまでの運びには及第点をやる」

「そいつはどーも」


 聞こえるかどうかの小声の応酬が終わり島が締め括る。


「では参謀長がようやくきたから、朝食のやり直しとしよう。後輩へは俺の奢りだ、気付けに一杯を許可するぞ」


 サラリとその後を押し付け、ご機嫌で踵を返す島であった。



第十五章 前夜の調べ


 主要な将校が集められ、北部軍の方針会議が行われた。今まで空席であった島の右手にグロック大佐が着座している。左はロマノフスキー中佐だ。


「まずは改めて紹介だ、我等が参謀長グロック大佐」


 一旦起立し、島に敬礼した後に諸官に向き直る。大分知った顔が並んでいた。


「新人学校長のグロック大佐だ。現在は休校中ゆえ北部軍の参謀長を拝命している。宜しく頼む」


「グランマスター!」


 ヌル中尉が起立し、グロック大佐に特別に敬意を表した。上官であるとともに彼の師匠であったからだ。


「久しいなヌル中尉」


 小さく頷いて目で着席するように指示した。少佐以上と本部要員の将校が部屋に居るが、半数以上が島の部員なのが実情である。アロヨ中尉については参謀長預かりで席次が与えられていた。様子を見ていたロマノフスキー中佐が進行を担当した。この辺りは毎度の流れである。


「兵力の拡張による将校・下士官の不足は徐々に好転していく見通しで嬉しい限り。政情による一時的な荒事の沈静化もこの際はプラス面が大きい」


 置かれた状況が不安定な小康状態だと解説する。いつ終わるとも知れないが、悪くはなって行かないのだから、考えようによっては動きを見せるべきではない。


「無為な時間を過ごすほど軍人が怠惰になることはない。そこでだ、こいつを見てくれ」


 ホワイトボードに貼られた地図に幾つか虫ピンが刺されている。反政府の活動拠点だと明かされた。

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