第363話

「ヤ!」


 拳銃警官に証拠の確保と少年の保護を命じる。ライフル手を連れ走ってバイクで来た道を戻る。異変があればスナイパーは失敗を悟るはずだ。そうなっても次はないのだから強行するしかない、時間を守る概念が薄い彼らである、指定した時間にどちらが演説をしているかは全くわからなかった。

 戻るまでの間に警官から追加の報告が行われていた。砲がある椅子の近くに盗聴器が仕込まれていたと。発見は偶然で座った警官がたまたま手に何かが触れたから気付いたらしい。


 会場本部で警視正がその報告を島に伝えた。迫撃砲が実在したことで彼は俄に危険を現実のものとして受け止めた。


「奴は砲撃の失敗を知ったか。ならば黙って時間の経過を待ちはすまい」


 ――問題は誰を狙っているかだ。カルテスならば今が一番の危険に晒されている、フランコならば捜索に時間が使えるが。


 自身の役目が何かを再確認し、演説の中止をさせようと決断する。席をたち足早に軍曹が控えている位置にまで進む、そこにカルテスの側近も居た。


「テロリストが氏を狙っています、今しがた迫撃砲を排除しました。すぐに中止を」


「いやしかし、今が最高潮で中止を一存では」


「スナイパーが撃ってからでは遅い。奴は壇上の人物を狙って――」


 その時、演説していた氏が体を飛び上がらせて尻餅をついた。島は踏み台に足を掛けて一足で飛び上がると数歩でカルテスの傍に来る。体が硬直しているようで自力では動けない。


 ――数秒身を守るだけで良い!


 脇に手を掛けて机の下に氏を引っ張り影に身を隠させる。会場では悲鳴が上がっていた、場所によっては直撃したように見えただろう。


 ――外したか! ビニール越しに狙ったならば高い建物からだ!


「三階以上からの射撃だ! 犯人を逃がすな!」


 盾を構えた警官がやってきて二人をモール側の出入口に誘う。


 ――この様子だとカルテスが指示したわけじゃなさそうだ。机が弾を通さないと知っていて撃ち込んで来なかったか? それとも二発目を狙うほど馬鹿ではないだけか。


 犯人を推測しようとするがやはり情報が揃わない。医者がカルテスと島を診察する。それを見たエーンが慌てて駆け寄る。


「閣下、お怪我を!」


「いや俺は何ともない。間一髪焦りが狙いを外したらしい」


 腕を掠めただけで致命傷はなかったようで、カルテスもようやく正気を取り戻した。


「私が狙われた?」


「間違いで狙撃するとは思えませんからね」


「うむ……」


 大いに納得し理由を考えたがとりとめがない。何せ彼が当選したら首をつらねばならない人物が一山いくらで居るのだから。


「不審な自殺者を発見しました!」


 憲兵が警察情報を吸い上げ島に報告してくる。続報でアーリア系の中年男性だと聞かされる。


「保護している少年に面通しさせろ。狙撃銃を押さえろ、他にも仲間がいるかも知れないぞ。空港は離陸をストップさせるんだ! 市外への道に検問を、列車も止めろ!」色々言葉を発してから「総監閣下に繋げ」事後承諾を得るべきだと考えを巡らせた。


「閣下、イーリヤ准将です」

「何があった」

「スタジアムでテロリストが迫撃砲を会場に向けていたのを阻止しました。カルテス候補が狙撃されましたが命に別状ありません」

「そうか、不幸中の幸いだ」

「空港、駅、道路を封鎖し犯人を捜索する許可を」

 隣に居るだろう首都警察署長と短いやり取りをする。

「許可する。各所の手配はこちらで行う、准将は会場を担当するんだ」

「了解です、閣下」


 ――恐慌を鎮めねば!


 落ち着きを取り戻した彼に「市民の動揺を収めていただけますか?」まだ危険があるかも知れないのを承知で要請する。


「引き受けよう」


 側近らに止められるのを振り切ってまた同じ位置に立つ。彼は強く語りかけた、テロリズムには屈しないと。


 死体を見た少年が、お菓子をくれたおじさんだと確認した。狙撃銃もマンションの一室から見付かった、独り暮らしの老人が住んでいたがボケてしまっていて全くわけがわかっていなかった。


 空港でも不審な人物を捕らえたと報告が寄せられた。厳しく取り調べると、とある男にチケットを渡したら報酬が貰えると言われていたらしい。発券から搭乗手続きまでをして、男が現れないものだから挙動不審だったそうだ。

 最初は自分が使うと言っていたが、旅券を所持していないのに国際線のチケットだったので往生してしまう。


 騒ぎはあったが日曜日に投票は予定通りに行われた。ゴイフの読みが当たり十パーセント以上の差をつけてカルテスが当選した。

 速やかに勝利を宣言し予定閣僚を発表するなどして、手早さをアピールする。意外なことに補佐官にはゴイフが指名されていた、対立候補の懐刀を引き入れることで政府の支持層を拡げるということなのだろうか。


 軍服を脱いでゴイフと酒を酌み交わしている。島は狙撃を許してしまった責任を一身に受けて辞任を即日認められた。誰かがその部分の決着をつけなければならなかったのだ。


「タダ働きさせてしまって悪かった」


 勲章の一つでも申請してやろうと考えていたようだが、まさかこの状態では難しい。何せ大統領夫人がそれを許さない。


「なに、気にすることはないさ。うちの奴等が貴重な経験を積めて喜んでいたからな」


 かくいう島も官権の力を思い知った。場当たり的な命令も数で解決して結果を無理矢理引き寄せるのだから。


「カルテス大統領は実業家だ。エンカルナシオンにも力を入れるだろう」


 工場も政府が強く推進するはずだと繋げる。


 ――最早あの負債は無いわけだから、俺が株を意地悪く握る必要はどこにもない。


「あの会社、政府で買い上げませんか? 経営陣はそのままで」


 私的な内容を逸脱するものだから口調を改める。ゴイフもそれが悪い話ではないことを承知で乗る。


「願ってもないが、それでは君が大損するだけだが」


 金は支払えないし、名誉も与えられない。それでは取引にならないと指摘する。


「株を保持するのではなく、政府が売却先を見付けてとの道行きを」


「外資を呼び込むと同時に差額を利益にするわけか! すると狙いは金ではないのだから、外資の呼び込み先なわけか」


 意中の売り先を教えてくれ、とゴイフがメモをとる。影響力を残して融和させる為には一人勝ちではいけない。


「サウジアラビアのハッサン・ウサマ・アブダビ王子。ニカラグアのクーファン・スレイマン氏。ルワンダ政府。半分はご自由に」


「ニカラグアのは誰?」


「パストラ首相の側近です、自分のパトロンでもありました。あの人なく今のニカラグアも無かった」


 そんな人物が居たとは知らずメモに書き込む。


「ルワンダ政府の窓口は誰を?」


「カガメ大統領に直接。イーリヤからのお礼だと伝えて下さい」


「君というやつは……」


 ゴイフが優しい視線を送る。常に犠牲は島自身で全てを整合させてきたのだ、深い人脈が何故だかいよいよ理解を強めた。


「大統領には強く功績を進言する。夫人が拒否を示そうとも、必ず報いさせてもらう」


 事務をオズワルト中佐に委託してしまい、島らは渦中から遠ざかる。


 あくる日にパラグアイ国家功労勲章としてコマンダドゥールが贈られた。コマンダンテ、司令官勲章とも見れた。制式には規定がないらしく、議会の承認も必要がない中では最高の部類であった。カルテスとゴイフの歩みよりがここに見られた。


 ――友人からのプレゼントだと思って受け取っておこう。



第七十五章 海賊船襲来



 ド=ラ=クロワ大佐らは順調に実績を積んでいる最中であった。島はモカ港にやってきて報告書に目を通していた。傍らには熱いコーヒーが香り高く存在を示している。

 事務所でも良かったのだが、わざわざ例の喫茶店でくつろいでいた。


「上出来だね」

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