第367話

「閣下、ここは危険です」


「解っている、だが勝手に居なくなってはあちこちに迷惑をかけてしまう」


 ――任せろと言うんだ、任せようじゃないか。軍が暴発したら仕方ない、その時は逃げ出そう。


「準備だけはしておきます」


 心中を知ってか知らずかそう言ってエーン大尉が大佐に相談する。近々何等かの演習をするために車やヘリが必要にならないか、と。急遽演習計画が実行される運びとなり、島を大いに苦笑させた。


 ――こいつらときたら最近は遠慮が無くなってきたな。ま、悪いとは思わんがね。


 準備万端整えて待っていると、意外なテレビニュースが流れた。どうしてそうなったか、自分以外の多くの者達が望んだからとしか言いようがない。小さく溜め息をつく。


 テレビ画面ではド=ラ=クロワ大佐がBBCのインタヴューを受けているのが放送されていた。


「それでは一連の責任者は?」

「船団の警備司令官は私だ。誰が責任者かはっきりしているだろう」

「ですが当時、警備担当重役が乗船していたとか」

「君、馬鹿なことを言ってはいけない。海のことが全くわからない重役になど、私が従うものか。部下も全て私の命令以外はきかんよ」

「ですが会社組織として責任はあるのでは?」

「あんな若僧に何を望んでいるかは知らないが、精々司令官に私を選んだ任命責任位だろう」

「ではあの事件の最大の責任者はあなただと?」

「依頼者は守られ、職務を果たし、責任者が責任を取る。何か問題でも?」

「相手が海賊だったか、それが争点となりますが」

「英国は海賊行為を許しはしない。もしあれが海賊ではないというならば、我々は何に襲われたのか納得いく説明を要求するよ」


 海上に漂流する様々な破片が画面に映し出される。中にはモザイクが掛けられた海賊の死体もあった。銃弾を肩から巻いている姿を世論がどう受け止めるか、明らかであろう。


 ――俺は大佐をスケープゴートに使ってしまったわけか。たまらんな。あれほどまでに真っ直ぐ生きてきた彼が罪を引き受けるのがどれだけ辛いことか。


 翌朝下級の官吏がやってきて、「お前らは自由だ」それだけ伝えて消えていった。あっさりと外圧に屈したようで、直ぐ様あれは海賊だったと声明を出しまでした。

 エーンの仕切りでそそくさとモガディッシュから立ち去る。何はともあれソマリアから離れて対岸のイエメンに移った。その頃には体調も回復してようやくまともに動けるようにもなってきた。


「あれだな、俺の人生はイベント盛り沢山で出来ているんだな」


 良かれ悪かれ何かが立て続けに起きるのだ、ここまできたら次はどうなると、平穏を祈るよりは身構えてしまう。


「閣下はご存じない? 戦士に休息など訪れないことを」


「なんだそういうことだったのか。ではそのルールを受け入れるしかないな、言っておくがお前達全員だぞ」


 三人がそれぞれ仕方ないとの態度をとる。好きでやっているのだ、今さら誰も後悔などしない。


「ボス、次の行き先ですが――」



第七十六章 クァトロ指導者イーリヤ



「で、レティアは一体どこで何をしているんだ?」


 ロンドンでR4の取締役会議を済ませて、いよいよ行方不明な妻に詰問した。別に悪くも何ともないのだが、そろそろ知っておいても良いだろうと。


「お、お前こそ何をしてるんだ」


「質問に質問で返しちゃいかんぞ。今はロンドンで新妻の近況を探っているよ」


 黄熱病に掛かって死にそうなところで海賊に襲われ、ソマリアに捕まっていたと続けた。


「何をしているんだ、お前は!」


 ニュアンスが違うだけで同じ様な台詞が受話器越しに耳に突き刺さる。


 ――何と言われてもな、そうなったんだよ。


「で、そっちは?」


「そう言えばパラグアイはどうなったんだ?」


 一つ溜め息を吐いて妻を叱る。


「話を逸らすな。何か言いづらいことがあったのか」


「ん、ああ、そうだな。あたしにとっては良いことなんだが、お前がどうなのか……」


「はっきりしろ、いつものレティアの口癖だろ。即答出来ないような奴はダメだ! ってな」


 それでも電話先でごにょごにょと唸っている。


「あれだ、今はスイスに居る」


 ――スイス? 意外だなあんな山奥に何故?


「そうか、何もない田舎で好きじゃないって言ってたよな?」


「ここは水も空気も治安もいいからな」


「はぁ」


 ギャングスターの親玉がどうしてしまったのか、気が抜けた声を出してしまう。今はエーンらも席を外しているので注目されることもない。


「赤子には良い環境だ」


「赤子?」


「お前の子だ! その……なんだ、何か言葉はないのか?」


「おめでとう! いや、なんか違うな、そのありがとう? そうでもない、よくやった!」


 想定外も甚だしい言葉に動揺する。未知の魔物の正体がようやくわかった。ついでに王配と呼ばれた意図もだ。


「お前も嬉しいか?」


「当たり前だろ! 何故隠していたんだ」


「いや、その、あれだ。子供が嫌いかなとか……というかお前は気付け! 孕ませておいてわからんとかどうなんだ!」


 ――そいつについては面目ない、俺に言い分は全くないな。


「済まん、気付いてやれずに。俺が悪かった許してくれ」


「べっ、別に嬉しいって言うなら謝ることもないぞ」


「うむ。スイスのどこにいるんだ、ジュネーヴか?」


 文字通りに飛んでいくつもりで場所を尋ねる。


「ベルンだ」


「わかった、これから向かう!」


 時計を見る、これからすぐに便に飛び乗れば夜中には到着するはずだと時差を計算する。荷物をまとめてサルミエなりを呼ぶ。


「ボス、何かご用で?」


 アサドが近くに居たので駆け付けた。少し違った雰囲気に行動を悟る。


「スイスに飛ぶぞ。ベルン行きの便をとるんだ」


「了解です。すぐに手配致します」


 山奥で何が起きたかの推察は後回しにし、直ぐ様空港へ問い合わせる。席はバラバラだが四人分のチケットが予約できて、ひとますほっとする。

 タクシーの中で簡単に事情を説明し「レティアのところへ向かう」緊急事態の内容を明かす。


「おめでとうございます。何か手土産はよろしいので?」


 エーンの言葉で顔を直視する。全く頭に無かったのだが、空港で買っていくと返答する。そのやり取りがおかしく、タクシーは笑い声で包まれた。


 空が暗くなり到着した空港で辺りを見回す。スーツ姿の出迎えが居た。


「コンソルテ、お待ちしておりました」


「ゴメス、ご苦労だ。すぐに向かってくれ」


 つかつかと車に行ってしまう島を見てポカンとしているが、エーンが「パラグアイでは、こうなるとは思わなかったな」感想を述べる。

 酒場で二三短い言葉を交わしただけだが、当時の奇妙な感覚が呼び起こされた。


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