第415話

 書類報告で良さそうなものだがわざわざ大佐がやってきた、そこに見出だす何かがあるとベッソ中佐は続きを待つ。


「本人の希望で延長教育を認めた。北部同盟の支配地域に向かっている、それを伝えにきた」


「海軍基地に連絡を入れておきます。少尉は士官です、自らの意思で最善を成すでしょう」


「俺もそうだと信じている。情報局員につけられている、街まで車を出してくれないだろうか」


 情報局員は軍人ではない、ならばベッソ中佐は軍人に味方しようと頷いた。


「部下に送らせます」


「助かるよ、中佐。ついでで悪いがチナンデガの港に荷物を頼む」


 アロヨ中尉が片手に提げていた旅行鞄をぽんぽんと叩く。グロック自身はセカンドバックしか手にしていない。


「部下にお預け下さい、次の定期便でお届けします」


「当直なのに悪かった。ベッソ中佐の協力に感謝する」


 互いに起立敬礼し部屋を出る。アロヨから鞄を受け取りあっという間に着替えてしまう。グロックも私服になった。


「これで外国人の二人組だ」


「場違いなのだけは認めるよ」


 広場で待っていた伍長は二人を迎えて少し意外だっが、すぐに表情から感情が読み取れなくなる。


「伍長、マナグア駅まで頼む」


 どの程度の頭があるのか、グロックは黙ってその先の指示をしない。だが伍長は気を回して申し出た。


「パトロールと一緒に基地を出ます、十五分お待ちいただけるでしょうか?」


「結構だ。一服して待とうじゃないか」


 ポケットからタバコを取り出し、一本だけ抜いて残りを伍長に与えてしまう。「良い答えだった」次に会うことはあるまいと、そう言葉を添えてやる。彼は笑みを浮かべて謝辞を述べ、大佐がくわえたタバコに火をつけるのであった。



 ニカラグア中央政府情報局。夕方になってもグロック大佐が海軍基地から出てこないので、不審に思った局員が本部に通報していた。


「グロック大佐が現れません」

「学校に戻ったのではないか?」

「学校は下校の時刻ですが、そちらの見張りからは報告がありませんでした」

「海軍とそんなに長いこと何を話しているのか。何か手掛かりはないのか」

「タクシーで乗り付けています、運転手を尋問すればわかるかも知れません」

「すぐにそいつを確かめろ!」


 勢いよく電話を切られてしまい「わかったよ糞野郎が!」毒づく。タクシーの柄から会社を割り出し、強権で誰が運転だったかを調べさせる。結果判明しなかったが、一人だけまだ帰社していないと回答を保留された。


「畜生! 生徒は変わりないんだろうな!」


 共にいる部下を当て付けに怒鳴った。迷惑そうな表情を隠そうともせずに「定時で二十五名が門を出ています」生徒は定数だったのを報告した。売店の業者や職員補助は、いつものように裏口から出ていったのも確認しているのを付け加える。


「その後は何をしている」


「一部の生徒を追っていくと、酒場に入ったらしく一杯やってるようですよ」


 自分は外れをひいていると言わんばかりに報告した。酒場と茂みから監視では、比べたら毒づきたくもなる。携帯電話が鳴る、本部からだ。


「私だ。運転手は二人を海軍基地にまで乗せて行き、何か荷物をマサヤの教会にまで届けたそうだ。車中で今夜ブルーフィールズに行くと話をしていたらしい」


「今夜ですか? 今からでもかなり深夜にやりますが」


 不審に思い口にするが、局長の見解は違った。


「大佐がとろくさいか、お前が一杯喰わされたかどちらかだ!」


 ――既に基地から出ていたか! そう言えばパトロールの車両が三台出たな。


「基地から出たのは三台のパトロール車だけですが」


「それだ! 二人組、二台の倍数が軍運用の基本だぞ!」


 そう言われてみればユニットが小さい程にその傾向は顕著だった。帰還したのも二台が先で、一台は暫く後になってからなのを思い出した。


「軍用車両の行き先を追跡します!」


「マサヤへはこちらで手配する。逃がすなよ!」


 ああ、また貧乏クジだと部下が諦める。隠してある車のエンジンを掛けて一本道を街へ向けて走った。途中路上に座っている老人を見付けて窓を開けて話しかける。


「おいジジイ、海軍の軍用車両を見なかったか?」


「一時間か二時間前に通ったな。ほれあそこ、あの辺りに停まった」


 見向きもせずにあっちと言うものだから、車から降りて胸ぐらを掴む。


「いいか俺は国家機関の職員だ、真面目に話さないと牢にぶちこむぞ!」


「駅です、駅の側に停まりました。後ろ姿だけですが、男が二人降りました」


 ドンと壁に向けて押し、地面に唾を吐きかける。睨んでそのまま車に乗り込んだ。


「駅だ!」


 また携帯電話が鳴った、今度は部下からだった。


「どうした」

「課長、酒場に行った生徒を見失いました」

「何故だ!」

「いや、それが生徒じゃなかったと言うか……」

「はっきり正確に報告しろ!」

「いえ、はい! 生徒だと思っていたのが無関係の奴で。どうして学校から出てきたんでしょう?」

「学校に急いで戻って調べろ! さもなくばそこでお前は死んじまえ!」


 怒鳴り付けて電話を切ってしまう。ここにきて運転手が両方とも外れだったことが解り、ようやく納得行ったようだ。こんな仕事辞めてやると。


 ――生徒も校長も消えた。政府から逃げたのは間違いない、ならばどこに行く? リバスか、外国か、チナンデガか? 生徒は外国に行く理由はない、北京ならば別だが少尉集団ではそうはすまい。チナンデガかリバス、どちらもあるな!


 果てしなく気が進まないが仕方なく本部に電話をかける。


「局長、大佐は駅に向かいました。生徒も失踪しました。奴等リバスかチナンデガに逃げるつもりでしょう」

「丁度それで連絡しようと思っていた。タクシー運転手が届けた荷物は船便の予約証だ。西海岸からチナンデガに二十七人」

「だから海軍基地に行ったと? では船着き場に部下を向かわせます、港には出港を遅らせるよう指示を」


 余計なことを言われないうちにさっさと切ってしまう。駅のバスタッチ付近に常駐している職員を捕まえて話を聞き出す。


「情報局員だ。一時間前くらいに外国人二人組が軍用車両できたな。ヨーロッパ系の壮年とアジア系の青年だ」


「それでしたら空港行きの便を尋ねられましたよ。何でも観光で南米へ向かうとか」


「それは本当か!」


 素直に話しているのに心外だと顔を歪めながら頷いた。そして気付く。


「でも乗ったのは五番でしたから、東のアトランティコ自治区に向かったみたいですよ?」


 職員を待たせて本部に繋ぐ。


「局長、奴等駅で空港行きのバスを尋ねたようです」

「一応当たらせていたが、二十七人でコスタリカ行きの予約があった。警備に拘束するよう命じてある」

「ですがアトランティコ自治区へのバスに乗ったそうです」

「なに? 東海岸の港に向かったか?」

「解りません。可能性はあります」

「そちらも調べてみる。お前はバスを追跡しろ」

「はい!」


 明らかな罠だが無視できない。人員に無理がかかってきた。


「すぐに五番の運転手に連絡させろ!」


 黙っていないでその位の気を回せと怒鳴り付ける。すぐに携帯に電話が掛かってきた、部下からだ。


「校長の机のメモにアトランティコの局番がありました。掛けてみたら港の予約センターでした、二十七人で今日の予約だそうで」


 大発見だと一気に報告する。だが一抹の不安があった、わざわざメモを残すかと。


「メモが置かれていた?」

「いえ、メモ帳の筆圧を鉛筆で浮かび上がらせました」

「偽装ではあるまいな?」

「そこまでは解りませんが……」

「お前らはその港に向かえ!」

「はいっ!」


 ――畜生、馬鹿にしやがって!


 イライラしながら待っていると、五番運転手と連絡が取れたと聞かされる。駅舎に入ると開口一番「どこにいる!」怒鳴り付けた。


「その二人組だったら街の外れ辺りで、乗るバスを間違えたとか言って降りましたよ」


 カチンときたのだろう、投げやりな回答をされる。


「詳しい場所を教えろ」

「さあどのあたりだったかな」

「つべこべ言わずに答えろ、ぶち込まれたいか!」

「今思い出すよ。スラムの手前だったな、危ないから近寄るなと言ってやったんだ」

「スラム手前だな、わかった!」


 ありがとうの一言もなくさっさと出ていってしまう。国道1号のスラム手前で位置が特定できた、後はそのあたりをうろついている外国人を探すだけだ。


 駆け付けた彼等は早速サン・ベニートのスラム近くで聞き込みを始める。国道が別れる三叉路であった。この部分はだけを官が押さえていて、他は放置されていた。

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