第366話

 力が入らない体を無理に動かそうとせずに状況把握にのみ努める。サルミエが承認を求めてきた。


「ラジオ・ミドルアフリカ、BBCに先の襲撃の放送を依頼しました。海賊相手に民間軍事会社が応戦したと」


 ――イギリス船籍だからな、BBCも悪くは言うまい。応戦した部分を強調したんだ、理解しているんだな。


「わかった。ケニアには迷惑を掛けるな」


「連絡員が判断して要請したことにしてあります」


「そうか」


 ――サルミエ中尉はよくやってくれた、それで良い。かなり考えが遠くを見るようになってきたな。


 若者の成長を喜ぶ。萎縮して後手を踏むでなく、まず行動する部分を高く評価した。島の教育態度が好影響をもたらしたのだとしたら、それほど嬉しいことはない。

 車が病院に到着する。担架をまるごとキャスターに載せて治療室へ担ぎ込まれる。診断の結果、黄熱病と明言された。


 予防接種をしてはいたが運悪く発症してしまったらしい。だが致死率が高い病気としては稀で、患者の様子から死に至る可能性は限り無く低いと言われた。だからと安心せずにヨーロッパから医者を招く手配をするなど、エーンは手を尽くした。

 一方でサルミエもド=ラ=クロワ大佐らが不利にならないように、関係各所に根回しをする。


 一晩たつとニュースで大量殺人だと報じられ、マルカで船団が拘置されていると発表があった。マルカの自治体ではなく、ソマリア連邦政府がそう発したのだ。

 明らかな協定違反でシャティガドゥド委員長が正式に抗議を行った。ソマリア内とその他の世界で判断が真っ二つになったようで、病院にもソマリア正規軍がやってきて島らを拘束すると言ってきた。


「閣下」


「従おう、政府が海賊を擁護することはあるまいからな」


 まだ回復していないのでエーンが肩を貸して立ち上がらせる。


「イーリヤ退役准将には、大量殺人を指示した容疑が掛かっている」


 因果を含められた憲兵大尉が犯罪者を見るような目で理由を明かす。


「そうか。行き先は」


「モガディシオ」


 それだけ答えると全員拘束しトラックに乗るように命じた。どうやら延々と陸路旅をするつもりのようだ。


「我々は将校に相応しい待遇を要求する」


 エーンが病気を悪化させてはまずいと空路移動を要求した。憲兵大尉は嫌な顔をするが、費用を自己負担とするならば応じると回答した。当然即答して大型ヘリを呼び寄せた。


「これならば下手な場所に着陸させられません」


「警戒はして然るべきだな」


 待っている間に医薬品を集めると称してサルミエが暫し姿を消す。憲兵大尉が注意をするが、マルカ警備隊が駆け付けて、進駐の抗議を受けてしまいそれどころではなくなってしまう。

 なるとわかっていたが、抗議を結局は無視されてヘリに押し込まれる。


「政治的なパフォーマンスなら交渉次第か」


 かなりの大声で話しても隣しか聞こえない。密談の言葉にはそぐわない風景だが、これ以上なく秘匿されているのも確かだ。


「ジョンソン少将に一報を入れてあります。それとドメシス少将にも」


 ――ドメシス少将? ああ、あの駐留軍のか。


 誰だか浮かばなかったが、現地で即座に兵士を握っている人物が彼しか浮かばなかったようだ。島にしても同じだが。

 途中海上を飛行して首都に入る。陸を行けばブラヴァに近寄った時に撃墜の恐れがあったからである。


「閣下」


 エーンが手を貸してヘリを降りる。うるさいからとエンジンを切るように命令があった。空港を指定してヘリポートにやってきている。規制はなく出入りは自由だ。

 ソマリ人の弁護士を名乗る男が同行を申し出てきた、依頼人はアメリカ軍だ。ジョンソン少将が手近なところで連絡員を用意したらしい。


 拒否をされそうになるが大使を通じて抗議をするようにやり込められると、自身の守備範囲を越えたのか黙ってしまう。


「イーリヤ准将閣下でいらっしゃいますね」


 弁護士がやってくる。


「そうだ」


「弁護士のシャリンです。アメリカ軍の依頼で准将の味方を致します。一つ伝言が、任せておけ、だそうです」


 ――訴訟の場でアメリカに勝てる者は少ないだろうな。元より暴れるつもりはない。


「お言葉に甘えて任せよう。頼むよシャリン」


 何の施設か解らない場所に連れていかれる。ソマリ語を逐一通訳してくれたので、島らはとても助かった。どうやら留置場の類いにやってきたようだ。


「我々は逃げることなくここに来た。薄汚い留置場ではなく、ホテルを用意するんだ」


 ここでも大尉が要求する。上官に相談すると引き下がろうとする兵士に「アルシャバブの襲撃を引き起こす可能性がある」と告げた。すると巻き添えは御免だと別の場所を探すと回答が得られた。


「軍の駐屯地に行け」


 丸投げに丸投げを重ねた結果、国内で一番の安全地帯である多国籍軍が点在する駐屯地に護送された。自国軍が被害にあってはたまらないようだ。こうなればしめたもので、ケニアでの会議で顔を会わせた代表らが軟禁場所にちらほら挨拶にやってくる。

 そのうちドメシス少将の代理を名乗る大佐が顔を出したが、仮の宿舎がやけに賑やかな贈り物で溢れていることに驚く。


「少将閣下より便宜を計るよう命じられております」


「ありがとう大佐。配慮に感謝する。見ての通り医者を含めても数人の所帯だ、警備に手を貸して貰えないだろうか」


 ただでとは言わない。前にやったように小切手に数字を入れてサインする。


「少将閣下へ渡してくれ。将校クラブと酒保への寄付だよ」


「こっ、こっ、こんなに! お任せ下さい閣下、万全の警備態勢で臨みます!」


 ようやく少将が大佐を派遣した意味が解り、彼を頂点に臨時で駐屯が始まった。名目も何も関係ない、そこにすると決めたらそれが始まりなのだ。


 ――サルミエの手柄だな。楽をさせてもらう。


 翌日調査委員がやってきて島を連れ出そうとすると、大佐が「我が軍の駐屯地の通過を認めない」とそれを引き留めてしまう。困った調査委員が仕方なく輪の中で取り調べをすることにした。


「イーリヤ准将は船団の護衛に民間人の虐殺を命じた容疑がある、認めるかね」

「その事実はない」

「ではどのような事実ならあるんだね」

「民間船団の警備をしているところで海賊が襲ってきたので応戦しただけだが」

「海賊は居ない。そこに居たのはソマリアの民間人だ」

「ソマリアでは民間人が武器を構えてわざわざ海上遥か沖合いまでクルージングをしに行くのか」


 民間人か海賊かは見解の相違だとして平行線を辿った。


「何者かと戦ったのは確かだ。准将が殺害の命令を出したのだろう」

「船団の責任者は私だ。自衛を命じたのは事実だが、向かってこなければ何も起きない」

「戦えと命じたならば同じだ。死人が出るとわかっているんだからな」

「R4社は船団に責任がある。国際海事法を遵守し、依頼人を保護する為にはあらゆる手段をいとわない」

「それが犯罪者の考えなのを理解しているか?」

「自治区に無断で踏みいったり、自由港で難癖つけて船を拘留するのはどう説明するやら」

「連邦政府による権限範囲内だ」

「権限範囲だ? だったらブラヴァの市庁舎に、さっさと政府の指示に従うように努力してはどうだ?」

「それとこれとは話が違う。罪を認めぬならば強制的に裁判にかけるが」


 裁判と聞いて弁護士が割り込む。


「弁護士のシャリンです。案件が発生した場所は公海上ですので、国際法を適用します。また裁判は原告と被告の合意で行われるものです」


「ここはソマリアだ、ソマリア法を適用する」


「ソマリア連邦は国際法批准に署名しています。国際法は国内法を超越するのであなたの主張は無効になります」


「そちらが何と言おうとも関係ない、我々には我々のルールがある!」


 そう捨て台詞を吐いて一行が去っていった。彼等にも引き下がれない理由があるのだろう。

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